メドゥーサ(ナーガ)を倒したら二人の子どもができました③
引き続きアルカ視点です。
巨大な蛇でした。
私の肩幅の二倍以上もありそうな胴回りに、二十メートルはありそうな体長と、少し開けただけで丸呑みできそうな大きな口。
ちろちろと舌を出し、獲物と捉えた眼光は鋭く、「シー」という威嚇の声とは裏腹に、這いずる音は静寂そのものです。
私も視線を一切逸らすことなく、敵意をもって対峙しました。
できることなら今すぐ逃げ出したいのですが、ここが隔離された空間である以上は逃げ場などどこにもありません。
というより逃げ切れる自信もないですね。転移もできませんし。
幸いなことと言えば、目を合わせても石化しないことでしょうか。
いえそれは神話に出てくるメドゥーサの特徴でしたっけ?
蛇の姿をしていて、石化させてくること以外に覚えていないので、どうにも違いが分かりません。
いけませんね。余計な思考が生じる。これは混乱している証拠です。
なんて現実逃避を見透かしてか、大蛇——いえこの際ですからメドゥーサということにしてしまいましょう——は大口を開けて飛び出してきました。
さすがの瞬発力、私でなければ見逃してしまいますね。
天使兵装による箱を展開していたので、動き出しの挙動を最速で察知した私は、メドゥーサが動き出したのと同時に回避しました。
とはいえ相手の方が速度は上なので、メドゥーサの足止め用に体の一部を箱で囲って動きを阻害していなければ、今頃私は胃袋の中だったでしょう。
足がないのに足止めとはこれいかに。
というか蛇に胃袋ってあるんですかね。私の勝手なイメージですが、口から肛門まで直通な印象です。
攻撃を躱した私は大きく距離を取りました。
噛みつきもそうですが、むやみやたらに逃げてしまうと、メドゥーサの胴体に周りを囲まれていたなんてことになりそうです。
それにどうやら私の箱を壊すことも容易なようですし。安全マージンは広く取っておいて損はありませんね。
メドゥーサの方はと言えば、まさか躱されると思っていなかったのか、あるいは体に生じた阻害感からか、私とにらみ合ってくれています。
いっそのことこのまま動かないでほしいものですね。
なんて希望は半分ほど打ち砕かれてしまいました。
たしかにメドゥーサは動いていません。
しかし、体の鱗を逆立てると、先端がにゅーっと伸びて一匹の小さな蛇に変化し、ぽとりと地面に生れ落ちました。
鱗の一枚一枚が、一匹、また一匹と変化していき、その数は優に百を超えてなお増加の一途を辿っています。
またこの蛇たち、小さいというのはメドゥーサと比較してという意味であって、普通のシマヘビくらいはあるのです。
毒とかあったら堪ったもんじゃありませんね。
天使にあるいは魂そのものに毒が効くのかは定かではありませんが、少なくとも躱しきれる量ではありません。多少の被弾は覚悟しておきましょう。
「シャーッ!」
号令がかかったのか、子メドゥーサたちが一斉に襲い掛かってきました。
私とて座して待ちただやられるわけにもいきません。
探知用に展開していた箱の範囲を狭めて精度を上げ、侵入してきた蛇たちの頭を半ば自動的に箱の中へと閉じ込めていきます。
頭を押さえられた子メドゥーサたちは、体をくねらせなんとか脱出を試みていますが、箱を壊す力はないようでした。
しかし、いくら十数匹の動きを止めたところで、次から次へと湧いて出てきて這いずり忍び寄ってくるのです。
「いっ、」
後退しつつ子メドゥーサたちを拘束していきましたが、物量に押しきられる形で、左足を噛まれてしまいました。
尻尾を持ってすぐに引き剥がし、噛みついてきた子メドゥーサを遠くにぶん投げ飛ばしましたが、噛まれた足がズキズキと痛みます。
いえ、そればかりか、何か感覚が鈍いような……。
とはいえ傷ばかりを気にするわけにもいかず、悪手と分かっていつつも、私は自身を箱で覆い、子メドゥーサたちの侵入を阻止することにしました。
これでは親メドゥーサの攻撃を躱すことが事実上不可能になったわけですが、背に腹は代えられません。
まずは迅速に子メドゥーサに対処していかなくては。
ただデメリットばかりというわけでもありません。
動かなくていい、敵の攻撃を気にしなくていい、という環境はつまり、一つのことに集中できるということです。
探知用の箱の展開範囲を最大まで広げ、全ての子メドゥーサを補足しました。
「『臨』」
やはりそれっぽく唱えると能力の精度が上がるような気がしますね。イメージの問題でしょうか?
