たのちいお掃除面接試験
勇者パーティを追放されてから少し経ったあと。
ゼクスは、この国の最高峰である王宮の門の前に立っていた。
鋭い三白眼、黒髪長身。
黒ベースの隙のない衣服を纏った姿は、どう見ても「これから王の命を狙いに行く超一流の暗殺者」である。
門兵たちがビビってガタガタ震える中、ゼクスは真顔で、懐から一枚の書類を取り出した。
「――本日行われる『宮廷掃除人・採用試験』に応募した、ゼクスフェルトだ。通してくれ」
「ひ、ひぇっ! は、はいぃ!」ゼクスは無自覚だったが、宮廷掃除人は倍率百倍を超える超エリート職だ。
試験会場の広間に入ると、そこには最新の「魔導掃除機」や「自動追尾型モップ」をドヤ顔で掲げる、プライドの高そうな受験者たちがズラリと並んでいた。
彼らはゼクスを見るなり、
「おい、なんだあの物騒な男は……」
「間違えて暗殺者が紛入したんじゃ……」
とヒソヒソと囁き合う。
そんな中、豪華な衣装に身を包んだ「宮廷総監」の老人が、横柄な態度で前に出た。
「静粛に! これより実技試験を行う。内容は、昨晩の建国記念パーティーで『油と酒と肉汁』がベッタリとこびりついた、この百畳敷きの大広間を三十分以内にピカピカにすることだ!」
広間の床は、見るも無惨にギトギトに汚れていた。
受験者たちが「三十分でこれは無理だろ……」と絶望する中、ゼクスだけは三白眼を輝かせていた。
(素晴らしい……! これほど磨き甲斐のある床には、荷物持ち時代もお目にかかれなかった。私のプロとしての腕が鳴るというものだ!)
「では、試験開始!」
総監の合図とともに、他の受験者たちが一斉に魔道具を起動し、必死に床をこすり始める。
だが、油が頑固すぎて全然落ちない。
そんな中、ゼクスは一人、持参した安物のホウキを静かに構えた。
そして、心の中でそっとお掃除魔法を唱える。
『摩擦係数:ゼロ』。
瞬間、広間全体の物理法則が、ゼクスを中心に音もなく書き換わった。
(まずは、床と汚れの間の摩擦を無くします。そうすれば――)ゼクスがホウキを床に『トントン』と軽く打ち付けた、次の瞬間だった。
ズザザザザザザザザザザザザザッ!!!!!広間全体の床にベッタリとこびりついていた、数千人分の油汚れ、ワインのシミ、肉汁が、まるで生き物のように一斉に「ずるんっ!」と剥がれ落ちた。
王宮の床は、水はけを良くするために中央から四隅に向けて、ミリ単位のごくわずかな傾斜がついている。
摩擦がゼロになった世界では、その微々たる傾斜だけで、すべての汚れが慣性の法則に従って、もの凄いスピードで部屋の隅へと滑り落ちていくのだ。
「な、何が起きているんだぁぁぁ!?」
「汚れが……汚れが勝手に走って、部屋の隅の排水溝に吸い込まれていくぞ!?」
他の受験者たちがパニックで叫ぶ。
わずか五秒。
あんなにギトギトだった百畳の大広間が、鏡のように光を反射する「完全なピカピカの鏡面」へと変貌を遂げた。
「よし、美しいですね。これで私の仕事は終了です」
ゼクスは満足してホウキを引いた。
だが、本当に恐ろしいのはここからだった。部屋の床全体の摩擦は、まだ『ゼロ』のままである。
「ば、馬鹿な……! 一瞬で部屋が綺麗になっただと!?」
驚愕した試験官の宮廷総監が、ゼクスに駆け寄ろうと威張って一歩を踏み出した。
ツルンッ!!!「どわあああああ!?」総監の足がバナナの皮を踏んだように派手に宙を舞う。
そのまま床に背中から激突した総監は、ブレーキが一切効かないため、もの凄いスピードでゼクスの方へと「シューーーーッ!」と滑ってきた。
「おっと、危ない。総監、床が綺麗すぎて非常に滑りやすくなっております」
ゼクスはクールな真顔のまま、滑ってきた総監の襟元を片手でガシッと掴んで、華麗にキャッチした。
もしゼクスが手を離せば、総監はそのまま反対側の壁まで激突して骨折していただろう。
「ひ、ひぃぃ……! 物理法則が、物理法則がおかしい……!」
ゼクスの冷徹な三白眼に見下ろされ、恐怖と衝撃で失禁しかける総監。
しかし、部屋の床がこれまでにないほどピカピカなのは紛れもない事実だった。
総監はカタカタと震えながら、ゼクスを指差して叫んだ。
「さ、採用……! お前が満場一致で、今日から我が王宮の『専属プロ掃除人』だぁぁぁ!」
「ありがとうございます。精一杯、磨かせていただきます」
ゼクスは静かに頭を下げた。
こうして、元・荷物持ちのゼクスは、念願の王宮掃除人としての第一歩を踏み出した。
背後で、他の受験者たちが一歩も動けず、スケートリンクのようにツルツルと滑りながらドタバタと転び続けているのを、完全にスルーしながら。




