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幸せの愛し方  作者: 涙目
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3/5

第三話 幸せな日々

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

人は幸せの真ん中にいる時、

それを幸せだと気付かない。


後になって振り返り、


「あの頃は幸せだったな」


と思うものだ。


少なくとも俺は、そう思っていた。


だけど、

あの頃の俺は違った。

ちゃんと分かっていた。


俺はいま、幸せなんだと。


---


朝、会社へ行く。

エレベーターに乗る。

オフィスへ向かう。

そして席へ向かう途中で彼女を見つける。


「おはようございます」


その声を聞く。


それだけで少し嬉しい。


そんな日々が続いていた。


---


恋人ではない。

付き合ってもいない。

手を繋いだこともない。

二人きりで出かけたこともない。


周りから見れば、

仲の良い同期。


ただそれだけだった。


---


でも、

俺にとっては違った。


---


昼休みになる。

自然と近くにいる。

帰りの時間が重なる。

少し話す。

笑う。

からかう。

また笑う。


大きな出来事なんて無い。

本当に無い。

それなのに毎日が楽しかった。


---


ある日、

彼女が言った。


「なんか最近、よく一緒にいますよね」


ドキッとした。

心臓が跳ねる。

たぶん顔にも出た。


「そうですかね」


平静を装う。

社会人らしく。

できるだけ普通に。


「いますよ」


彼女は笑う。


「まぁ、嫌じゃないですけど」


その言葉だけで一週間ぐらい生きられる気がした。


われながら単純だった。


三十五歳。

いい大人。


経理もやる。

総務もやる。

会議では偉そうに話す。

ルールも作る。

問題解決もする。


なのに、


好きな人の一言に一喜一憂している。


人間とは不思議な生き物だ。


---


夏が近づいていた。


日差しが強くなる。

会社帰りの空が少し長くなる。


その頃には、

同期の中でも俺と彼女はよく話す組になっていた。


「今日暑くないですか?」


「暑いですね」


「もう無理です」


「まだ六月ですよ」


「夏嫌いなんですよ」


そんな会話で笑う。

本当にどうでもいい話ばかりだった。


でも、

どうでもいい話をできる人というのは、

案外少ない。


大人になるほどそう思う。


仕事の話ならできる。

用事の話ならできる。

必要な連絡もできる。


でも、

意味のない話。

結論のない話。

笑うだけの話。


そういう時間を共有できる人は、

案外少ない。


だから楽しかった。


そして俺は、

少しずつ彼女のことを知っていった。


子供の頃の話。

家族の話。

好きな食べ物。

苦手な食べ物。

昔の失敗。

将来やりたいこと。


一つ知るたびに、

少し嬉しくなる。


まるで宝探しみたいだった。


---


ある日の帰り道。


駅まで歩いていた。

夕焼けが綺麗だった。


「空すごいですね」


彼女が空を見上げる。


俺も見る。


茜色だった。


「綺麗ですね」


「こういうの見ると、ちょっと得した気分になります」


そう言って笑う。


その横顔を見た瞬間──


ああ、

と思った。


好きだな。


何の理由もなく。

何の計算もなく。


ただ、

好きだった。


優しいから、

じゃない。


可愛いから、

でもない。


趣味が合うから、

でもない。


そんな理由はいくらでも挙げられる。


でも違う。


好きって、

理屈じゃないんだなと思った。


彼女が笑う。

それが嬉しい。


彼女と話す。

それが楽しい。


彼女がいる。

それだけで安心する。


たぶん、

それで十分だった。


---


ある日、

休日だった。


家で映画を見ていた。

ふとスマホを見る。


彼女からメッセージが来ていた。


大した内容じゃない。

昼休みに話していた話題の続きだった。


それだけ。


本当にそれだけなのに、

なぜか笑ってしまった。


気付けば返信している。


また返ってくる。


また返す。


そんなことをしているうちに、

いつの間にか夜になっていた。


スマホを置く。

天井を見る。

静かな部屋。


不思議だった。


一人のはずなのに、

少しだけ世界が明るい。


そんな感覚だった。


たぶん、

あの頃の俺は、

未来を想像し始めていた。


来年もこうしているかもしれない。


再来年も。

もっと先も。


そんな未来を。


別に結婚とかじゃない。

ドラマみたいな話でもない。


ただ、

朝になったら、


「おはようございます」


と言って。


昼になったら、

一緒に笑って。


帰り道に少し話す。


そんな日々が続けばいい。


それだけだった。


---


人は大きな幸せを求める。


でも、

今なら分かる。


幸せは案外、

そんなところにある。


誰かがいて。

笑っていて。

また明日が来ると思えること。


それだけでいい。


それだけで十分だった。


---


そして、

その頃の俺はまだ知らない。

この時間が永遠じゃないことを。


信じていたものが、

いつか揺らぐ日が来ることを。


ただ、

その日までは。


俺は確かに幸せだった。


心の底から。

この時間がずっと続けばいいのに。


そう願ってしまうくらいに。


---


(第三話・完)

お読み頂き、ありがとうございます。

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