第七話 告白
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
人は時々、
未来が見えることがある。
---
予知でも何でもない。
---
ただ、
今までの流れを考えれば、
その先に何があるか分かるだけだ。
---
俺は知っていた。
---
たぶん振られる。
---
きっと叶わない。
---
期待していないと言えば嘘になる。
---
でも。
---
期待より、
覚悟の方が大きかった。
---
それでも伝えると決めた。
---
自分の気持ちにだけは、
嘘をつきたくなかったから。
---
その日は不思議なくらい普通だった。
---
朝が来る。
---
会社へ行く。
---
彼女がいる。
---
「おはようございます」
---
いつもの声。
---
「おはようございます」
---
いつもの返事。
---
たぶん周りから見たら、
何も変わらない日だった。
---
だけど俺だけは知っていた。
---
今日で何かが終わる。
---
そして、
何かが始まる。
---
そんな予感があった。
---
昼休みは何を食べたか覚えていない。
---
午後の仕事も覚えていない。
---
ただ、
心臓だけがずっと落ち着かなかった。
---
情けないなと思う。
---
三十五歳にもなって。
---
若い頃より落ち着いていると思っていた。
---
経験も積んだ。
---
失敗もした。
---
傷つくことにも慣れたつもりだった。
---
でも。
---
好きな人への告白だけは、
何歳になっても変わらないらしい。
---
怖かった。
---
本当に怖かった。
---
帰り際。
---
彼女に声をかけた。
---
「少し話せますか」
---
喉が渇いていた。
---
彼女は少し驚いた顔をした。
---
それでも。
---
「大丈夫ですよ」
---
と笑った。
---
その笑顔を見て、
胸が少しだけ痛んだ。
---
この笑顔を、
俺はどれだけ好きだったんだろう。
---
会社を出る。
---
夕方だった。
---
オレンジ色の光が街を照らしていた。
---
二人で歩く。
---
しばらく会話はなかった。
---
沈黙。
---
不思議と嫌な沈黙ではなかった。
---
ただ、
終わりへ向かう静かな時間だった。
---
公園のベンチに座る。
---
風が吹いていた。
---
木々が揺れる。
---
遠くで子供の声が聞こえる。
---
世界はいつも通りだった。
---
なのに。
---
俺の世界だけが、
少し震えていた。
---
深呼吸する。
---
そして口を開く。
---
「好きでした」
---
思ったより自然に言葉が出た。
---
それまで何百回も考えていたのに。
---
本番になると、
一番簡単な言葉だけが残った。
---
彼女は黙って聞いていた。
---
俺は続ける。
---
好きだったこと。
---
一緒にいて楽しかったこと。
---
幸せだったこと。
---
傷ついたこと。
---
悲しかったこと。
---
それでも好きだったこと。
---
全部話した。
---
格好良くなんてなかった。
---
たぶん途中で言葉もまとまっていなかった。
---
でも。
---
嘘だけはなかった。
---
全部本音だった。
---
話し終わる。
---
静かだった。
---
風の音だけが聞こえる。
---
彼女は俯いていた。
---
俺は待った。
---
怖かった。
---
でも不思議と後悔はなかった。
---
もう伝えたからだ。
---
逃げなかったからだ。
---
しばらくして、
彼女が顔を上げた。
---
悲しそうな顔だった。
---
そして言った。
---
「ごめんなさい」
---
優しい声だった。
---
俺が一番想像していた言葉だった。
---
そして、
聞きたくなかった言葉だった。
---
心のどこかが静かに沈む。
---
ああ。
---
終わったんだな。
---
そう思った。
---
涙は出なかった。
---
泣き叫びたくもならなかった。
---
ただ。
---
寂しかった。
---
本当に寂しかった。
---
彼女は何かを話していた。
---
申し訳なさそうに。
---
真剣に。
---
誠実に。
---
でも途中からあまり覚えていない。
---
頭が真っ白だった。
---
それでも一つだけ覚えている。
---
彼女も苦しそうだった。
---
だから。
---
俺は少しだけ笑った。
---
たぶん変な顔だったと思う。
---
でも笑った。
---
そして言った。
---
「ありがとうございます」
---
彼女が驚いた顔をする。
---
当然だ。
---
振られた直後に言う言葉じゃない。
---
でも。
---
その時の俺には、
その言葉しか浮かばなかった。
---
ありがとう。
---
好きにならせてくれて。
---
笑わせてくれて。
---
幸せな時間をくれて。
---
未来を夢見させてくれて。
---
ありがとう。
---
本当にありがとう。
---
心の中では、
まだ悲しみが暴れていた。
---
傷もあった。
---
怒りもあった。
---
責める気持ちもあった。
---
全部あった。
---
でも。
---
それ以上に、
感謝があった。
---
この半年。
---
俺は本当に幸せだったから。
---
帰り道。
---
一人で駅へ向かう。
---
夕焼けはもう消えていた。
---
街灯が灯り始めている。
---
スマホを見る。
---
何も変わらない。
---
世界も変わらない。
---
明日になれば朝が来る。
---
会社へ行く。
---
彼女もいる。
---
たぶん同じように。
---
だけど。
---
俺だけは少し変わった。
---
逃げなかった。
---
伝えた。
---
そして終わった。
---
悲しい。
---
本当に悲しい。
---
それでも。
---
後悔だけは無かった。
---
胸の奥に残るのは、
痛みと、
寂しさと、
そして小さな感謝だった。
---
好きになってよかった。
---
その気持ちだけは、
最後まで嘘にならなかった。
---
そして俺は知らない。
---
この別れの先で、
本当の「ありがとう」の意味を知ることになることを。
---
(第七話・完)
お読み頂き、ありがとうございます。




