第二十四話 アーヴィンの終わり
「ふむ……。俺の、命運も……。ここで、尽きた、という訳かね……。」
「お前は……!父さんの仇……!でも……!同じ英雄だ……!父さんと……!僕と……!同じ人殺しの英雄だ……!」
「……。それは、間違いではない。お前さんは……。親父さんに、よく似ているな……。その、瞳の色……。、形、声、顔……。お前さんを、見ていると……。親父さんと、肩を並べて……、戦った事を、思い出してしまうな……。まったく、俺も……。焼きが、回ったな……。」
アーヴィン・ジグモンドの命運は、尽きようとしていた。
モートン・シグナという英雄の息子、ランダ・ジグナという、アーヴィンが狙撃手である「ガンナー」なのであれば、ランダは「小銃」を扱うガンナーの英雄だった、アーヴィンが当然の様に狙撃をして、中隊規模の敵を壊滅させているすきを狙って、ある意味では中隊長としてはやってはいけない事、「中隊を囮として」自分は最大限まで気配を殺して、アーヴィンにすら気づかれない様にと近づいて、アーヴィンの腹部に一撃の弾丸を撃ち込んだ、アーヴィンはランダが英雄だとはすぐに気づいた、かつては共に戦い、そしていつの日か敵として殺した、モートンの息子である事も、その顔を見てすぐに気づいた。
ただ、モートンは中隊を囮にするタイプではなかった、ランダは「中隊の存続」より「英雄としてアーヴィンを殺す」事を選んだ、という事になるのだろう。
「やれ……、やれ……。最後に、一服でも、したいんだがね……。それ位の、情けは、くれないかね……?」
「……。父さんは言ってた、英雄は、英雄は、生きていくか死んでいくか、殺すか殺されるか、どちらかしかないんだって……。だから、お前も……。お前も、父さんの様に、死ぬ事を、覚悟してたのか……?」
「愚門、だな……。俺達、英雄ってのは、つまるところ、最期まで、人殺しだ……。殺して、殺されて、恨んで、恨まれて、そうして、俺達は、生き続けてきた……。俺達は……。俺は、お前さんの親父さんが、憎かった……。俺の、父親を、殺めたのは、お前さんの、二代前の、小銃の、ガンナーだったからだ……。その、モートンを、俺が殺して、その息子の、お前さんに、俺が殺されて……。やれ、やれ……。神サマってのは、本当に、イジらしいな……。そうは、思わんかね……?モートンの、面影を、持つ若者よ……。」
腹部に銃弾を受けて、このまま順当にいけば失血死、それが許されないのであれば即死、アーヴィンに遺されたのはどう足搔いても「死という結末」だった、これが相手が軍人やその世界に属する者だったら、アーヴィンはどれだけ死にかけようと、どれだけ苦痛の中に身もだえようと、死ぬことを許されない、それは神が許諾をしない、だから、英雄であるランダに撃たれて良かった、とアーヴィンは心の底から思いながら、血を吐きながら煙草に火を点ける。
緩慢な動作で、これから先死んでいく者として、未来に生きる者達の事を夢に見る、オルフェは、ルミナは、ならばレオナルドは、オルフェの友柄は、そして、未来に英雄となるであろう、その者達への死ぬ者としての餞は。
目の前で英雄が泣いている、泣きながらアーヴィンに銃口を突き付けて、父の仇のはずなのに、英雄として人を殺す事を躊躇っている、中隊を壊滅させてまで自分の我欲を優先した事を後悔している、そんな碧眼が、涙に濡れている碧眼が、迷いと惑いの中にいる碧眼が、憎しみと悲しみと、憎悪と憐憫の視線が、アーヴィンが死にゆく様を見つめている。
「ふー……。後悔は、ない……。未来も、過去も……。全ては、満足のいく、人生だった……。ならば……。最期に、神サマにでも、頼むとするかね……。」
「何……を……?」
「haha,ha……。俺の、息子は……。俺と、同じ、狙撃手のガンナー、として選抜、された……未来の、英雄だ……。俺が、死んだら、あの子が、俺の跡継ぎとして、戦場に出てくる、んだろう……。……。その時に、お前さんを、恨まない様に、お前さんを、恨んで、未来に、禍根を遺さない様に……。神サマに、祈りでも捧げる、としようか……。」
煙草を咥えていた口から、煙草がぽたりと落ちる、それは、アーヴィン・ジグモンドという「ガンナーの英雄」「ジグモンド家百代目の当主」「ファルカシュ・ジグモンドの父」「ルミナ・ジグモンドの夫」「アーノルド・ジグモンドの息子」「レオナルド・ジグモンドの弟」が死んだ証だった。
アーヴィンは消えゆく意識の中で、走馬灯を眺めながら、この人生は満足だった、この人生は、英雄として生きた自分の未来がここで終わるのだとしても、恨みの果てに禍根の果てに終わるのだとしても、人殺しの傭兵として裁かれた結果なのだとしても、満足のいく人生だった、と。
「……。父さん……。やったよ……、僕……、仇を……。それなのに……、どうして、こいつは……。」
ランダは、最期の最期に恨み言を言わなかったアーヴィンに、敬意を表していた。
ランダは、最期に自分が死なない様にと、英雄としてオルフェが恨みを持って、自分の様に中隊を犠牲にして、個人的憎悪を優先しない様にと、そう願ったのだろう、それを理解して、敬意を表して敬礼をした。
ドックタグが光る、アーヴィンの体が光る、英雄は、その命の終わりを以て、肉体を失う、英雄という存在を隠匿する為に、英雄という存在が他世界からやってきて、そして自分達の命運に干渉している、という事をその世界の人間に知られない様に、勝っても負けても、生きても死んでも、結果として「凄腕の兵がいた」という情報以外は何も残らない、アーヴィンが死んだ事、も独りの兵を失った事、にすらカウントされない、英雄とはそういうものだ、英雄として生きるという事は、そういう事なのだ。
雨が降る、まるで、ランダの涙を誤魔化す様に、ランダの涙に呼応して流れたかのように、雨が降る。
ランダは、同じ英雄として、同じ父を失った者として、英雄に父を殺され、そして英雄として父を殺した者として、これからを生きていかなければならない、アーヴィンに向けた殺意、それは転じて、オルフェという未来の英雄からの殺意に他ならない。
「もう……、嫌だよ……、父さん……!」
殺して殺されて、恨んで恨まれて、それが嫌で仕方がなかった、ランダは、優しい子供だった、モートンが心配をする程度、この子は英雄としてやっていけるのか、と今際の際に心残りをアーヴィンに話していた程度には、優しい子供だった。
心が砕ける、心が壊れる音がする、ランダは、銃を自分に向ける、小銃の銃口を口に咥えて、引き金に指を掛けて。
どうか、どうか、どうか。
この怨嗟の渦が終わります様に、この怨嗟の輪廻が、銅か止まってくれます様に。
そう願って、そう祈って、目をつむり、引き金を引いた。




