第二十五話 ドックタグ
「オルフェ、お前さんは誰かを恨んでくれるなよ?誰かを恨むという事は、復讐心が生まれるという事だ、その復讐心は、心を濁らせるからな。」
「父さん、おかえ……。」
オルフェが十八歳を超え、ハイスクールを卒業していよいよ鍛錬に集中する、と考えていた頃。
アーヴィンの声を聴いた、それはアーヴィンの気配をわかる様になっていたオルフェからしたら不可思議な事だった、この射撃場にアーヴィンはいない、携帯を繋いで電話をしている訳でもない、なのに、どうしてアーヴィンの声が聞こえたのか。
……
「だ、誰……?」
今度は別の声が聞こえた、その声はこういった、英雄の死を以て、次の英雄を、と。
「英雄の、死を以て……?」
アーヴィンの言葉を思い出す、オルフェはアーヴィンがどうなってしまったのか、アーヴィンの声が聞こえた理由、それらを理解した、アーヴィンの最期の言葉、アーヴィンが、自分の死に際に願った言葉、それを神が届けたのだろう、と。
「母さん……。」
「オルフェ……。」
射撃場を出て、母ルミナがいるリビングに向かう、オルフェは、ルミナが涙を流し、鼻をすすっている音が聞こえていた、その意味を、オルフェは知っていた。
「お父さんは……、逝ったわ……。こんなにも、呆気ないだなんて……。」
ルミナが握りしめているもの、アーヴィンが首から下げていた、ドックタグ。
アーヴィンの死を告げる、戦死した事を告げる無慈悲な返礼品、アーヴィンの死を以て、オルフェが受け継がなければならない、その宿命。
ルミナはドックタグを握りしめながら泣いていた、そして、その握りしめられているドックタグは、将来において自分の名が刻まれているのかもしれない、戦場に出て戦う、戦争に参加する、英雄として人を殺める、という事は、つまりそういう事なのだと、オルフェは改めて実感する、改めて痛感する、アーヴィンという偉大な父を失って、アーヴィンという優しい、酒と煙草に焼けた声をした、自分にとっては憧れだった、自分にとっては将来の夢だった、その命の終わり、その何とあっけない事か。
「……。」
ルミナが少し落ち着いて、オルフェはアーヴィンのドックタグと、銃を地下の保管庫に保管する為に降りてきていた、M82、アーヴィンの愛銃は、丁度数えて百台目の銃座に陳列されていて、まるで主を見失った動物の様に、主を失った事を悲しんでいるかの様に、普段からアーヴィンに綺麗に手入れをされていて、鈍く光っていた銃身が色あせていた、それは主を失った証拠、魔力を供給してくる相手がいなくなり、銃としての体裁こそ保っているものの、銃としての機能や、神から与えられた権能を使えなくなった、その証左だろう。
「父さん……。父さんは、戦場で死んでいくのが当たり前だ、そう言ってたよね……。俺は、そう思えるのかな……?父さんみたいに、戦場で死ぬとしても、納得出来る様な立派な英雄になれるかな……?」
静かに涙を流す、オルフェはドックタグをアーヴィンの愛銃の前に置き、百代において続いてきたジグモンド家の、百一代目の当主となった、これから先、神はオルフェを使役するのだろう、アーヴィンを殺した英雄が誰で、どんな末路を迎えたとしても、アーヴィンが殺してきた相手が、どんな英雄だったとしても、その怨嗟も、報復も、復讐心も、全てを飲み込んで、これからは生きていかなければならないのだろう。
オルフェは台座に祈る、せめて安らかに、英雄として数多の世界を生き、そして英雄というの名のガワだけを遺し、アーヴィン・ジグモンドという名を遺さなかった父に、どうか安らぎのあらん事を、オルフェはそう祈って、地下室を出た。
「オルフェ、元気してたか?」
「あ、ランド。おう、元気だったよ。」
「にしちゃ、顔が暗いぞ?」
「……。そうかな。」
アーヴィンの死の翌日、オルフェの元にランドが遊びに来ていた、ランドからしたら、アーヴィンは普段通り戦場に出向いているのだろう、そう考えていたが、どうにもこうにも「オルフェの翳り」が気になる、そんな感情をランドは持っていた。
「……。父さんが、逝ったんだ。だから、俺は父さんの跡を継がないといけない、戦争に出向いて、人を撃たなきゃならない、その覚悟なんていつの間にかしてたつもりだったけど……。でも、父さんが死んだって言うのが、信じられなくてさ。」
「……。そか、辛かったな。オルフェの父ちゃん、良い人だったもんな。」
「うん。」
普段なら「おう」と返してくるオルフェが「うん」と言った、それはかつてのオルフェの口調だった、思春期になった頃から、アーヴィンとルミナ以外の前では言わなくなっていた口調、オルフェが、思春期を迎えるに当たって「恥かしいから口調を治す」と言って、使わなくなった言葉、それを使ってしまう程度には、オルフェは疲弊している、と言えるだろう。
これから先戦場に行って、父アーヴィンの跡を継いで、狙撃手として活動をしていかなければならない、人を殺す事が仕事になる、それを咎めてオルフェの元を去っていった学友もいた、学校を卒業して、疎遠になってしまった学友の中では、オルフェを人殺しの卵だと揶揄している人間もいた、それはわかっていた、それは当たり前の事で、オルフェは人を殺す為に技術を磨いてきた、アーヴィンに褒められていた、五キロ狙撃の精度を上げて、幾分か急所に当たる程度の狙撃技術を持ったところだった、それを見せて、アーヴィンを驚かせよう、父として、自分の事を誇りに思ってもらえる様に、そう考えて鍛錬を積んできた、そのアーヴィンがいなくなってしまった、死んでしまった、その喪失感が、拭えない、と。
「オルフェの父ちゃんに。」
「……。父さんに。」
ムスタでは十八歳から飲酒が解禁される、だからオルフェとランドは現在ハイボールという、ウィスキーを炭酸水や炭酸飲料で割ったカクテルを飲んでいた、オルフェはバーボンとコークを、ランドは炭酸水を多めにしたハイボールを、それぞれに飲んでいた、ランドはグラスを上にもっていって、アーヴィンの死を悼む、大人達が誰かが亡くなった時にしている所作、酒を持っているグラスを高く掲げ、そして死を悼んで冥福を祈る、天に昇れます様に、神の御元に迎えます様に、神のおわす所に昇天できます様に、それがランド達なりの弔い方だった、オルフェは、ランドがアーヴィンの死を悼んでくれている、軍人だから死んでも当たり前だとか、人を殺したのだから地獄に落ちて当たり前だとか、そんな心無い言葉を投げかけずに、ただアーヴィンの昇天を祈った、その為にグラスを掲げた、それがオルフェにとってどんな意味があるだとか、慰めになるのか、それとも傷口に痛みを与える行為になるのか、それはランドにはわからなかったが、友柄の父が亡くなった、それだけでも、ランドが昇天を祈るには相応しい相手だった、ランドにとっては、時折顔を合わせる厳ついお父さんだった、ただそれだけのはずだった、しかし、ランドは点にグラスを掲げた。
「ありがとう、ランド。父さんに。」
オルフェもグラスを掲げ、アーヴィンへと昇天の祈りを捧げる。
カンとグラスがぶつかる音がして、オルフェとランドは酒に慣れていないなりに、酒を飲んでアーヴィンの昇天を信じた。




