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第二十二話 五キロ狙撃

「……。当たった、かな……?」

 オルフェが十六歳になった春、アーヴィンに言われていた課題であった五キロ狙撃、を偶然ながら成し遂げてしまったオルフェは、驚いていた。

 五キロ先、となると肉眼では確認出来ない、肉眼ではスコープを使っても確認できない、一ミリの照準のズレが当たるか当たらないかを左右する、それを分かっていたオルフェは「当たった」事に驚いていた、スコアボードという、何処に弾丸が当たったかを確認する液晶パネルを確認すると、確かに当たっていた、それは胴体に当たっていて、心臓や脳からは外れた場所に、ではあったものの、肉眼では目視出来ない「直感」だけが頼りな五キロ狙撃を成し遂げた、それにたいそう驚いていた。

「あ、そろそろ時間だ。」

 驚いていて、衝撃に包まれて固まっていたオルフェだったが、そろそろまた学校が変わってハイスクールになった学校に行く時間だ、という事を確認して、射撃場を出て学校に向かう、ジュニアハイスクールを卒業するにあたって、オルフェも中型バイクの免許を取得して、アーヴィンから受け継いでいたヴィンテージのバイクを乗り回していた、それにエンジンをかけて、ハイスクールに向かう。


「ふむ、成し遂げるのは早かったな。」

 オルフェが射撃場を出てから数分後、オルフェの集中力を乱さない為に、と言って射撃場を離れていたアーヴィンが、スコアボードの記録を見てオルフェの成長を眺めていた。

 オルフェは四キロの狙撃であれば命中率は七割、心臓や脳に当たる確率は大体四割、その精度はまだアーヴィンとは並んでいない、アーヴィンのスコアは四キロ狙撃で命中率が九割、急所命中率も同等だ、それに比べれば、おるふぇはまだまだ鍛錬の途中と言えるだろう。 

 ただ、アーヴィンが二十代半ば、もう英雄として活動を始めて、たまたま偶然狙撃を成功した五キロ狙撃、を十六歳という年齢で成し遂げた事、たまたまとはいえ、胴体に当たった、急所を外しているとはいえ、実戦経験が豊富で、英雄として活動し始めてから何十年と経つアーヴィンの最大距離と同等、の狙撃を十代であるオルフェが成し遂げた事、については、アーヴィンは安堵していた、まだまだ殺意や視線には疎いオルフェではある、まだ実戦投入できるだけの感覚を持っていなかったとしても、狙撃の技術としては自分に肩を並べつつある、という事に、アーヴィンは安心と寂しさを覚えていた。

 オルフェが順調に育っている、自分達の元から巣立とうとしている、それは正しい事だ、正しい事柄だ、正しい成長だ、それはわかっている、ただ、アーヴィンが英雄をしている理由の一つである「家族を守る為」という理由から、オルフェが外れようとしている、オルフェが英雄として指定された以上は避けられない事ではあったのだが、オルフェにとって,アーヴィンにとって、ルミナにとって、決別の日は近い、そう感じてしまう。

「オルフェ、お前さんは……。」

 自由に生きろ、とは言えなかった。 

 オルフェに、自分達英雄稼業と違う道を歩いても良い、父である自分と同じ道を、末路をたどる必要はない、そう言いたかった、しかし言えなかった。

 ジグモンド家に生まれてしまった、そして超記憶症候群を受け継いでしまった、その時点でオルフェの未来は決まっていたようなものだった、万が一にも神がオルフェを必要としなかったら、そう考えたこともあったが、この世界体系において戦争はなくならない、戦場は何時だって英雄を必要としている、神の代理人として、神々の代行者として、アーヴィンは自分が戦う事にも、同じ神の使いである英雄と、仲間として戦ったり、敵対者として打ち倒し足り、それをする事についてはとっくのとうに納得していた、その感情を持っていたら、自分が死ぬだけだ、と捨て去ってきた感情があった。

 それをオルフェにも体験させる事になる、アーヴィンの悲しみを知る者はいない、ルミナにさえ言わない言葉、英雄として活動して、その子供であるオルフェに継がせなければならない事を承知したうえで結婚して、そして子供を成したルミナにはとてもではないが言えなかった事、それがアーヴィンの中の悲しみだった、ジグモンド家に生まれた者として、それは変えられない未来であり、変えられない宿業であり、避けられない末路である、それはわかっていた、それを神に定められてしまった以上は、それに従うしかない、それがジグモンド家の歴史だ。

 父アーノルドがどう考えていたか、兄レオナルドが何を思って去っていったか、それはアーヴィンにはわからない事だった、ただ、父としてのアーヴィンは、オルフェの成長を喜ぶとともに、オルフェという息子を戦場に送る事、を心のどこかで拒絶していた。

「……。オルフェ、お前さんはな。」

 自由に生きろ、自由に、何にも縛られずに、そう言えたらどんなに良かったか、子供を持つという事、その子供に将来自分の役割を継がせる事、それがどれだけ苦しい事か、父アーノルドは何を思って、九十九代目のジグモンド家当主としての終わりを見たのか、ならばアーノルドは自分にそれを継ぐことを望んだのか。

 アーノルドも、アーヴィンと同じだった、というよりは、ジグモンド家の代々の当主は「自分の子供に英雄譚を聴かせる」という事が当たり前で、それを受け継がせる為にも、覚悟をさせる為にも、生き残らせる為にも、それを語って聞かせるのが定石だ、と言っていた、アーノルドはレオナルドには英雄譚を聞かせてはいなかった、アーヴィンには聞かせてレオナルドには聞かせなかった理由、については「超記憶症候群を受け継いだ、次代の狙撃手」であるかどうか、を判断基準にしていたのだろう、その結果として、レオナルドとアーヴィンは決定的な決別をした、アーヴィンにとっては兄というのは嬉しい存在ではあったが、兄からしたら「父が自分には語ってくれない事を弟に語っている」というのが全てだった、それが軋轢となって、レオナルドとアーヴィンは決別の道を選んだ、今レオナルドが何をしていて、という事すらアーヴィンは知らない、向こうとしても、アーヴィンが生きているかどうかすらわかっていないだろう、英雄稼業を継ぐという事は知らされず、アーヴィンが軍に入る事が決定している、とレオナルドは聞いていた為に、アーヴィンが生きているのか、ならば軍にいて、ならばどの立ち位置にいて、という事を聞いてきた事もなかった、アーヴィンがM82を神から賜った十二歳の頃、レオナルドは母モーナを連れて出て行ってしまった、絆は残っていると信じていたアーヴィンの想い虚しく、レオナルドは消えてしまった、そこから先の事は何も知らない、というよりは「気にしている余裕がなかった」が正解だろう、アーヴィンが英雄の卵として鍛錬を始めてから、父アーノルドは厳しくなった、厳しすぎる程度には厳しい教育を受けてきた、だから、兄の事を気にする余裕が、アーヴィンには残されていなかった。

「……。」

 神からの交信、それが行われる、アーヴィンは戦場に向かう準備をする、それが当たり前で、それが必然で、それが当然で、神はそうして英雄を扱ってきた、神と英雄は相互関係でも相補関係でもない、神から一方的に命じられ、そしてそれに従わなければ罰が下っていく、そうして神は英雄を絶対的に支配してきた、それに従うのが当たり前なのだが、アーヴィンは疑問を持たない訳ではなかった、従いはするが懐疑心も持つ、それがアーヴィンにとっての神という存在だった。

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