やたらと事務所を壊しにくる天使長のルチアってやつ④
「いってて」
「怪我はありませんか?」
先ほどまで馬乗りにされていたネネが首を擦りながらやってきた。
「鼻が曲がりそうなこと以外は」
どうやら問題ないらしい。格上の相手であっても能力が十二分に通用しているようで何よりだ。ちなみにだが、レギオンもどきの火炎放射よりさっきの蝿の噛みつきの方が威力は高かったりする。
「さすがに最後のはヒヤリとしましたね」
「でもなんでメスガキっぽく煽ってたの?」
「あ? そういう能力なんだろ?」
「違うよ。煽る内容は能力に関係ないよ」
「じゃあなんで最初メスガキっぽくって言ったんだよ」
「それはほら、あれだよ」
「どれだよ」
「その方が面白いかなって」
「最低だな」
ぺちっ、と殴られた。まあ分かっている。もっと早く助けてくれとでも言いたいのだろう。
でもどれくらい耐えられるか検証したかったんだもの。
好奇心ってやつ。興味が湧いちゃったんだから仕方がないよね。
「少なくとも私の力より防御力は上ですね」
「お前の箱も硬かったけど?」
「さっきの蝿に試しましたが簡単に破られました」
どうやらアルカは蝿の体内に箱を出現させて、関節やら筋肉の動きやらを固定、阻止阻害しようとしていたらしい。
だが少しも止めることはできず、また見向きもされなかったようだ。
それが悔しかったのか、表情に落ちる眼鏡の影がいつもより濃い気がする。
「練度不足だね」
当然ながら、どれだけ才能があろうと天使兵装の能力を十全に使いこなすには相応に修行が必要である。
俺? 何事にも例外ってのはあるもんだよ。
まあさっきの今で完璧に使いこなせる方がおかしいので気に病むことはない。
「ちょうどいい練習台が欲しいですね」
「あそこのレギオンもどきとか」
「ちょうどいいの意味分かります?」
アルカの剣幕が出会った頃を思い出させるくらいに鋭い。
あのくらいなら簡単に処理できるようになってもらいたいのだが。
「段階を踏みましょうよ段階を」
「そうだぜ旦那。俺たちだとサンドバッグにしかならねぇよ」
「考えとくよ」
最強の逃げ口上である検討使を用いてお茶を濁す。
まあなにはともあれ、訓練とかの前にまずは事務所を直すところから始めなければならない。
「直すったってどうやって?」
「認識でちょちょいってね」
天界は個々人の認識によって世界を変容させる。
上位者の認識でもって事務所再建を想像すればその通りになるのだ。
余談だが事務所の冷蔵庫とかプリンとかも要領はこれと同じだったりする。
「おお、すげぇ。あっという間じゃねぇか」
「外観だけで中身はこれからだけどね」
「なんで真四角なんですか」
「どうせまたすぐルチアに壊されるから」
昔はもう少し豪勢だったのだが、俺がイリアの代わりに業務を行うようになってからというもの、再三に渡って事務所が破壊されてきた。
初めの方こそルチアと口論を交わしつつ、細部まできれいに直してきたが、いよいよもって面倒になり、今の豆腐建築に至るというわけだ。
つまりルチアが全部悪い。何の恨みがあるのか、どれだけ言っても壊しにくるし、「細かいこと気にしてるとモテないわよ」とか言ってくる。
諦めた方が早いのも頷けるだろう。
「さて、内装も」
言いかけて、ジリリリリとレギオンの出現を報せる警報が鳴った。
「あー、二人とも行ってきてくれる?」
「承知しました」
「しゃーねーな」
「危なかったら呼んでね」
間がいいのやら悪いのやら。
二人を送り出し、事務所のドアを開け、今度こそ内装へと取り掛かった。
/
「ただいま戻りました」
「おかえり。どうだった?」
「特に問題なく魂葬を終えました」
「よかった。上手く対処できたようで何より」
「なあ、いい加減ツッコんでいいか?」
「どうしたの?」
「いや、天井にぶら下がってるのって」
「ふっ、よく気付いたわねメスガキ」
「あんたも大概じゃね?」
「あ?」
「なんでもねっす」
「それで、なぜルチア様が天井に吊るされているんですか?」
「ルメル、説明してあげなさい」
「また事務所を破壊したからだよ」
「またって、さっきの今で?」
ネネの疑問はもっともだ。だが事実である。
出現したレギオンの対処をアルカとネネに任せ、事務所を直して執務にあたっていたところ、ルチアがまた天上から降ってきたのだ。
「天丼かよ」
「二度あることは三度あるってこと」
「予告するならやめてくれない?」
「つーか、なんで亀甲縛りなんだ?」
「それはルメルの趣味よ」
「まあ性癖は人それぞれっすからね」
「誤解だが?」
「そうですよ。ルメル様はむっちり人妻巨乳ギャルとの不倫がぐふっ」
デコピンを空打ちで飛ばす。
狙い過たず、アルカは額を押さえて俯いた。
あれはとある友人の趣味で俺が用意したものではない。
というかなんでその存在と所在をアルカが知っているんだ?
「で、なんで亀甲縛りなんすか?」
「ルメルの愛の鞭よ」
「誤解だが?」
「そうですよ。ルメル様はむちむちごふっ」
「そんなに鞭が好きならもっと仕事をあげるよ」
「飴をください」
「で、なんで亀甲縛り」
「ルメルの」
「もういいから」
繰り返される天丼に心底辟易すると、それを察したのか、ルチアは満足した様子で縄を引きちぎって着地した。
「ルメルさっきの話考えといてね」
「考えとくだけな」
「あ、それとあたしんとこにも新人入ったから、そのうち紹介するわね」
「二度と来んな」
「じゃ、また来るわ」
言いたいことだけ言うと、ルチアはドアを開けてさっさと帰って行った。
……ドアを使えるなら毎度天井から降ってくるのやめてくれないかな。
「なんだったんすか、あれ」
「そういう災害みたいなもん。慣れろ」
「うっす」
「ルメル様はむちむぎゃん」
こいつ、こんなにしつこかったっけ?
それともレギオンを魂葬した影響か?
というか、
「その後ろにいる二人はなに?」
アルカの背に隠れるようにして、ネネよりも背の低い子どもの形をした二人の魂が顔を覗かせていた。
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