第六話 超記憶症候群
「ただいまー!」
「Oh!帰って来たかオルフェ、そうか今日からジュニアスクールに通い始めるんだったか。ふむ、入学式はどうだったかね?」
「お父さん帰ってきてたのー?」
「そうだ、帰還していたな。それで、どうだった?」
ジュニアスクールで説明を受けて、明日からはスクールバスに乗って登校する、という事を確認して帰ってきたオルフェとルミナをアーヴィンが出迎える、オルフェは何か月かいなかった父の帰還を知って、嬉しそうに笑っていた。
「えっとね、お友達が出来たよ!ランド君、って言うんだ!」
「Oh!それは良い事だ、友って言うのは大事だからな。」
スクール用にルミナが用意してくれていた空色のリュックを部屋において、オルフェはアーヴィンが庭で銃の手入れをしている横に座る、それが冒険譚、英雄譚を聴く準備であり、一種の習慣でもあった、オルフェは椅子に座って、アーヴィンは銃の手入れをしながらバーボンを傾けて、ルミナはそんな二人を眺めながら家事をする、それがジグモンド家の日常風景だ。
「お父さん、今度はどんなところに行ってきたの?どんな戦いだったの?」
「む、そうだな……。前回共に戦った、セランと言う前線指揮官の英雄がいてだな、その英雄が敵方の前線指揮官として働いていた、所謂中隊長と言う役職だな。俺は後方支援縁門、前線に立つ事はない、だが、英雄を殺せるのは英雄だけ、それがこの世界体系におけるキマリ事だ、とも言われていたからな。セランを倒して俺が生還するか、俺がセランに殺されてドックタグを持ち帰ってこられるか、どちらかしか未来はなかった、と言えるだろう。ふむ、そうなってくると、セランがもともと暮らしていた世界、にも興味がなくはない、俺は弔いをしない、それは英雄に対する侮辱だ、凌辱とも言える。だから、俺は弔わない、俺は悲しまない、俺は悲観しない、それがジグモンド家に生まれた者の定めであって、そしてオルフェ、お前さんがいつの日か到達しなければならない未来だからだ。」
「そっか……。一緒に戦ってた人と、戦うのは怖くないの?」
「Umm,難しい質問だな。手の内を明かした相手と戦う以上は恐怖はあるだろうが、しかし俺はネジが外れているタイプでな、恐怖を感じる心をどこかにやってしまった様だ。」
「えっとね、そうじゃなくて……。お友達と戦って、どっちかが死ななきゃいけないのって、怖くないの?」
オルフェのまっすぐな瞳は、少し潤んでいる。
いつもの事だ、オルフェはいつか自分もそうなると理解していたから、無意味ともとれる質問を時折していた、前回は「異世界に行く事は怖くないの?」だったとアーヴィンは認識していた、子供にとっては、未知の世界やかつての友柄と戦う事は怖いのだろう、今日の事、友達が出来たばかりだと言っていたオルフェが、その友達と殺し合いをしなければならないとなったら、そう想像すると、怖くなってしまうのだろう。
「……。恐怖は足を竦ませる、俺達英雄はそうあるしかない。オルフェ、お前さんの友がどんな子なのか、どんな未来が待っているのか、何てのは俺もわからんがね。英雄になる以上は、誰を殺す覚悟をして、誰と友柄になる感情をもって、その友柄をいつか失う事を構えておかなきゃならんのだよ。……。オルフェにはまだ難しい問題かもしれんな、友柄を失う、それがどんな事なのか、も想像がつかない内には、その感情を理解しろと言うのも酷な話だろう。ただな、オルフェ。俺達英雄って言うのは、それを覚悟した側の人間でなけりゃならない、それを覚悟して、呑み込んで、足搔いて、それで生き残らなきゃならないんだ。そうでなけりゃ、自分が死ぬだけだからな。」
アーヴィンはM82を拭く手を止めて、バーボンを傾けながら話をする、それはかつて自分も経験した感情、経験したというよりは、父に問うた事がある事柄だった、何十年か前、父であるレオナルド・ジグモンドに問うた事があった、友を殺める事は悲しくないのか、怖くないのか、自分が殺されるのだとしても、それでも友を殺めたくない、と。
父レオナルドも、こうしてバーボンをストレートで飲みながら、その問いに答えた覚えがある、アーヴィンはそれを思い出し、同じ事をオルフェに伝える。
「僕に、出来るかな……。友達と戦うなんて、出来るかな……?」
