第八話 揉め事
「ランド君、おはよう!」
「オルフェ君、おはよ!」
スクールバスに数十分揺られて、違う方角に住んでいたランドと合流したオルフェは、スクールのホームルームが始まる前に、とスナイパーライフルの本を読もうとしていた。
当然の如くランドや他の同級生からしたら知らない事が書いてある本、しかもオルフェは超記憶症候群が故に文章や文字を覚えるのが早かったが、ランド達はまだ日常で使う言葉しか読めない、それが当たり前と言えば当たり前なのだろうが、オルフェからしたら「どうして読めないんだろう?」と疑問を持ってしまう、それ位にはオルフェにとっては読めるのが当たり前で、ランド達にとっては読めないのが当たり前で、スナイパーライフルの構造など覚えている六歳児はジグモンド家以外の人間にはいないだろう、それどころか、超記憶症候群を受け継いだ当主以外の誰かが、六歳と言う年齢でスナイパーライフルの解剖図を把握していた事はなかった、とアーヴィンが話をしていたのをオルフェは思い出す。
「す、ない、ぱー、ら、い、ふ、る?って読むのか?オルフェ君のお父さんが持ってる銃なのか?」
「えっとね、お父さんが担いでる武器だよ!M82、これがお父さんが持ってるスナイパーライフルなんだよ!」
「そうなんだ、オルフェ君は凄いな!俺達、全然読めないや!」
「えへへ……、それで、これがね?」
読んでほしいとせがまれた、と感じたオルフェは、得意げにどれがどんな武器で、どんな機能が備わっていて、どんな整備が必要なのか、を饒舌に語りだす。
ランドをはじめとした同級生達は、「オルフェの父であるアーヴィンが軍人だ」という情報を呑み込んでいたからか、興味深くその話に耳を傾けていた。
「はい、ホームルームを始めますよー!」
「はーい!」
「ジグモンド君、何を持ってきているの?」
「えっと、お父さんの仕事に使ってる銃の資料です!」
担任になった女性の教師が入ってきて、一旦オルフェの独壇場はお終い、またあとで話を聞きたい、とランドがせがんでいたのだが、オルフェの言葉を聞いた途端に、担任の表情が「悪い意味で」変わった、それをオルフェは感じ取った。
ただ、今までの人生で、そんな眼差しを向けられたことがなければ、明確な敵意を向けられた事もない、オルフェにとっては「人生で初めて」明確な敵意を向けられた瞬間だった、その瞬間、オルフェは固まってしまった、怖いと感じた、怖くてたまらない、大人が怖い顔をすると、自分達は何も出来ない、それを直感的に感じ取っていた。
「だから軍人の所の子供の担任なんて嫌だったのよ!碌な教育なんて受けてないわ!」
「あ!先生やめて!」
「教師に逆らうんじゃありません!」
担任がつかつかとオルフェの席の前まで肩を怒らせながら歩いてきて、オルフェが大事にしていた銃の資料を取り上げた、と思ったらその場でヒステリーを起こしてビリビリに破いてしまった、オルフェは涙目になりながらそれを止めようとしたが、怒りに身を任せていた担任に頬を叩かれてしまった。
「先生!オルフェ君が悪いことした!?」
「こんな本を持ってきて!私の生徒に余計な事を吹き込んで!私に逆らって!それだけで十分悪い事です!ザビンズ君!貴方も叩かれたいのかしら!?」
頬を叩かれてよろめいたオルフェをかばおうとして、ランドが担任とオルフェの間に割り込む、ただ、ランドが恰幅の良い子供だったとしても結局は六歳児、大人である担任に敵う訳がない、と委縮してしまっている。
「ランド君……!」
「……!」
ランドの頬を叩こうとした担任、その担任の行動を確認したオルフェは、当然のごとく友をかばおうとして、ランドの手を引っ張った、幸いな事にオルフェの方が力が強く、担任の仕置きからはランドを守れたのだが、その代わりにフルスイングのビンタを喰らって、オルフェは机に向かって倒れ、頭を打った。
「いた……!」
「……!私は知りませんよ!貴方がこんな本を持ってくるのが悪いんです!ザビンズ君が頬を打たれていれば、ここまで大げさにはなりませんでした!」
