和平交渉?
王宮の専属プロ掃除人に就職して三日目。
ゼクスは、王宮で最も長いとされる『百メートル廊下』の前に立っていた。
鋭い三白眼に、黒髪長身。
相変わらず「これから国家転覆を目論む暗殺者」にしか見えないクールな佇まいで、ゼクスは真顔のまま、愛用の雑巾をそっと床に置いた。
ベースの衣服を正し、心の中で生活魔法を唱える。
『摩擦係数:ゼロ』。
ゼクスが雑巾を後ろから『フンッ』と軽く蹴り飛ばすと、摩擦を失った雑巾は、カーリングのストーンのように猛スピードで廊下の果てへと滑り出していった。
シュウゥゥゥゥーーーッ!!! と高速で滑走する雑巾が、廊下の埃や汚れを全自動で巻き取り、一瞬で床を鏡面に変えていく。
「ふむ、手抜きではありません。これぞ効率化(プロの技)です」
ゼクスは腕を組み、真顔で満足そうに頷いた。
だが、本人はまたしても気づいていなかった。
自分の後ろの床が、時速百キロで滑れる超危険な超高規格スケートリンクに変貌していることに。
その時だった。
「ゼ、ゼクスゥゥゥゥゥッ!!! よくも俺たちの人生をめちゃくちゃにしてくれたなァァァ!!!」
廊下の向こうから、凄まじい怒号が響き渡った。
現れたのは、第1話でゼクスの摩擦ゼロ魔法の犠牲となり、精神に深い傷を負った「勇者」だった。
さらにその隣には、なんと宿敵であるはずの「魔王軍の超一流暗殺者」が並んでいる。
二人はなぜか、お互いの右腕と左腕をガシッと力強くホールドし、恋人のように恋人繋ぎをしていた。
顔中は包帯でぐるぐる巻き。
第1話のあの凄惨な「事故キス」の恐怖から、手を離すとトラウマで震えが止まらないため、やむを得ずホールドし合っているのだ。
ゼクスは冷徹な三白眼でじっと二人を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「おやおや。勇者様と魔王軍の幹部様が、なぜそんなに怪我まみれで……しかも仲良く手を繋いでおられるのですか? もしかして、人類と魔族の和平交渉が成立したのですか?」
「「そんな綺麗なお話じゃねえよォォォ!!!! お前のせいだろ!!!」」
息の合った極上のハモりツッコミが王宮に響き渡る。しかし、ゼクスは二人の激怒の理由がさっぱり分からず、大真面目に納得して深く頷いた。
「なるほど。人類と魔族が手を取り合い、王宮へ挨拶に来られたのですね。歴史的な瞬間に立ち会えて光栄です。……あ、お邪魔でしょうから私はこれで」
「「話を聞けぇぇぇ!!!」」
怒りが限界突破した二人は、手を繋いだまま、ゼクスをブチのめそうと同時に一歩を踏み出した。
ツルンッ!!!
「「あ」」
それは、二度目の、全人類共通の美しい大スライディングだった。
一度足を踏み出せば、二度と止まれないのが摩擦ゼロの世界。
二人は手を繋いだまま、もの凄いスピードで正面衝突コースを滑走し始める。
「待て! 離せ! 慣性の法則でまた顔が近づくぅゥゥ!」
「離したらお前、俺の包帯が剥がれて生唇がぁぁぁ!!!」
手を離せば壁に激突、離さなければ――。
必死の抵抗も虚しく、二人はガシッと抱き合う形になり、そして。
ぶちゅうううううううううううっ!!!!!
包帯の隙間から滑り込んだお互いの唇と唇が、前作を超える凄まじいG(重力)と共に、完璧な角度で吸着した。
((またかよォォォォォォ!!!!!クソガァァァァ!!))
二人が白目を剥いて涙を流す間も、スライディングはノンストップ。
そのまま二人は、ガシッと抱き合い、唇を重ね合ってディープに愛を誓い合うポーズのまま、時速八十キロで廊下を爆走し始めた。
「んんーーー!!(誰か止めてくれー!!)」
その時、廊下の中央にある大扉が開き、この国の最高権力者である「国王」が、大臣たちを引き連れて優雅に歩いてきた。
「ふむ、今日の王宮は一段とピカピカじゃな……ん?」
国王が前を向いた瞬間。
廊下の向こうから、凄まじい風圧と共に、抱き合ってキスをしたまま突進してくる勇者と暗殺者の姿が目に入った。
「んんんーーーーーッ!!!」
「なっ、何じゃあのH(破廉恥)な暴走列車はぁぁぁ!?」
避ける暇などない。
ズドォォォォォン!!!!!
勇者と暗殺者の二人が、直進してきた国王の股の間に、パズルピースのようにスポォォォンッ! と完璧な角度で滑り込んだ。
結果、国王を上に乗せ、下の二人はキスをしたまま、三人合体ロボのような不名誉な姿勢で、さらに廊下を猛スピードで滑走していく。
「ウ、ウオォォォ!? 止まらん! 朕の威厳が滑り落ちてゆくぅゥゥ!」
王宮の歴史上、最も情けない悲鳴を上げる国王。
そのまま三人はノンストップで廊下の果てまで突き進み――。
ドッシャァァァン!!!!!
突き当たりの大理石の壁に激しく激突し、ようやく停止した。
国王はひっくり返り、下の二人は最後まで唇をくくっつけたまま、三人仲良く泡を吹いて気絶するのだった。
◇その頃。
百メートル離れたスタート地点で、ゼクスは真顔のまま、綺麗に汚れを巻き取って戻ってきた雑巾をバケツですすいでいた。
遠くで何やら物凄い破壊音と「和平の歓喜?の悲鳴」が聞こえた気がしたが、プロ掃除人の心が乱れることはない。
ゼクスはふぅ、と小さく息を吐き、水に濡れた髪をクールにかき上げながら、お茶の入った水筒を取り出した。
「――やはり、人類と魔族が手を取り合うというのは、とてもエネルギーの要る大変なことなのですね。……さて、次は玉座の間でも磨きに行きましょうか」
元・荷物持ちの、クール?なプロ掃除人ゼクス。
彼のツルピカ伝説は、何も知らないゼクスのピュアな勘違いと共に、今日も王宮の物理法則を粉々に粉砕していくのだった。