「そうさな、出来なけりゃ死ぬだけだ、それだけは間違いがないな。俺が若輩者だった頃、そう言う英雄に出会った事があった。同じルーキーとして、同世代の英雄として仲が良くなった、軍における小隊長のガワを被っていた英雄の話だ。その英雄はな、俺と戦うことになるのが怖い、そうなったら戦う事を放棄するから、俺に殺して欲しい、そう願って、結果としてその言葉の通りになった、そんな英雄がいた。ふむ、俺はなぜあいつを殺せたのか、と問われると、俺には生きる意味があった、それはジグモンド家を継承していくと言う事であり、これから先の未来を見ていきたいと言う願いだった。その為にはどちらかがどちらかを殺さなければならなかった、だから俺は殺した、躊躇いはしたがね、あの頃はそんな感情も残っていたな。」
「その英雄さんは、なんていう名前だったの?お父さんは、忘れない人なんだよね?」
「……。その名をローレン、ローレン・グラッドという名前だったな。そうか、オルフェも俺と同じ特性を持っているんだったな、忘れる事が出来ない人間、それが俺達だ。」
ハイパーサイメシア、超記憶症候群、一度見聞きした事を忘れない、ある意味では、家具が一個違う位置に配置されている事ですら気づく、サラの模様の掠れ具合ですら覚えている、それがオルフェやアーヴィン達「ジグモンド家」の当主になる人物達の、受け継がれてきた特徴だった、オルフェも、一度見たものや聞いた事は忘れない、ある意味では脳がパンクしかける事もある、とアーヴィンは感じることがある程度には、超記憶症候群、と言うのは脳に負担をかける事柄だった、人間は九割の事柄を無視行のうちに処理して忘れて生きている、のに対して、一から十まで覚えていて、それを宙で思い浮かべられてしまう、と言うのは、脳に対する負担が強いのだろう。
それがジグモンド家当主の特徴だった、それを継承した者がジグモンド家の家督を継いできた、アーヴィンには亡くなってしまった兄がいたが、兄のアーノルドは超記憶症候群ではなかった、だから長男であってもジグモンド家の家督を継ぐ事を許されなかった、次男であったアーヴィンが家督を継いだのには、それなりに理由があった。
「そのローレンさんは、戦わなかったの?」
「ふむ、最終的に言えばそうなるのだろうかね。小隊長として前線に立っていたローレンは、俺が敵方の英雄として招集された事に気づいて、秘密裏に俺に接触してきた、小隊を犠牲にして、己の我を通した、と言い換えても良いのかもしれんな。あれは優しすぎた、どうして小隊長と言う前線に立つ英雄だったのか、それがわからん程度には、優しすぎた。結果として、ローレンは小隊を犠牲にした、小隊の人間達、その時には仲間だったはずの隊員達を全滅させて、俺の元に単独でやってきた、そして俺は当然のごとくそれを撃った、そうしなければ俺が処されてしまう、もしやするに、ローレンが心変わりをして冷徹無比な英雄になっていて、小隊を犠牲に俺を討つと言う無謀な作戦を取ったのかもしれない、そう考えるに、俺に選択肢は残されていなかった、そう言う事だ。」
アーヴィンはバーボンを傾けながら、もしかしたらの可能性もあった、と語る。
ローレンが小隊を犠牲にしてアーヴィンを討つ様な犠牲を問わない作戦に出ていた場合、アーヴィンが死んでローレンは軍法議会に掛けられていただろう、その頃には元居た世界に戻っているのかもしれないが「小隊長が隊を屠って犠牲にした」という記録は残ってしまう、ローレンはそれを許容できる程には冷徹ではなかった、結果としてだが、その時の戦友である小隊の隊員よりも、その前から同じ英雄として同士だったアーヴィンの命を取った、どちらかを選ばなければならなかったのだろうが、それを選んだのは紛れもなくローレンだ。
「戦場ってのはそういう場所だ。誰も彼も狂って、最期まで正常な判断を出来る奴が生き残る、その為には冷徹無比でいなきゃならん事もある、そういう事だ。」
「そう、なんだ……。お父さんは、悲しくなかったの?」
「……。かつては悲しみを覚えていたもんだ。今となっては、それが世界の仕組みである以上は仕方がない事だと思っているがね。」
オルフェの頭を撫でながら、この子はどんな英雄に育って、どんな戦場を生きるのか、それを夢想するアーヴィン。
いつの日か理解する日が来る、理解しなければならない日が来る、だが、今はそれでいい、と。




