世界平和?
「――間違いない。人類と魔王軍は、固い絆で結ばれた」
王宮の謁見の間。
ゼクスは事の顛末を聞かれたため、さも国家の重大機密を明かすかのようなクールな口調で、国王と大臣たちに報告していた。
「私が廊下を清掃中、勇者様と魔王軍の幹部様が、互いに手を取り合って床に転がり、一つの塊となって廊下を爆走しておられました。あれはまさに、命を懸けた和平のダンス。あまりの熱量に、陛下も巻き込まれて合体されたのです」
前回の事故で頭に大きなコブを作った国王は、ガタガタと震えながら感動の涙を流した。
「おお……おおお! なんという歴史的快挙じゃ! 宿敵同士が手を取り合い、朕の股の間に滑り込んでまで平和を証明してくれたのじゃな! すぐに国中に号外を出せ!『世界平和が訪れた』と!」
「素晴らしい判断です、陛下。……さて、私はお掃除に戻ります」
ゼクスは満足して一礼し、去っていった。
本人は最後まで一ミリも気づいていない。
自分が床をツルンツルンに磨きすぎたせいで起きたスライディング事故が、国家規模の勘違いへと発展したことに。
◇翌日。
王都は、人類の歴史上かつてないカオスな大お祭り騒ぎに包まれていた。
街中には『祝・世界平和!』『勇者と魔王軍、奇跡の友情!』という旗が狂ったように掲げられ、紙吹雪が吹雪のように舞い踊っている。
その様子を、王宮病院の特等室の窓から見ていた「勇者」と「魔王軍の暗殺者」は、全身の血の気が引いていた。
二人は精神的ショックから、ベッドの上でもいまだに手を繋いだまだ離すとあの摩擦ゼロの恐怖で震えが止まらないため。
「おい暗殺者……外のあの、俺たちの顔が大きく描かれた『和平記念看板』はなんだ……?」
「知らん……! 組織(魔王軍)からも『まさか男どおしで勇者を抱き込んで王宮を制圧するとは、さすが我が軍最高の暗殺者だ』って褒めちぎる狂った速達が届いた……! 違う、俺たちはただ滑っただけだ……!」
「今さら『床がピカピカすぎて事故で転がっただけです』なんて言えるかよ! 国家詐欺罪で処刑されるわ!」
二人が泡を吹いて震えていると、ガチャリとドアが開いた。
入ってきたのは、満面の笑みを浮かべた宮廷お掃除係だ。
「主役のお二人、お目覚めですね! さあ、国中が待っています!『世界平和記念・手繋ぎ爆走パレード』のお時間です!」
「「やるわけねぇだろォォォォォォ!!!!!」」
◇数時間後。
二人は引きつった笑顔(顔は包帯ぐるぐる巻き)で、手を繋いだまま豪華なパレードのオープン馬車に乗せられていた。
沿道の何万人もの群衆から
「世界平和万歳!」
「二人の絆に乾杯!」
と凄まじい大歓声が上がる。
「笑顔だ、笑顔を作るんだ暗殺者……! 手を離すなよ、離したら滑ってまたどっかに激突するぞ!」
「分かってる! だが、生半可な段差があったらその衝撃で吹っ飛ぶ! 死ぬ気で腕を固定しろ!」
二人が世界一命がけのドライブを楽しんでいる(絶望している)と、パレードの進行方向の、はるか前方の路上に、見覚えのある「黒髪・三白眼の男」が立っているのが見えた。
ゼクスである。
ゼクスは真顔で、愛用のホウキを構えていた。
「おやおや、パレードの紙吹雪で道路が散らかっていますね。……仕事人として、綺麗にしておきましょう」
『摩擦係数:ゼロ』。
ゼクスがホウキで地面を『トントン』と叩いた瞬間、パレードのルートである大通りの物理法則がバグった。
それを見た勇者と暗殺者は、包帯の隙間から目玉が飛び出さんばかりに大絶叫した。「待てゼクス!!! そこをお掃除するなァァァァァァッ!!!」ヒヒーーーーンッ!!!異変に気づいたのは馬だった。一歩踏み出した瞬間、地面の摩擦がゼロ。ズザザザザザザザザザザザザザァァァァッ!!!!!馬も、馬車も、ブレーキが完全に消滅。
馬車は地面を綺麗に滑り出し、もの凄い勢いで「シューーーーッ!!!」と、時速百キロを超える音速爆走スライディングを開始した。
「ひぎゃあああああああ! 止まらん! 前を走るパレードのブラスバンド(楽隊)が迫ってくるぅぅぅ!」
「おい、彼らも巻き込んだら、また新しい合体ロボに――」
避ける暇などない。
ズドォォォォォン!!!!!爆走する馬車は、前方をのんびり行進していた「王宮ブラスバンド部隊」の後ろ髪にクリティカルヒット。
摩擦ゼロの道路の上で、大太鼓、トランペット、トロンボーンを持った総勢二十名の音楽家たちが、馬車に押し出されるようにして「全員が楽器を演奏したまま、綺麗な一列になってシューーーッ!」と前方へ高速スライディングを始めた。
「ウオォォォ!? 吹いてないのにトロンボーンの音が伸び縮みするぅぅぅ!」
「大太鼓の振動で、さらに滑るスピードが加速していくぞぉぉぉ!」
あまりの速度に、音楽家たちの顔が風圧で引きつる。
しかし、お互いにぶつかり合って一列の「人間ムカデ列車」のようになったまま、王宮の大通りを爆走していく。
沿道の観衆たちは、時速百キロで完璧な爆音を鳴らしながら爆走していく人間楽隊列車を見て、大興奮で絶叫した。
「おお記おおお!! 見ろ! 平和の演奏が超高速で駆け抜けていくぞ!」
「これが、新時代の爆走ミュージック(ソニックブーム)か!!!」
ドッシャァァァン!!!!!
パレードの終点である、王宮の巨大な噴水に馬車も楽隊もまとめて突っ込み、大爆発のようにな水しぶきが上がる。
勇者と暗殺者は、楽器を持った音楽家たちとごちゃ混ぜになったまま、噴水の中で仲良く白目を剥いて浮かび上がるのだった。
◇その頃。大通りで、ゼクスは散らかった紙吹雪をホウキできれいに掃き集めていた。
遠くで何やら物凄い大合奏(悲鳴)と、水が爆発するような音が聞こえた気がしたが、お掃除専門のゼクスに一切関係のないことだ。
ゼクスは濡れた髪をクールにかき上げ、真顔のまま、美しく磨き上がった道路を見つめた。「ふむ、国中があれほど盛大な演奏で喜んでくれるとは、掃除人冥利に尽きますね。」
元・荷物持ちの、クール?なプロ掃除人ゼクス。
何も知らない彼の「徹底した清掃業務」は、世界を平和?にしながら、今日もどこまでも加速していくのだった。




