第五話 ジュニアスクール
「ファルカシュ・ジグモンドです!オルフェって呼んでください!」
オルフェが六歳になってすぐ、ジュニアスクールに通い始める事になった、今日はその入学式の日だ。
残念な事にアーヴィンはまだ戻ってきていない、ルミナだけが入学式に参加して、このあたりでは珍しい白人種であるルミナと、黒人種の気質を受け継いでいるオルフェ、という組み合わせは、周囲から奇異の目で見られる対象となっていた。
加えてジグモンド家の一員、ジグモンド家が何をしているのか、と言うのは一般的には知られていないのだが「アーヴィンが何をしているかわからない」と言う噂は出回っていた、気が付いたら数か月から一年程度家を空けていて、そして帰ってきたら家の庭に設置してある揺り椅子に座って、バーボンを傾けている人物、それがアーヴィンの周囲からの評価で、資産家の家系なのか、それとも怪しい商売にでも手を出しているのか、とご近所ネットワークでは囁かれている、そんな家系の人間が入ってきた、それは好奇の目線にさらされても仕方がないのだろう。
「ジグモンドって……、あのよくわかんない銃持ってる人じゃん……。」
「えー……?怖いなぁ……。」
同級生になる同い年の子供達も、オルフェの事というよりはアーヴィンの事は知っている様子だった、人殺しの道具であるスナイパーライフルを磨いている変人、怖い大人、と言うのがアーヴィンに向けられていた視線だった、実際にはアーヴィンは普段は人畜無害なタイプなのだが、イメージが先行して怖がられている、が正解なのだろう。
それをオルフェは聞いていた、ジュニアスクールに通っても友達が出来ないかもしれない、遠巻きにされてしまうかもしれない、その事は承知の上でジュニアスクールに通う選択肢を取ったのだ、それは父アーヴィンが怖くない人だ、という事を証明したいという気持ちでもあり、そして勉学の為にはジュニアスクールに通うのが一番早いだろう、というアーヴィンの言葉を受け取った結果、の選択だった。
「友達出来るかなぁ。」
入学式が終わって、一旦休み時間になって、各々話をしたり、親の所に行ったり、友達を作ろうと話しかけに行ったり、そんな時間が来た。
オルフェは誰かに話しかけようかと周りを見渡すが、周りの子供達がオルフェを警戒しているのか、話しかけずに遠巻きに見てくる、オルフェにとってそれは当たり前だったが、子供らしい悲しみはあった。
「オルフェ君、となり良い?」
「えっと、君は?」
「ランド、ランド・ザビンズ。ランドって呼んでよ。」
「ランド君、良いの?僕、怖いって言われてる人の子供なんだよ?お父さんは怖くないけど……。」
ランド・ザビンズ、琥珀色の瞳の少年は、少し居心地が悪そうにオルフェに話しかけてきた、ただ、その瞳は友好的な瞳をしていて、恰幅の良い体に褐色の肌、少し細めの瞳と、同じ褐色に琥珀色の瞳でも、体を鍛えていて細身で目の大きいオルフェとは、大きく違う素養を持った少年だ。
そんなランドが話しかけてきた理由、それをオルフェは知らなかった、ただ、ランドは友達になってくれるかもしれない、と感じたオルフェは、その友好的な視線を許諾した。
「ランド君のお父さんはお仕事は何をしているの?」
「俺のお父さん?うんとね、トラックの運転手さん。色んな街に行って、荷物を届けてるんだ。だから、いない事も多いんだ。今日も仕事で来れなかったし……。オルフェ君のお父さんはお仕事は何をしてるの?」
お父さんは何をしているの?と聞かれた時、オルフェは「英雄稼業をしている」という事は話してはいけない、そう教わっていた。
だから、それに近しいものとして、軍人として活動していると伝える様に、それがアーヴィンから習った処世術だった。
「お父さんは軍隊さんなんだ、スナイパーって言う軍人さん、後方支援の射撃隊、にいるんだって。」
「そっか、だからお父さんがいない事が多いんだ。」
「うん。お父さん、軍隊の偉い人に呼ばれて何処かに行く事が多いから。」
周りの子供達が、オルフェとランドの話に耳を峙たせている、どんな会話をして、オルフェの父であるアーヴィンがどんな仕事をしているのか、と言う情報を得ようとしている空気がある、ルミナは後ろから見守っていて、その空気を感じ取っていた。
軍人である事、に関してはルミナも守っている事柄だった、夫であるアーヴィンの職業を聞かれた時には「軍に所属している」と答える様に、とアーヴィンに言われていた、かつては英雄稼業をしている事を言わない理由が分からなかったのだが、多くの一般人からしたら「世界が無数にあって」「英雄を必要としていて」「その英雄は名を遺さない」と言うのは理解不能だろう、という事は理解していた、だからそのことに関しては一家そろっての秘密だった、ルミナは家族との関係は断絶している、ルミナの両親と姉と弟は、この国ムスタに難民としてやってきた事を悔いて、アルブに戻って貧困生活をしている、ルミナはそんな家族を心配こそしていたが、基本的に連絡も取っていない、今はどこに住んでいるのかもわからない、アーヴィンと結婚した時点で、それらを捨てる覚悟はしていた、だから今はこうしてネグルを抜けて、郊外の街であるアクシュルに居を構えて、周りとは基本的に距離を置いて過ごしてきた。
「軍人さんなんだ、だからあんなに大きな銃を持ってたんだ?」
「うん、バレットM82って言うスナイパーライフル、お父さんが持ってるのはそれだって言ってたよ?僕も、モデルガンで勉強してるんだ、大人になったらお父さんと一緒に仕事がしたいなって。」
「そっか、かっこいいじゃん!」
ランドはオルフェに対して肯定的な発言をする、周囲の子供達も、軍人ならば銃を持っていてもおかしくはないか、と納得している様子だ。
ただ、それでもオルフェに近寄るのか、と問われたら否と答えるのだろう、遠巻きに話を聞いていて、オルフェが自分達にとって害がないかどうか、を確かめている、ルミナはルミナで、父兄達がオルフェとランドの言葉に耳を峙てている事を理解していた、大人にとっても、自分達の子供に害を為す存在かどうか、そもそも謎に包まれていたアーヴィンの職業が何だったのか、それは気になっている部分だったのだろう。
軍人と聞いて顔をしかめる大人がいれば、得体のしれない職業ではなかったと安堵している大人がいる、まだ二十代にルミナからしたら、それが大人の世界だと言われてもわからない部分が多いのだが、三十代後半であるアーヴィンからしたら、それが当たり前だろうと言う返答が返ってきそうだ、という考えはあった。
「ランド君、お友達になってくれる?」
「もっちろん!」
オルフェとランドは意気投合して話をしている、父がどういう仕事をしていて、お互いにどういう関係で、そんな事を話しながら、子供なりに関係値を築こうとしているのを見て、ルミナはホッと安堵した。




