メドゥーサ(ナーガ)を倒したら二人の子どもができました②
引き続きアルカ視点です。
ネネと分かれてすぐ、「『臨』」私は天使兵装を起動しました。
結界、そして箱というイメージから、もしかしたらその内部の状況を詳細に把握できるのではないかという考えが頭の片隅にありました。
結果は上々のようです。
情報の取捨選択こそ肝要そうですが、それさえ気を付ければ目を瞑っていてもどこに何があるのかがはっきりと分かります。
現在展開できる箱の最大有効範囲は約四十七メートル。少々、いえ我ながら慎ましく手狭ですが、これで全方位に見落としはありません。
しかしこれはどうしたものでしょうか。
能力の練度を上げるといっても、何をどうしたらいいのか分かりません。
使い続けるだけで拡張され得るものなのでしょうか。
一桁の足し算を延々解いたところで、微分方程式を解けるようにはならないわけで。せいぜい九九の計算が関の山。
次の段階に行くには、それに見合った訓練と試練が必要です。
だと言うのに、どうしていいのかがまるで分かりません。
これでは私の求める完璧には程遠い。
まあ焦らず行きましょう。幸いなことに時間はたっぷりあることですし。
なんて上の空に考え事をしていて、ふと我に返ると、私はだだっ広い草原の上に立っていました。
カラリと適度に乾いた空気に刺すような暑い日差し、荒涼とした風がどこまでも続く雑草の低い頭を撫で、青々とした空には終わりが見えません。
おかしい。考え事をしていたとはいえ目は開けていました。箱による周辺探査も継続しています。
それなのに、五感で感じる情報は先ほどまでいた場所と明らかに乖離していることを訴えかけてきます。
何が起こったのか。レギオンの能力? 罠? それとも私が知らないだけで、天界にはそういう場所や現象が存在している?
ネネと分かれたのはたしかに悪手でしたね。
今更後悔しても遅いでしょうが、戻り方も分からない以上、ルメル様を召喚するしかありません。
そう思って左手人差し指の根元を見ると、指輪がありませんでした。
つと、冷や汗が背筋をなぞります。
……いえ、まずは冷静にならねばなりません。
ふーっと息を吐いて深呼吸をし、揺れる心を鎮めます。
改めて周囲を見渡しても、三百六十度どこまでも平原が続いているようです。
これといって目ぼしいものはありませんが、唯一手掛かりになりそうなものと言えば、少し離れたところに一本だけある大きな木でしょうか。
分からないことだらけですが、一つずつ確かめていくしかありません。
ですがあの木を調査するのは最後にして、ひとまずはこの空間がどこまで続いているのか歩いてみることにしました。
歩いてすぐ、おおよそ百メートルくらいの距離で壁にぶつかりました。
仮にこの規模の空間ならば、あまり広くはなさそうですね。
壁の材質は不明です。硬くもなく、かといって柔らかいというわけでもない。
熱くもなければ冷たくもなく、なんというかこう、拒絶されているような、あるいはその先には何もないとでもいうような、そんな感覚でした。
それにも関わらず、壁の先には同じような平原が見えているのです。
ただこのまま触れていても埒があきません。
壁伝いに平原をぐるりと一周してみることにしました。
一周する間に何か変化が生じるものと期待しましたが、日が傾いて夜になりつつある以外に、これといったことは何も起こりませんでした。
とりあえずここまでで分かったことを整理してみましょう。
・気付いたら平原にいた。
・平原には時間経過が存在している。
・この時間経過は生前の世界よりもかなり早い。
・平原空間は円形にぐるりと囲われている。
・直径は五~六百メートルくらい。
・壁の破壊は困難、脱出口もなし。
・地面は土の感触だが、掘ることはできなかった。
・雑草を千切ってみたら、葉が光の粒子になって消えた。
とまあこんなところでしょうか。
つまるところ何一つとして進展していないのです。
こうなればやはり、あの木を調べるしかありませんね。
なぜ最初から調べなかったのかって?
将を射んと欲すれば先ず馬を射よと聞いたことはないんですか?
本命があるならば、なおのこと周囲の状況把握は必須です。
木を調べて何かが起こるとして、それ以外の要素が謎の状態とそうでないのとでは、明らかに後者の方が事象への対処は有利でしょう。
それと、私は好きな物を最後に食べるタイプなので。
なんて誰に申し上げているのやら。ここには私しかいないというのに。
存外、緊張しているようです。
バクバク、と逸る心臓を自覚しながら、平原の中央に生えている大樹へと近付き手を伸ばします。
ざらりとした樹皮の感触はあるものの、そこに宿る命のような、もしくは生命の息吹とでもいうような温かみはまるでありませんでした。
言うならばそう、木を模したただのオブジェクトという印象です。
また何かが起こるという気配もありません。
期待外れ。万事休す。見上げた空はすっかり夜のそれ。
満月が顔を出し、その明かりが木の葉の一枚一枚を照らしました。
すると突然、ずん。と世界が大きく揺れ、木の幹が音を立てて地面の中へと吸い込まれていきました。
大樹が吸い込まれた穴は、月明かりでは見通せないほどに深く、真っ暗な闇を覗かせるばかりです。
風が、いえ風を切る音が、穴の中から聞こえてきます。
何かがくる!
直感に従って穴から距離を取ったその直後、それは這い出てきました。




