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第一話:塵溜めのなかの塵

技術的知見: 腐敗臭は、嫌気性細菌によるアミノ酸の分解結果である。この場所では、その臭いだけが私を歓迎してくれた。屠殺場で目を覚ますための取扱説明書など存在しないが、力強い踏みつけこそが万国共通の言語なのだろう。

目を覚ますと、口の中はカラカラに乾いていた。ひどい二日酔いのような感覚だ。奇妙なことに、胸の重苦しさや腕の痺れは消えており、気分は悪くない。わずかな人工の光が、ここが路地裏であることを示していた。

おかしな話だ。酒を飲んでも外に出るようなことはしないはずだが、夜なら仕事の準備をしなければならない。驚いたことに、脇には自分の袋があった。故郷ではリュックのジッパーが壊れて使い物にならなくなったので、盗難の標的になりにくい買い物袋を代用していたのだ。

中身は電話、充電器、紙と鉛筆。それが私の全財産であり、着ている服がすべてだった。

「これはまずい。非常にまずいぞ」

困惑と恐怖の中で立ち上がった。酒を飲むのは自宅か友人の家だけで、外で寝るなんてことはありえない。記憶を辿ろうとしたが、何も思い出せなかった。その時、一匹の毛のないネズミがこちらへ走ってくるのが見えた。

それは縄張り意識などではなく、明確な攻撃性を持って近づいてきた。

「クソッ……」

即座に身構えた。チャンスを逃すわけにはいかない。

ネズミが鳴き声を上げて跳びかかってきたが、私は蹴るのではなく、そのまま踏みつけた。グシャリという音と共に、鮮血が飛び散る。

靴に噛みつき、足に圧力をかけてくるのを感じたので、容赦なく何度も踏み抜いた。踏むたびにジューシーな音が響き、内臓が飛び出した。

吐き気がした。異常な光景だった。潰したネズミの中から、膨れ上がり変形した巨大な蛆虫たちが這い出し、こちらへ向かってきたのだ。

私は買い物袋を掴み、ぎこちない足さばきで距離を取った。寄生虫は昔から大嫌いだ。素早く動くそれらに対し、私は近くにあった缶を拾い上げ、一匹ずつ叩き潰した。黄色い体液が自分に飛ばないように。

「口の中に変な味がする……」

蛆虫からは、腐敗臭と化学薬品、そして金属が混ざり合った最悪の臭いが漂っていた。

吐き気をこらえながら見ると、ネズミの死骸は見る間にしぼみ、液体を流しながらカビとキノコが急速に増殖していった。

「幻覚性の蛆虫か?」

自分の手を見つめたが、買い物袋を握る手以外に異常はない。私は進むことにした。汚れた路地裏には、ネズミが来た道か、それとも逃げてきた道の二つしかない。

「さて、あのネズミは……どこへ行こうとしていたのか、あるいは何から逃げていたのか」

私は壁に汚れた金属片で印をつけ、ネズミが向かおうとしていた方向へ進んだ。コンクリートの道を進むが、周囲は不気味なほど静かだ。

分かれ道に出た。どれも照明が乏しく、汚れた路地だ。普通の街の造りではない。空間の使い方が歪で、私はただ直進することを選んだ。

やがて、地面に転がる数体の人影と、開け放たれた扉を見つけた。

「……こんにちは? 誰かいますか?」

恐怖から、場違いな笑みがこぼれた。最悪のタイミングで冗談を思い出すのは私の悪い癖だ。

一体目の遺体は無残だった。内臓がぶちまけられ、頭も割れている。その横には予備の頭部と数本の腕が転がっていた。

「……まあ、助けは必要ないようだな」

少し進むと二体目の遺体があった。同じように腐敗が進んでおり、胸が大きく開かれている。誰か関わってはいけない相手に手を出したのだろう。

その時、足元で何かが動いた。反射的に踏みつけると、それはネズミではなく、生首だった。

「しまっ……!」

胸を切り開かれた男が、私の脚を掴もうとしていた。

「……い……プロテ……」

彼の口からは黒い体液が漏れ、濁った白目が私を捉えた。まるでゾンビ映画のワンシーンだ。

「……インペ……ラトール……」

動きは鈍いが、私は躊躇しなかった。怒声と共に彼の頭を地面に叩きつけるように何度も踏みつけた。

「……」

周囲を警戒した。こういう時に油断した奴から餌食になる。

男はまだ這いずっていたので、私は先ほどの金属片を彼の柔らかい頭部に突き立て、確実にトドメを刺した。

「……こんにちは?」

吐き気と緊張の中で問いかける。死者を弄びたくはないが、これは必要な処置だった。

私は目の前の扉を開けた。ヒリつくような感覚が全身を駆け巡る。

「……こんにちは、誰か?」

腐敗臭と酸の刺激臭が鼻を突く。薄暗いホールの中へ足を踏み入れた。

そこは地獄だった。人間のような姿をしているが、牙のむき出しの顎と、捕食者のような外殻を持つ異形の怪物が吊るされていた。周囲には数日経った死体と、さらに腐敗が進んだ死体が山のように積み重なっている。

「冗談じゃない。ゾンビや怪物に返事を期待するなんて、バカげてる」

自分を罵倒した。その時、上階から物音がした。

私は足元に落ちていたトゲ付きの棍棒を拾い上げた。

「……こんにちは? 助けが必要ですか?」

私は死体の山をかき分け、奥へと進んだ。なぜ話し続けるのか。自分でも分からない。独り言を言わなければ、狂ってしまいそうだったからか。

階段を上ると、そこはかつて売春宿だったような場所だった。どの部屋も惨劇の跡が残っている。

ある部屋の前で立ち止まった。叩くような音が聞こえる。

扉を開けると、そこは小さな浴室だった。死臭が立ち込める中、六対の目が私を見ていた。

紫色の肌をした青白い女と、腹部を貫かれた妊婦。彼女たちは必死に生まれたばかりの赤ん坊を守ろうとしていた。だが、赤ん坊は動かない。すでに死んでいるようだった。

「助けに来たんだ」

武器を置き、両手を見せて敵意がないことを示した。蛇口を回したが、水は出ない。

棚を探ると、アルコールの臭いがする瓶を見つけた。それで彼女たちの傷を消毒し、衣服を引き裂いて包帯代わりにした。

妊婦の腹部の傷は致命的だった。腐った手の残骸が食い込んでいる。

「……」

彼女は異国の言葉で私を罵倒しているようだった。聖書を唱える狂信者のような響きだが、その声には絶望が混じっている。

彼女は黒い液体を吐き、泣きながら死んだ子を抱きしめた。私は彼女の頭を撫でた。

「……」

彼女はラテン語に似た言葉で、力なく呟いた。私は言葉は分からなかったが、その苦痛は痛いほど伝わってきた。

私は棍棒を握りしめた。彼女は悟ったように、浴槽の縁に頭を預けた。

何か別の選択肢があるのではないか。だが、このまま彼女が化け物として蘇るのを許すことこそが、本当の残酷ではないか。

失敗への恐怖が襲う。棍棒が重く感じられた。だが、私は自分に言い聞かせ、全身の力を込めて振り下ろした。

それが、私に課せられた、なさねばならぬ事だった。

第一記録を読んでいただき、ありがとうございます。ルーカスは戦士ではありません。買い物袋を提げ、狂気を前に論理が崩壊しかけているただの男です。このダークでテクニカルな物語を気に入っていただけたなら、次話では、祈りだけで動く世界で錆びた鉄片一つを手にどう生き残るかを深掘りしていきます。

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