やたらと事務所を壊しにくる天使長のルチアってやつ②
上目づかいでキラキラした目を向けたネネが服の裾を引っ張ってくる。
これで中身がおっさんじゃなかったらなぁ。
「ネネのはもう発動してるよ」
「マジか!」
「試してみる?」
「もちろん!」
パチン、と指を鳴らしてレギオンもどきを自動戦闘モードへと移行させる。
先ほどまでぴくりとも動かなかったレギオンもどきは、目を開けるやいなや全力で襲い掛かってきた。
一心不乱にネネの方へと。
「ちょおおおおい!」
腕を伸ばして獣に変形させた手での噛みつき、を回避してすっ転ぶ。
マウントを取られて殴られ、脱したところを今度は蹴り飛ばされた。
「タンマタンマ」
両手を前に出して呼びかけるネネの腰は引けている。
タンマタンマとは何かの掛け声だろうか。カバディカバディ的な?
あれではどう見ても攻撃してくださいと煽っているようにしか見えない。
案の定というか、レギオンもどきは攻撃の手を緩める気はないようで、大きく口を開けて真っ赤な炎を吐き出した。
「ぐわっちぃぃ」
なんとか寸前で躱して、地面をゴロゴロと転げまわる様はさながら、ギャグ漫画か何かを見ている気分にさせる。いいぞもっとやれ。
「大丈夫なんですかあれ」
「大丈夫だよ」
「だんなぁ! なにか、アド、バイス!」
攻撃をくらったり躱したりと忙しそうにしている合間を縫って、必死の形相をしたネネが訴えてくる。
でもアドバイスって言ったってなぁ……そうだ。
「煽ってみろー」
「煽るったってどうやって」
「メスガキっぽく」
「メスガキっぽくって……。ざ、ざぁこざぁこ、ノーコンへなちょこパンチ、かすり傷一つ付けられない陰キャ童貞よわよわくそ雑魚メガネ」
おいおい、メガネはかけてないぞ。
なんて心の中でツッコミを入れていると、レギオンもどきがぴたりと止まった。
あれは中身のない人形みたいなもので、感情とか思考みたいなものはないはずなのに、それと見て分かるほど怒りに満ち震えている。
「大丈夫なんですかあれ」
「大丈夫だよ。……たぶん」
バサ、と背中から翼を生やして広げ、垂直跳びをして空中に制止する。
尻尾も生やしてバランスを取りつつ、両手をドラゴンの頭に変形させたレギオンもどきは、三つの口から三位一体のブレスを吐き出した。
雷さえ纏うほどの超高温となったブレスは、大気を焦がし膨張させて着弾点を中心に大規模な爆発を巻き起こす。
「こ、こんじょー!」
中心となったのは当然、メスガキことネネである。
手を交差させて防御の姿勢を取るが、焼け石に水どころの話ではない。
何か最後、断末魔にも似た叫び声が聞こえてきて、爆発音にかき消された。
……ちょっと不安になってきたな。
地獄もかくやと言う黒煙が満開のキノコ雲を作り出し、薪をくべるがごとくに空気が引き込まれて火災旋風のように渦を巻く。
しばらくして炎と煙が収まり、何もない真っ白な空間へと世界が回帰していく中、その中心には変わらずネネの姿があった。
当たり前のように無傷、かつ服の一片さえ燃えていない。
これにはレギオンもどきも愕然とした表情を浮かべていた。というのは俺個人の印象で、実際は真顔なんだけど。
ただ渾身の攻撃が効かなかったことは事実であり、レギオンもどきは攻め手を失ったのか、はたまた時間切れか、地面に立って静止した。
「ルメル様。ネネの能力って」
「煽りとか挑発、ヘイトを自分に向けるってところかな」
「それはまあ見て分かりますけど、無傷の理由にはなりませんよね」
「あれも能力の範疇だよ」
「それは……天使兵装が二つあるということですか?」
「いや天使兵装は一つしかないよ」
この姿のネネの能力、その本質はまさしくメスガキのそれにある。
煽るだけ煽り散らかし、攻撃を誘って受けたり躱したりして、例え当たったとしても自身が精神的に屈しない限り傷一つ負わないという無法っぷり。
その強度限界がどれほどのものかは気になるところだが、つまりネネに傷を負わせるには「わからせる」必要があるというわけだ。
「なんというか、見た目通りですね」
「そりゃね、魂の形と天使兵装は切っても切り離せないから」
なんて雑談をしていると、ネネがカッと目を見開いた。
「ざまぁみろ! 耐えきってやったぞ! 今度は俺の番だ!」
威勢よく吠えると同時に駆け出したネネは、レギオンもどきへと肉薄して、渾身のパンチを放った。
ぺちっ。
「あ?」
首を傾げて、何かの間違いではないかともう一度拳を穿つ。
ぺちっ。
「くそっ」
ぺちっ、ぺちっぺちっぺちっぺちっぺちっぺちっ。
どん!
あ、反撃された。
もう何度目か見た、華麗に地面を転がるネネの姿がそこにはあった。
「あれも能力ですか?」
「そうだね。煽りと防御全振り、攻撃能力はゼロ」
「見た目通りですね」
「そうだね」
ネネは上体を起こして、バン! 地面を叩いて身を震わせた。
「こんなの漢じゃねぇ! 俺の筋肉を返せ!」
なんだかちょっと可哀そうに思えてきた。
でも中身おっさんなんだよなぁ。
「そろそろ休憩にしませんか」
「そうだね。そうしようか」
何か甘いものでも食べれば機嫌も良くなるかもしれない。
仕事に支障が出ては困るので、ちゃっちゃと気を取り直してもらわねば。
そう思って事務所の方を振り返ったのと、事務所が木っ端みじんに吹き飛んだのとはほとんど同時だった。
直前に見えたのは事務所の屋根に何かがぶつかる光景である。
衝撃によって壁ごと全てが吹き飛び、残骸が辺り一帯に散らばっていた。
「いってて」
瓦礫の中から立ち上がったそれは、俺を見つけてこう言った。
「てへっ」
ルチア、またお前か。




