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第二十七話 手の震え

「ジグモンドの息子、手が震えてるぞ?そんな震えじゃ、敵は狙えない。父親から習わなかったのか?敵は袋だと思え、肉と血の詰まった袋だと思え、敵を人間だと認識するな、それは躊躇いを生む事になる、その躊躇いは、お前の死を招き入れる原因にしかならない。怖いか?怖くてたまらない、そんな顔をしてるな。実戦では人間を撃ったことがない、臆病者の眼だ。その眼を何とかしろ、臆するな、躊躇うな、撃つか撃たれるか、殺すか殺されるか、お前は父親からそれを習ってこなかったのか?」

「……。習ってきた、習ってきたさ。親父殿は、その躊躇いの末に死んだんだろう事も、あんたがそうやって俺に話をしてくる理由も、よくわかってるつもりさ。ただ……。あんたは怖くないのかね?人間を撃つという事が、怖くないのかね?命を奪う、命を奪われる、そうさ、俺達英雄は、何処まで行ってもそこにたどり着くんだろうさ。ただ……。俺は怖い、怖くてたまらない……。人間を撃つ事が、こんなにも怖いとは、親父殿は教えてくれなかったな。」

 レティアから指南を受けていたオルフェだったが、戦場に来てか一日、まだ敵を撃てずにいた。

 怖かった、怖くてたまらなかった、それをするのが英雄の役割で、それを行うのが戦場では当たり前で、そんな事はわかり切っていたはずなのに、いざ実戦となって、敵を撃つという段階になって、初めて感じる恐怖があった、オルフェはそれを感じていた、レティアはそれを見抜いていた。

 レティアが中距離狙撃である一から二キロ狙撃を担当していて、三から四キロ狙撃をオルフェに任せる、という話になっていたのだが、一行にオルフェの担当している区域の敵が倒れない、それに関しては「理論値」として三キロ狙撃を行える人間がいる、だけであって「平均値」として三キロ狙撃を行える人間はいない、つまりはオルフェが怠慢を起こしているか、それとも恐怖に足が竦んで、戦えなくなっているか、どちらかでしかない、とレティアはオルフェの所に来ていた、アーヴィンと同じ程度の年齢であるレティアは、老兵して新兵であるオルフェに戦闘の心得を説く、ただ、オルフェからしたら、鍛錬をしていたとしても「急に戦地に送られて、そして躊躇ってしまう」という現象は、あながち新兵としては間違った反応でもない、とも言えるだろう。

「それでも恐怖を拭えないのなら、勝手に死んでいけ。俺達英雄は英雄にしか殺せない、それはわかっているな?幾ら雑兵達に撃たれようと、手榴弾を口の中で炸裂させられようと、砲弾が炸裂して、散弾で体を穴だらけにされて、それでも俺達は死ぬ事を許されていない、神様がそう決めたから、俺達にはその権能が与えられているから、俺達は英雄に殺されて死ぬか、それとも敵の英雄を殺して生き残るか、その二択しか用意されていない。それでも躊躇うか?まあそれはそれで、俺としてはジグモンドに対する鬱憤ってのを晴らせるからして、愉快ではあるがな。それでも、新兵に死なれるのは老兵としては見ていられない事って言う事になる、それ位はわかれ。生き残れ、ジグモンドの息子。誰が相手だったとしても、次の戦場では俺が敵だったとしても、なんだったとしても。生き残れ、それがお前が成せる唯一の事だ、神様が求めている唯一の事柄だ、それを理解した上で恐怖が経ち消えないのであれば、そのホルスターに付けているハンドガンで、自分を撃ち抜け。そうすれば、雑兵達の責め苦には合わずに済むだろうからな。」

