第九話 次の戦場
「先生、見かけないね。」
「そうだね、どうしたんだろう?」
オルフェが怪我をしてから一週間、担任だった女性教師は閑職へと飛ばされて、その代理を学年主任の壮年の男性教師が行っていた、アルゴ先生、と言われて生徒達から慕われている教師、であればアーヴィンも納得するだろう、と言う学校側からの配慮ではあったものの、オルフェは若干腫物を扱う様な扱いを受けていた、叱られないが触られない、そんな感覚がオルフェの中にはあった、児童の集まる場所や公園で遠巻きにされていたのを今でも覚えている、それに似た状況だ、と。
しかし、最初に叱ってきた女教師、ジュナでなくてよかった、とは思っていた、いきなり自分の親であるアーヴィンの事を否定されて、大事に読んでいた銃の本を破かれて、それが怖くないわけがないのだろう、オルフェもランドも、その事については言及していない、あれから一週間、軍に関する本を持ってきてはいけない、と言う「学習」をしたオルフェは、休み時間に銃の話こそすれど、それを大っぴらにはしなくなっていた。
「はい、授業が始まりますよー。」
「はーい。」
アルゴが号令を取って、休み時間が終わって授業になる、ジュニアスクールの勉強と言うのは、オルフェからしたら「一度見た事は忘れない」と言う、超記憶症候群があるのだから、何度も同じ事を繰り返して覚える、というのが退屈ではあったが、そこでまた余計な事を言って軋轢を生んではいけない、とアーヴィンから言われていた為、黙って覚えているふりをしていた。
「ふむ、そろそろ次の戦場かね?」
陽光のあたたかな昼下がり、そろそろオルフェは昼食のサンドイッチを食べている頃だろう、と鼻歌を歌いながら銃を磨いていたアーヴィンは、神からの交信を受けて、そろそろ次の戦場に赴く、という準備をしていた。
この神と呼称されている存在が何者か、については、歴代のジグモンド家当主達は知らなかった、ただ百代続いたジグモンド家、の頭として、当たり前の様に英雄をしていて、当たり前の様に神に従って、という事をしていた、それがジグモンド家を継ぐという事であり、それが英雄として神に従っている者の末路である、アーヴィンはそう考えていた。
ガラパゴス携帯を使って「連絡をしているフリ」をして、神からの交信を受けているアーヴィン、その正体を知る者は家族しかいない、兄アーノルドは音信不通担って久しい、父レオナルドも、母もとっくに亡くなっている、ルミナやオルフェが誰かに公言していたら、それはそれで騒がれる事も理解している。
つまり、現状アーヴィンは「軍によって古臭い魔法と言う事象を扱っている、それによって戦場を回っている」軍人だ、という認識だろう、基本的に友をつくらないアーヴィンからしたら、茶飲み友達がいるわけでもない、バーに飲みに行っても「英雄稼業の事は話さない」が当たり前の習慣としてある為に、口外しないというのが当然の帰結だ。
「ふむ、これで良いだろう。」
トリガーの他に、フラッシュハイダーが痛んでいたのを交換して、万全の態勢を整える、それが英雄稼業をする者として当たり前の作法だ、それが出来なければ死んでいくだけだ、それを正しく理解していたから、アーヴィンは銃の手入れを欠かさない、戦場にいる間でさえ、周りの目に映らない所で手入れをして、適宜パーツを交換している位には、余念がないタイプの人間、がアーヴィンの性質だった。
銃としては異端な存在である愛銃、神のから与えられた権能であるこの銃には、とある「仕組み」があった、オルフェにはまだ伝えていない「ジグモンド家がガンナーの英雄として選出されるにあたって、必ず体得する奥義」がある、それは人間では到底為し得ない事柄、神の権能の一部を使っている英雄にしか許されていない事象、とでも言えば良いのだろうか、「気が付けば上空に飛んでいる」「そして大地に向けて攻撃衛星が放つ様な迫撃砲を放っている」「そして誰かに気づかれる事なく着地している」と言う、「衛星砲」とアーヴィンは呼称している権能、ジグモンド家の当主の世代によって、その呼び名が変わる「神の裁き」、「神の光」とも古代には言われていた権能、それを使う事は殆どない、それがあるとすれば「絶望的な程軍団戦において不利」な状況だ、とアーヴィンは考えていた、それを使わないに越した事はない、だからオルフェにはまだ伝えていない、と。
アーヴィンは一度だけそれを使った事があった、十年程前の話、とある世界において軍人として活動をしていた時、大隊が壊滅して、残ったのはアーヴィンだけ、ここで死んでジグモンド家の歴史を終わらせてしまうか、それとも「迫撃砲と言う美学に反する攻撃を行って、敵大隊を殲滅するか」の二択を迫られた時、アーヴィンは後者を選んだ、ジグモンド家を継ぐ者がいなければ、また別の超記憶症候群の人間がガンナーの英雄として選ばれるだけ、それだけの話ではあったのだが、アーヴィンは先祖代々において継承してきた道、歴史に終止符を打つ事を是としなかった、それは己の美学に反する事だろうと、「今死ぬ訳にはいかない」と言う決定的な意思表明の元に放たれた。
その世界においては、今でもその瞬間は語り継がれているらしい、「神の裁きが軍人を滅ぼした」「神の光が世界に安寧をもたらした」などと言う触れ込みで語られていると、そう神が言っていたのをアーヴィンは記憶していた、それ位の話を流しておかないと、その技を行使した事を隠匿出来なかった、という事でもある、とアーヴィンはその事を受け止めていた、神と言う頂上的な存在が「ガンナー」を守った、と言う伝説、ある意味でのデウス・エクス・マキナ的な結末とでも言えば良いのだろうか、アーヴィンと言う個の存在を遺せなかった神にとって、それを伝え継ぐというのは苦渋の決断だったのだろう。
「……。了解した、明日には赴くとしよう。」
神からの交信は、次の戦場への招集だった、褒美はあるものの、基本的には称賛されるわけでもない、ある意味では「アーヴィン・ジグモンド」と言う個体の存在は記録されない、他の英雄もそれは例外ではない、英雄同士はその在り方を認識し合えるが、一般の軍人や「その世界に属する者達」は「アーヴィン」と言う個体を認知出来ない、紫髭の鷹、と言うコードネームこそ認知されるものの、「それが何処からやってきて」「どのような経歴を持っていて」「どの様な立ち位置の人間から派遣されて」やってきたのか、を疑問に持つ事すら一般人は許されていない、アーヴィン達を使役している神達の共通項なのか、それに関しては何処の英雄も同じだった、違う神に使役されている「英雄」と言う同じ形態の人間達、においてはそれは共通項だった、誰かが神の所在を知っているわけでもなかった、誰かが神に異を唱えるわけでもなかった、ただ皆それが当たり前の事だと従っていた、例えそれが、いつかの日には敵対をする定めだったのだとしても、例えそれが、最終的には殺戮の結果になるのだとしても、誰もかれもそれに従っていた、理とはそういうものなのだ、と諦めていると言い換えても良いのかもしれない。
「ふむ、オルフェは大丈夫か。」
一つ心配事が残るとすれば、ジュニアスクールに通い始めたばかりのオルフェの事だろう、一応学年主任が教鞭をとっている、とは聞いていたものの、その学年主任も日和見主義の事なかれ、だとアーヴィンは認識していた為、そこに関して大丈夫なのか、と。