オルフェが机に頭を打って、流石に旗色が悪いと感じたのか、、担任は教室を飛び出して行ってしまった。
「ふむ、オルフェよ。自分で解決しようとするその心意気は買うがね、こういう時は大人を頼るってのが、スマートな解決方法ってやつだな、覚えておくと良い。」
「おとう……、さん……?」
「え!?オルフェ君のお父さん!?なんでここに!?」
「ま、そこに関しては企業秘密って言うやつだ、ランド君。オルフェ、立てるかね?」
声が聞こえた、と思ったら、その場にいつの間にか、オルフェ以外にとっては急にそこに現れたかの様に、アーヴィンが姿を現した。
アーヴィンはオルフェの事を見守っていた、見張っていたと誤解されてしまいそうな気もしていたが、全ては息子であるオルフェを守る為、の行動だった、その結果として、今となっては廃れてしまった技術であった転移術を使って、オルフェが怪我をした事と、担任がそれを解決する気がない、と判断した時点で転移をしていた、オルフェにとっては「い世界に赴く時に転移を使っている」のが父アーヴィンの当たり前で、別段そこに驚くわけでもなかったのだが、ランド達同級生はそのことも知らない、当然のごとくそこに現れたアーヴィンに驚愕して、ざわめいている。
「ふむ、頭部に出血、脳震盪はなし、問題はないだろう。オルフェ、ハンカチを使って止血は出来るな?」
「えっと、うん。」
「では、ここからは大人の役割だ。」
騒ぎを聞きつけた担任以外の教師がやってくる、オルフェが頭から出血をしている事、担任が飛び出してきた事、アーヴィンと言う軍人がこの場にいる事、それらを統合して「兄が起こったのか」をなんとなく把握した壮年の男性教師は、慌てて幹部である学年主任を呼びに行った。
「それで、お前さん達は俺の息子にキズを負わせた事に対して、どう責任を取るのかね?」
「お父様、申し訳ございません……、こちらで教育を行うので、この事はどうか内密に……。」
「ふむ、保身と隠蔽、イジらしい大人らしい選択肢だな。些かつまらん程度だ。」
「……。申し訳ございません……。君、頭を下げたまえ。」
「私は……、悪くなんて……。」
オルフェは止血をしながら保健室に行って、応接室に教頭と学年主任、担任にアーヴィンと言う面々が角をつき合わせて話をしていた、アーヴィンからしたら問題外と言うべきか、思ったとおり過ぎて聞くにも値しない言葉達、を教頭と学年主任が発しているのだが、担任の女教師は頭を下げようとしない、軍人を下に見ているタイプの教師だろう、そう言った教師には幾ばくか出会ってきた、兄アーノルドが学徒だった時代にも、そう言った教師はいた、と聞いていたアーヴィンは、琥珀色の瞳を冷えた眼差しにして担任へと向けていた。
担任はこちらを見下している、軍人など勉強が出来ない落第者が行く所だとでも認識しているのだろう、その軍人相手に「教育者」足る自分が頭を下げるなどありえない、そんな所だろう、とアーヴィンは考えていた。
実際それはあながち間違いではない、この女性教師はかつてにも同じ様な事をした事があった、過去において「軍人の娘」に対して冷たく接して、ネグルの教育委員会を追放される形でこの街にやってきた、という経歴を持っていた、それを教頭や学年主任は知っていた、もう後はない、もう一度は庇えないと校長に言われていたはずなのに、それでも頭を下げない担任にある意味関心すらしていたが、それでは学校自体が問題視されてしまいかねない、ここは何とか頭を下げさせて、アーヴィンの機嫌を取らなければならない、その感情がアーヴィンには手に取るように分かっていた。
「君……!」
「私は……、何も悪くは……、そもそも……、軍人が……。」
「ここでカタを付けるというのも、俺としては吝かではないんだかね?お前さんが軍をどう思っていようと、一教育者であるお前さんと、国防に携わる俺、どちらが賢い選択を出来るか、それは火を見るより明らか、と言うやつだと思うがね?」
「……!」
担任は内心怯えているのだろう、軍人であるアーヴィンと自分が対立した場合、自分がただでは済まなくなってしまうのはわかっていた、しかし頭は下げたくない、プライドが許さない、それをアーヴィンは「わかったうえで」脅していた。
