第二十八話 迷いの消えた瞳
「……。」
オルフェは躊躇っていた、しかし躊躇っている時間も、迷っている時間も残されていなかった、インカムにおける通信機から、オルフェには超長距離狙撃をしてゲリラを撃て、という指令が下っていた、現にゲリラはレティアは撃てないがオルフェは撃てる距離、に迫ってきていた、その距離約三キロ、通常の部隊の隊員であれば、もう少し引き付けてから撃て、という命令になってくるのだろうが、オルフェに関しては「三キロ狙撃が当たり前だ」という風に軍部全体に認識が書き換えられている、であるからして、撃つか自害するか、どちらかしか選択肢は残されていなかった。
「……。」
済まない、済まない、どうか、安らかに。
どうか、誰かを恨むのではなく、安らぎの中で昇天出来ます様に、敵であっても何であっても、人間を殺す以上は、その罪を背負わなければならない、ある意味での菜食主義者の様に「動物を殺めて喰らう事」に罪を感じているタイプではなかったオルフェは、その罪悪感を、祈りに変えて。
「……。」
撃った。
手ごたえはあった、敵の脳天か心臓を狙え、一撃で仕留めろ、父アーヴィンに教わっていた事であり、オルフェが十年間鍛錬を続けてきた事だ、五キロ狙撃という理論値ではなく、三キロ狙撃という平均値を撃っているのだから、それは当たって当然だった、のだろう。
「……。」
撃った、一撃を、放った。
その事実が、オルフェの中の何かを欠落させる、きっかけになった。
「……。」
ゲリラ部隊を次から次へと撃っていく、一撃必殺、一撃で仕留める事が「敵に対する慈悲だ」と言われていたオルフェは、一撃で敵を倒していく、敵軍の進軍を抑える為に、敵軍の部隊を制圧する為に、狙撃をしていく。
それはまるで、プログラミングをされた機械の様に、最初からその為だけに生み出された兵器の様に、敵を射殺していく。
先程まであったはずの罪悪感、先程まで祈っていたはずの感情、先程まであったはずの躊躇い、それらが消えていく、オルフェは自分が「兵器になった」という認識をした、自分は一つの戦争の装置、敵軍を壊滅させて、最終的には味方の軍を勝たせる為の一つの装置、設置されてるタレットの様な、狙撃をする「機械」として、自分を俯瞰しているオルフェがいた。
「ふむ、親父様が言っていたのはこの事か。」
小隊規模のゲリラ部隊を殲滅して、インカムでそれを中隊長に報告する、その目つきは「オルフェ」という青年ではなく、「ジグモンド家の後継者」であり「紫髭の狼」としての目つきだった、これはランド達友人には見せられない、アーヴィンが普段酒浸りで、酔っぱらっている理由をオルフェは理解した、「そうでなければ」恐怖の対象としてしか見られなくなってしまう、アーヴィンにとってオルフェが大切な子供だった、そしてルミナが大切な妻だった、だからこそ見せたくない視線や眼差しというのがあったのだろう、と。
「やるじゃないか、狼。」
「ふむ、お褒めに与り光栄だ、隊長殿。」
インカムで小隊規模の全滅を確認した中隊長から無線が入る、次の攻撃までは時間がある、今のうちに弾をリロードしておけ、そう言った言葉が飛び交っていて、オルフェ以外にも通信を繋いでいる者がいる、オルフェはそれを理解した、その中で自分に対する言葉だったり、自分に対する指示だけを聞き分けて、判断する能力も必要になってくるだろうな、と考えながら、銃弾を腰に下げている装弾ケースから弾丸を取り出して、リロードをしている「ふり」をする。
基本的にオルフェ達英雄は「魔力」を以て弾丸を生成できるのだが、その世界その世界によって理が違ければ常識も違う、魔法を主だった攻撃手段として用いている世界と、こういった実弾や兵器と言った「科学」を主だった攻撃手段としてる世界、では理が違う、だからオルフェ達英雄は「その世界に属した方法」で戦う事を求められる、これが魔法が発達した世界だったら、オルフェの持っているマクミランはその姿を変えて、「魔法を放つに相応しい武器」となる、変形技術というよりは「擬態魔法」の類であるそれは、オルフェ達にその世界がどういった世界なのかを告げるのと同時に、その世界に則した攻撃手段を用意できる様になっている、それがアーヴィンからの教えだった。
「ジグモンドの息子、やれば出来るじゃねぇか。認めるぜ、お前は俺より狙撃技術に長けてる。」
「ふむ、しかしレティアよ、お前さんの方が歴戦の英雄だろう?まだまだ俺は未熟者、教鞭を願いたいがね。」
「カカカ、お前のそういう所、父親にそっくりだな。」
「Oh!それは誉め言葉として受け取っておこうか。」
レティアが静かに近寄ってくる、その気配にもオルフェは気づいていた、血の匂いがする同士、鋭い視線と独特な殺気を持っている英雄、それがオルフェ達が英雄を見分ける為の判断基準になる、それを父アーヴィンから「聞いては」いたものの、理解出来ずにいた、その視線と殺気の意味、をオルフェは理解した。
英雄には英雄なりの殺気があり、気配があり、眼差しの意味がある、明日には敵になっているかもしれない、次の戦場では味方か敵かもわからない、そんな同業者である英雄、の事をつぶさに観察して、そして隙を見つける、隙に付け入る為にも、観察というのは大切なのだろう、その「値踏み」の視線、それが英雄独特の視線の正体だ、オルフェはそう考えた。
「お前は覚えているのか、そもそも教わっていなかったのか、それは知らんがな。英雄が英雄に鞭撻を乞う事、が自殺的な行為だとは気づいているか?まだ俺がジグモンドと縁があった、将来的に殺し合う関係値になろうと、その後続であるガンナーの英雄には、教えを与える、それがあいつとの協定だった、まあ、最初から敵同士だったら、それはどうしようもなかった事だがな。」
「ふむ、親父様との約定か。それは有難い話だ、俺はまだまだ未熟、それは変えられない事実であり、そして現実でもある。それに関して教授願うというのは、仲間としては当然の感情だろう?まあ、次に会った時に敵になっているかもしれん相手に、それを乞うのが自殺行為だ、というのは概ね納得だがね。お前さんからはその気配がしない、お前さんは、俺を騙そうとも、騙し打ちで殺そうともしていない、お前さんが望むのは、ガンナーとして、狙撃手として、その撃ち合い、と感じているがね。」
「カカカ、それを見抜くだけの洞察眼がありながら、つい数刻前までは戦場が怖かった、そう言うのか?お前は。」
「そうさな、俺は戦場を恐れていた、当然のように親父様から受け継ぐ事柄だ、と理解していながら、その実態を知らずにいた、それが俺だろう。」
オルフェの瞳の変化、にレティアは気づいていた、その瞳が殺戮兵器として「英雄としての瞳」になっていた事に気づいていた、オルフェの瞳、それが迷いや恐怖の中に煎る瞳ではなく、正しく「人を殺す英雄」としての瞳になっている、この様子であれば、気に掛けずともこの戦場を生き残る事は出来るだろう、と。