私は補足した全ての子メドゥーサの頭を箱に閉じ込め、身動きのできない状態にすることに成功しました。
……ふー、しんどい。
展開した箱の一つ一つは小さいのですが、量が量だけに維持するだけでいっぱいいっぱいです。これではもう一つたりとも新たな箱を展開できません。
加えて、子メドゥーサを拘束したはいいものの、そこから先の展望がまったくないことも問題です。
どこかに手ごろな攻撃手段とかないものでしょうか。
「ん?」
噛まれた足に違和感が走り、印を結んでいない左手で何気なくふくらはぎに触れると、ざらりとした石肌のような感触が返ってきました。
まさか、石化している?
しかも石化範囲は徐々に広がっているようで、まるでじわじわと毒が回るみたいに、左足の感覚がなくなっていきます。
これは本格的にまずいですね。
もしいま親メドゥーサに攻撃でもされたら、確実にやられます。
ですが幸いなことに親メドゥーサは動こうとはしていません。
なぜでしょうか。もしかして、子メドゥーサが動けなくなったことと関係している? あるいは、私と同じ状況だと言うことでしょうか?
考えても仕方がありませんね。
都合のいい状況だと自分を納得させて、まずは何より子メドゥーサを処理する方法を模索するべきでしょう。
しかしいったいどうやって……。
ああ、いいことを思いつきました。
私は印を結ぶ指先にぐっと力を込め、かくあるべしと想像します。
「『塵』」
唱えた瞬間、子メドゥーサの頭が箱と共に消え、それぞれが力なく体を地面に横たえ動かなくなりました。
「おぇ」
急な嘔吐感に襲われましたが、内容物をなんとか喉の奥へと押し込め堪えました。喉がいがいがひりひりしますが、事ここに至っては些事と割り切ります。
まだ親玉が残っていますからね。
親メドゥーサはずいぶんと慎重な性格なようで、舌を出し入れしながらシュルシュルと音を立て威嚇するばかりで、警戒したまま動こうとはしません。
またもや好都合なことです。
例え距離が離れていようとも、そこはもう私の間合いですから。
ふふっ、言ってみたかっただけですよ。
「『臨』」
親メドゥーサの体内に、作り得る限界量の小さな箱を無作為に作り出し、空間へと固定しました。
一個では無理でも、これだけあれば動きを止めることも可能でしょう。
現に親メドゥーサは体をぴくぴくと痙攣させるばかりで、身じろぎひとつできない様子です。
あの蝿のレギオンにはまったく効果がありませんでしたが、それよりかは何段階か魂の格が劣るということでしょうか。
まあそんなことはどうでもいい。勝敗はすでに決しました。
「何か言い残すことはありますか?」
尋ねてみますが、そういえば舌一つ動かすことができないんでしたね。
「では、さようなら」
頭の中で『塵』と唱えると、ビクン、と体を震わせた親メドゥーサは、もたげていた頭を自由落下に任せて地面に打ち付け倒れ伏しました。
トンカチで殴られたような痛みが頭に走り、奇妙な浮遊感と嘔吐感に立っていられず、私はその場にへたり込みました。
まあ別に、トンカチでは殴られたことないんですけど。
今度こそ胃の中のモノをげーげーとみっともなく吐き出しながら、乱れた呼吸を繰り返していきます。
誰にも見られていないはずなので、存分に醜態をさらせることは不幸中の幸いというやつでしょうか。
というより、ふふっ、想定通りに技が発動してくれて助かりました。
物は試しとやってみるものですね。誤算もありましたが。
私のイメージでは、結界という異能を駆使して妖と戦う某少年漫画のように、箱に外圧を加えて滅殺するというものでした。
しかして実態は、箱に閉じ込めたモノを切り離して収納するというもので、しかも収納先は自分自身の中だったのです。
胃の中に収めたというわけではなく、魂葬時に魂を取り込むがごとく自身の中に吸収したわけですが、副作用の凄まじいこと。
今はルメル様からいただいた代行章もありませんし。
などと余計なことを考えながら気を紛らわせていたら、夜が明けて空が白み、朝日の気配が昇ってきました。
同時にメドゥーサたちが光の粒となって消滅していきます。
やはり、あれらは魂であり、レギオンの一部だったようですね。
現界への転生をさせてあげられなかったのは悔いるばかりですが、新たな魂となって再び相まみえることを願いましょう。
強敵と書いて友と呼ぶと、ネネも言っていましたしね。
まあ私の妄想ですけど。そんなこと言いそうじゃないですか。
またメドゥーサが消えたからか、左足の石化も解除されていきました。
ほっと胸を撫でおろすと、眩い陽光が差し込んできました。
目が眩み、瞬きをして目を開けると、そこは元の空間でした。
どうやら戻ってこれたようです。
気持ち悪さも少しはましになってきました。
「ん?」




