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幸せの愛し方  作者: 涙目
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2/5

第二話 隣の席の温度

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

春が終わりに近づいていた。


窓の外には柔らかい日差しが差し込み、朝の空気から少しずつ冷たさが抜けていく。

入社したばかりの頃に感じていた緊張も、いつの間にか薄れていた。

会社の場所も覚えた。

社員証を探して慌てることもなくなった。

自分の席も、自販機の場所も、近くの定食屋も覚えた。


人は思ったより早く慣れる生き物らしい。


---


ただ一つ、

慣れないことがあった。


朝、会社に来ると、最初に彼女を探してしまうことだった。


---


自分でも笑ってしまう。


三十五歳にもなって、

学生じゃあるまいし。

そんなことを思う。

だけど、気付いてしまったものは仕方がない。


エレベーターを降りる。

オフィスへ入る。


そして自然と視線が向かう。


---


あ、いる。


それだけで少し安心する。

いなければ少し気になる。

出張かな。

休みかな。

体調悪いのかな。


そんなことを考える。


---


自分がおかしいことは分かっていた。


---


「おはようございます」


彼女が気付いて声をかけてくる。


「おはようございます」


それだけの会話。

たったそれだけなのに、少しだけ一日が始まる気がした。


---


ある日。


昼休みになった。

同期の何人かで食堂へ向かう。

気付けば彼女が隣を歩いている。

別に示し合わせたわけじゃない。

たまたまだ。


きっと。


---


「今日何食べます?」

「まだ決めてないですね

「じゃあ私と同じにしましょう」

「なんでですか」

「外した時、一緒に後悔できるので」


思わず吹き出す。

変な理屈だった。


---


結果。

二人とも外した。


---


「思ったより微妙でしたね」


「思ったより微妙でしたね」


同じことを言って笑う。

そんな小さなことが楽しかった。


---


楽しい。


その事実に気付くのは簡単だった。

問題は、その先だった。


---


気付けば彼女の話を覚えている。


好きな食べ物。

苦手な食べ物。

好きな映画。

休日の過ごし方。

他の同期の話は案外忘れるのに、彼女の話だけは残っている。


---


なぜなのか。


考えなくても答えは分かる。


分かるけれど、認めたくなかった。


---


ある日、

夕方になって急に雨が降った。


朝は晴れていた。

傘なんて持ってきていない。

窓の外を見る。

結構降っている。


面倒だなと思った。


---


「どうします?」


声がした。

彼女だった。


「どうしましょうか」

「駅まで走ります?」

「濡れますよ」

「じゃあコンビニで買います?」

「もったいないですね」

「ですね」


二人で窓の外を見る。

まるで小学生みたいな会話だった。


---


結局、

近くのコンビニでビニール傘を買った。


店を出る。

並んで歩く。

雨の音がする。


---


他愛もない話をした。


子供の頃の話。

好きだったゲームの話。

学生時代の話。

失敗談。

笑い話。


---


不思議だった。


話題そのものは大したことじゃない。

それなのに楽しい。

もっと話したいと思う。


---


駅が見えてくる。


改札が近づいてくる。

少しだけ残念に思った。


---


その瞬間、

自分で自分に気付いた。


---


ああ、

そういうことか。


---


駅に着く。


別れる。

いつものように。


---


「お疲れさまでした」


「お疲れさまでした」


---


彼女が改札へ消えていく。


その背中を見送る。

そして思う。


---


明日も話したいな。


---


その考えが浮かんだ瞬間。

もう認めるしかなかった。


---


それは好意だった。


興味なんてものじゃない。

同期として仲が良いだけでもない。

ましてや気のせいでもない。


---


彼女が笑うと嬉しい。

彼女と話せると楽しい。

彼女がいないと少し寂しい。


---


答えは十分すぎるほど揃っていた。


---


帰りの電車。

窓に映る自分を見ながら小さく笑う。


---


三十五歳。


いい大人。

恋愛経験だってゼロじゃない。

傷ついたこともある。

終わった恋だってある。


---


それなのに、


また同じことをしている。


また、誰かを好きになっている。


---


人間は学ばない生き物なのかもしれない。


それとも、何度傷ついても好きになるから人間なのかもしれない。


---


答えは分からなかった。


---


ただ一つだけ分かっていた。


---


明日の朝。


会社へ行ったら、

たぶん俺はまた彼女を探す。


---


そしてきっと、

彼女を見つけたら少し嬉しくなる。


---


その事実だけは、もう誤魔化せなかった。


---


気付いてしまった。


---


たぶん俺は、

君が好きなんだ。


---


(第二話・完)

お読み頂き、ありがとうございます。

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