「すみません、でした……。」
担任はしぶしぶ頭を下げる、悔しそうに唇を嚙みながら、しぶしぶではあるが頭を下げた。
「お父様、これでどうか……。」
「いいや、ダメだ。最低でも担任を外す、それが俺の出す最低条件だ。」
「……!?私に、頭を下げさせ……!?」
「どうするのかね?ここでケリをつけるかね?」
アーヴィンが凄む、普段はルミナにもオルフェにも、誰にも見せないであろう威圧的な態度、それをあえてとる事で、自分が悪役になってオルフェを守らなければならない、それを正しく理解していたから、あえて悪役の様な言葉を吐く。
「お、お父様……、どうか、お気を収めください……。彼女にも、その、理由が……。」
「それは俺が思案して慮らなければならない様な大層なワケなのかね?俺の息子を、一歩間違えていれば大けがさせていた、それにつり合うだけの御大層なワケがあると?」
「い、いいえ……!めっそうも……!」
「ではここで選びたまえ、俺の息子に大怪我を負わせる可能性をとがめられるか、ここでケリを付けられてお終いにするか、それはお前さん達次第だ。」
煙草に火を点けて、威圧的な態度をとるアーヴィン、これはオルフェやルミナには見せられない顔だ、とは自己認識していたが、これを許してしまったら、またオルフェが危険な目に合う、そして今度はアーヴィンは英雄稼業として出向している最中かも知れない、そうなった場合、ルミナにすべてを任せるのは少々不安が残る、だからアーヴィンはあえて威圧的な行動や態度を取っている。
「……。君、担任を降りなさい……。一度、事務方から……。」
「なんですって!?どうして私が!?事務なんて言う底辺の仕事をしなきゃならないんです!?」
「呑み込まんと言うのなら、ここでケリをつけるだけだがね?教育界を追い出さない判断をされただけ、恩情と取るべきだと思うがね。」
「……!」
脅されている、自分は一つ発言を間違えれば、頂点だと思っていた教育界から、今度こそ完全追放される、それを分かったのか、担任は黙って唇を噛み締める、悔しそうに、軍人なんぞに脅されて教育者として落第を押された、事務と言う地味で嫌いな仕事においやられるか、それとも二度と教育界に戻ってこれない落第者として追放されるか、どちらかを選ばなければならない事を「理解した」のだろう。
「では、お父様……。それにて、ご勘弁を……。」
「いいやダメだな、もう一つ条件を付けさせてもらう。」
「もう、一つ……?」
「この女を違う学校にでも飛ばす事だな。オルフェにとって危険因子が傍にいるってのは、教育者にとってもマイナスだろう?」
凄みと圧力を掛けるだけ掛けて、アーヴィンは煙草の火を消して応接室を出ていく。
「君、分かっているね?」
「……。」
担任は血が出る程に唇を噛み締めていた、自分の行動が間違っているとは全く思っていなかった、ただ相手は軍関係者、下手に対立すれば自分の首を絞めるだけになる、それを理解したから、それ以外に方法論がなかったのだろう。
「オルフェ、大丈夫かね?」
「あ、お父さん!大丈夫だよ!お父さんに習った止血の方法が役に立ったんだ!」
「そうか、それはクールだ、オルフェよ。戦場に立つ人間は常にクールでなけりゃならん、頭に血が上ったやつから死んでいく、それを今回の教訓とする事だな。」
「でも、先生に怒られちゃったし、学校に来れなくなるかも……。」
「hahaha!子供が心配する事じゃあない、それは俺達大人の役割分担だ。さ、止血が終わったのなら、クラスメイト達に挨拶をして今日は帰ろうじゃないか。母さんが暖かいシチューを作ってくれていると言っていたぞ?」
「シチュー!?やったー!」
保健室にいたオルフェの元を訪れたアーヴィンは、事が終わった事だけをオルフェに告げ、今日はひとまず退散だ、と校舎の入り口に転移させておいた車に向かう、オルフェはその後をついて行って、同級生達に無事である事を告げて、アーヴィンの待っている車に向かって走って行った。