「……。」

 自決用のハンドガン、万が一にでも敵に囲まれて、という状況になり、英雄として死ぬか、それとも敵の実験材料として扱われるか、どちらかを選択しなければならない様な事があったら、これを使って自決をしろ、と言われて持たされていた自動拳銃、敵を撃つためのものではなく、自らを死滅させる為に持たされた拳銃、それを使えとレティアは言ってのけた、そういうレティアも、太もものホルスターには自動拳銃がしまってある、それは神々が決めた協定の中の一つである「英雄は自害を許されるべきである」という題目の元に、全ての英雄に渡されている「己の命に引導を渡す」為に用意された銃だ。

「こいつは使い時を間違えるな、俺達英雄に綿々と受け継がれている言葉だ。こいつの使い時は、己の終わりを見た時、己を終わらせたい時、決して敵に撃つな、その弾丸だけは敵に撃ってはならない、その弾丸だけは己の終わりに撃たなければならない。まあ、そうせずとも、己の小銃で己の頭を撃ち抜いて死ぬ、なんて事をする協定違反の英雄が、幾ばくか前に久しぶりに表れた、なんて話もあったな。」

「小銃で、自分の頭を?」

「おうさ。ランダ・ジグナ、中隊長として活動をしていた英雄、そいつは英雄を殺した末に、協定違反である自分の小銃を使った自殺、をしたなんて話だ。まあ、俺達狙撃手はそれをしようにも銃口を口に咥えて、引き金を引くなんて芸当が出来ないからな、それも加味して、そのハンドガンの使いどころを間違えるな、そういう話だ。」

 協定違反をした英雄、その名をオルフェは知っていた。

 父アーヴィンを殺した英雄の名、かつて父アーヴィンが殺めたと言っていた英雄の息子である「モートン・ジグナ」の息子であり、父アーヴィンの仇である英雄の名だ。

「そうか、俺の復讐するべき相手ってのは……。」

「ん?」

「いや、なんでもない。教えてもらった事に関しては有効に活用させてもらおう、お前さんも持ち場に戻らなければ、隊長殿に怪しまれるのではないかね?」

「その口調、父親にそっくりだな。お前の口調ってのは、もう少し甘ったれたもんだ、なんてジグモンドのやつは言ってたんだがな。」

 親父殿の真似をしている、とはオルフェは言えなかった、自分が甘い口調をしている事には気づいていた、それこそ戦場においては通用しない程度には「甘ったれた人間性」である事は自覚していた、ただ、ここまで人を撃つのが怖い、とは思わなかった、人型をした的を撃てるのだから、人間を撃つ事も出来るはずだ、そう信じて疑わなかった、というよりは「そうでなければ戦場では生き残れない」と理解していたはずだった、それなのに、震えは止まってくれない、それを自覚しながら、オルフェは持ち場に戻った。


「やれやれ。ジグモンド、勝ち逃げとはお前らしくもないだろうに。」

 皺の刻まれた額、に皺を寄せながら、レティアは持ち場に戻って、中距離狙撃を行っていた。

 死ぬの自分かアーヴィンか、どちらかしか生き残れないのであれば、どちらかが英雄としての所作を後続に告げていくべきだ、そう語っていたアーヴィンが、自分より先に逝ってしまった、というのが今でも信じられない、というのがレティアの感想だった、自分より超長距離狙撃に長けていたアーヴィン、が狙撃勝負で負けるとは思ってなかった、つまりは何某かのイレギュラーが発生して、アーヴィンは命を落としたと考えるのが妥当だろう、とレティアは思案する。

 ただ、それでもそれはどうしようもない事、英雄となった以上は、戦場で死んでいくか,それとも老衰して使い物にならないと判断されて、引退していくかのどちらか、選ぶ事すら許されていない、生きるか死ぬか、が英雄の定めだ。

「ジグモンドよ、俺はな。」

 英雄としては殆ど同期だったアーヴィン、そして、何度か仲間として戦ったアーヴィン、最期には敵になってどちらかが殺されると思っていたアーヴィン、そのアーヴィンが死んで、そしてオルフェが跡を継いだ、ならば約束を守らなければ、オルフェに戦場の何たるかを教え込んで、叩き込まなければ、レティアはそう考えながら、敵を撃っていた。

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