第四話 英雄とは
「お父さん、いつかえってくるのかなぁ?」
「さぁ、どうでしょうね。オルフェ、そろそろお風呂に入りましょうか。」
「はーい!」
アーヴィンが戦場に旅立ってから一か月、オルフェはルミナと二人で過ごしていた、今は冬の終わり、春に生まれたオルフェはそろそろ六歳になる、六歳になったら風呂も一人で入って、と言う約束をアーヴィンとしていたオルフェは、その為の準備をしていた、ジュニアスクールに通う為に勉強をしがてら、英雄としての活動をする為にも、と銃の勉強もして、中々に五歳児にしてはハードなスケジュールで動いている、それが現在のオルフェだった。
銃の勉強、と言ってモデルガンを弄っているオルフェは、コッキングがどうで引き金がどうで、スライドがどうでと組み立てられる程度には知識を得ていた、五歳と言う年齢にしては、驚異的な学習速度だろう、対物ライフルを組み立てるだけの知識がある、という五歳児はなかなかお目にかかれない、ルミナがオルフェを連れて児童向けの施設に行っても、基本的には男の子は子供向けのヒーロー、女の子はままごとや人形遊び、をしているのが当たり前で、その中でオルフェは銃を扱う準備をしている、まるでそれが当たり前で「いつの日かジグモンド家を継ぐ」のが当然であるかの様に、銃の仕組みを理解していた。
「おふろ!おふろ!」
オルフェは「いつか父アーヴィンの様な英雄になりたい」と願っていたが、「ジグモンド家を継ぐ」という考えはなかった、ただ、それが自動的に「ジグモンド家を継ぐ」という事になる、それを無意識に感じ取っているのではないか、それがルミナがオルフェを見て感じている事だった。
「ふー……、やれやれ、敵サンにあいつがいるとは、これはまたやりづらい。」
オルフェが眠りについただろう時間、戦場にいたアーヴィンは、弾倉に魔力で造った弾を入れながら、煙草を吸ってため息をついていた。
敵方の英雄、アーヴィンを使役しているのとは別の神が用意していた英雄、の中に、つい一年前にアーヴィンと行動を共にしていた、そんな英雄がいる事を把握したアーヴィンは、敵となってしまった以上は戦うしかないのだが、とため息を吐く。
「お前さんはいい男だったんだがね。」
ライフルを構える、敵は三キロ先にいる、アーヴィンは見えるか見えないかわからないレベルで暗くなっている背景をよそに、魔力で照準を絞って、敵方の主たる軍人としている英雄を狙撃するべく、息をひそめながら狙いを澄ます。
「……。」
BANG!
一撃必中、一撃必殺、それがアーヴィンの美学だった、それは敵にとっても自分にとっても、憐れみも痛みも含めて、必要な事だと。
三キロ先で敵方の戦線の司令塔をしていた英雄「セラン」を一撃で仕留めたアーヴィンは、彼がいなくなったのであれば前線は維持できないだろう、前線隊長として進軍していたセランを討ったのだから、前線が維持できなくなってなし崩し的にこちらが勝つ、それが定石だろうと考えていた。
「……。」
弔いはいらない、それはお互いにとって侮辱になる、それはお互いにとって失礼な事柄になる、お互い、それぞれの戦場があって、それぞれに使役している神が存在している事を認知していて、そしていずれかは敵対者として戦うことになる事を「正しく理解」していたのだ、だから弔いはいらない、世界体系の中では別世界の出身者だったセランは、黄色人種と言われる類の軍人だった、前線を維持する為の司令塔としての英雄、そのガワをかぶっている英雄だった、それを認識できているのは「アーヴィンとセランが神に使役されている者同士」だからだ、元来は神に使役されている英雄はそのガワを遺して痕跡を消す、「司令塔の英雄」だったり「ガンナーの英雄」だったりと言う存在の痕跡はあるのだが、「アーヴィンやセランと言った個体」の痕跡は残らない、それがこの世界体系における当たり前の事柄だった。
ただ、英雄同氏はそれを理解できる、どうしてそんな仕組みを作ったのか、についてはアーヴィンの知る由もない所、与り知らぬところではあったが、「英雄同士はその個体を認識出来る」と言うのがこの世界体系における事実で、セランを倒すという事は、次の「司令塔の英雄」にバトンが渡されて、その英雄がアーヴィンにとって仲間になる事があれ場、敵対者になる事もある、そんな関係だ。
「ふー……。」
煙を吐きながら、アーヴィンはセランの実直さを買っていたのだが、と思い出す、前回の戦場において、セランは前線を束ねる中隊長として、そしてアーヴィンは後方支援のスナイパーとして、それぞれが英雄である事を認識しながら、周りには黙って活動をしていた、周囲からの認識としては「とある時から存在した同士や仲間、軍関係者であり、その実態は理解出来ない、その実態を探ろうとしない」と言うのが当たり前で、ある意味では認識阻害の魔法がかかっている、その実態を探ろうとしない、と言うのは、神が手を出して「そこにいるのが当たり前」だと誤認させているから、だ。
ならば、どうして神はアーヴィン達「英雄」を使役しているのか、どうしてそれだけの力を持っておきながら「自らが手を下して」戦争を終結させないのか、それもアーヴィン達英雄にとっては与り知らぬ事だった、それを疑問に思っても「神」は応えない、神はアーヴィン達を一方的に英雄として指定して使役しているのであって、対等な話し相手でもなければ、対等な契約関係でもない。
神のいたずら、ということわざがあるが、それに近しい何かだ、気まぐれのような何かで、神は動いているとアーヴィンは考えていた、または「相互的に利用関係」である神々同士が、敵対し合ったり共闘したり、「世界体系を運営していくのに必要な事の主張の違い」で英雄同士の対立が生まれる、程度には考えていた、ただアーヴィンは自分を英雄とは思っていなかった、オルフェの前では都合上「英雄」を自称しているが、その実はただの傭兵稼業だ、そう考えていた、夢もくそもない、ただ上位存在である神に使役され、神の指令通りに行動をする傭兵、それが自分達の在り方だ、世界体系の中にどれだけの世界があって、幾千幾万と言われている世界体系がある中で、英雄に選ばれてきた「ジグモンド家の当代」として、その役割をこなすだけだ、それをしなければ「他の誰か」がガンナーの英雄として選抜されるだけ、自分達はお役御免でどう処理されるのかもわからない、そう考えている以上は神に従うしかない、それがアーヴィンの思考だった。
「セラン、お前さんは良いやつだったな。」
まだ若かったセラン、アーヴィンが四十歳になるのに対して、セランはまだ二十代後半だと言っていた、そんなセランと敵対した事、討たなければならなかった事、撃ち殺した事、何も思わないわけではない、ただ、自分はそうして生きてきた、セランもまたそれを覚悟して生きてきた、英雄稼業をしている以上は、「そうなる可能性はある」と言うのが共通認識だった、だからこれは仕方のない事だ、アーヴィンは心の内で少しだけセランを弔い、そして次のターゲットへと銃口を向けた。




