第十六話 通い続けるか
「うーん……。」
「オルフェよ、悩み事か?」
「あ、お父さん。あのね、スクールに通い続けるか、それとも英雄としての修行に集中するか、で悩んでて……。」
「ふむ、そうさな……。スクールの友人達からしたら、オルフェが急に銃を持ち出して、そして軍人への道を辿ろうとしている、そう見えるだろう。ただ、子供には子供でいる権利がある、英雄として選抜されたとしても、何だったとしても、子供は子供として過ごすべきだ、とも俺は思うがね。」
「でも、英雄にいつなるかはわからないんでしょう?お父さんが引退したら、僕が受け継いでいかなきゃいけないんだし……。なら、スクールには通わないで、修行に集中した方が良いのかな?って。」
銃を受け取った翌日、オルフェは休日のさなかに悩んでいた、自分は英雄の卵、これから先人を殺めながら「英雄としてのガワ」をかぶって生きていく存在、ならば、学友がいたとしても、友がいたとしても、英雄としての鍛錬を優先した方がいいのではないか、と。
アーヴィンとしては、まだまだ子供であってほしい部分がある、子供らしく在って良い部分がある、と考えていたのだが、オルフェとしてはそのあたりは違う認識の様子だ。
銃を持って、アーヴィンの様に庭先で弄る様な事はしなかったが、自室に銃を置いて、アーヴィンが庭先で銃をいじっている所を眺める、といういつもの事をしながら、その内自分もこうして庭先で銃の手入れをするのかもしれない、とは考えていた、アーヴィンの跡を継ぐという事は、そういう事なのだろう、と。
「オルフェ、お前さんはまだ子供だ、子供を戦場に送るほどには、俺達を使役してる神サマってのも、非道な連中じゃない。だからな、オルフェ。お前さんはまだまだ子供でいて良いんだぞ?遊びたくば遊ぶ、学びたくば学ぶ、それで良いじゃないか。俺との修行で銃の扱いを覚えるのがすべて、じゃないと俺は思うがね。」
「でも……。」
「まあ、どういった選択をするのか、その選択権はお前さんに委ねられてるんだ、どういった結論を出そうと、俺はそれに従うさ。」
「うーん……。」
オルフェはそれを考えながら自室に戻って、マクミランを眺める、黒い銃身をした対物狙撃銃、これを両手でもって撃て、と言われたら、まだまだ筋力的には足りていない、オルフェが身長が伸びるのが早く、そして筋肉質な肉体をしている、と言っても、まだまだマクミランを持って撃てるほどには発達していない、それを実際に両手で持ってから感じた、持つこと自体は出来る、持って歩く程度なら出来る、ただ、それを構えて、百発百中の狙撃をしろ、と言われてしまったら、そもそもが撃った時点で方が外れてしまうだろう、それが実際に持ってみて感じた感想だった。
「うーん……。」
これを両手撃ちする為には、握力がどれ位必要で、腕力がどれ位必要で、脚力がどれ位必要で、そんな事を構えようとしながら考えるが、現在におけるオルフェの腕力では、持つ事が精一杯で、構える事すら出来ない、という事は、まずは構える事が出来るだけの腕力を持つ必要が出てくるだろう、そうなって来ると、授業としては退屈なスクールに通うよりも、筋力トレーニングに力を入れた方が良いのではないだろうか、アーヴィンが現在四十代なのを考えるに、あまり時間は残されていないのではないか、あまり悠長に物事考えて、のんびりと鍛錬をしている暇はないのではないだろうか、オルフェはそんな事を考える。
スクールに行く意味が無い訳ではない、スクールには学友がいて、ランド達学友と遊ぶのが楽しくて、学ぶこともまだまだ残っていて、一度学んだ事を絶対に忘れないというだけで、まだ沢山の学びはある、しかし、それをしていていい程、世界が待ってくれる保証はどこにもない、もしかしたら、アーヴィンが戦死してしまって、自分が未成年のうちから戦場に行く事になるかもしれない、そうなってしまったら、碌に銃を扱えないとなってしまった場合、戦死するまでに時間はかからないだろう、それはわかっていた。
だからこそ、スクールに通う事をやめて、自宅学習を主だった学習方法として、それ以外の時間を鍛錬に充てようか、という考えに至ったのだ。
「でも……。」
せっかく出来た学友達、オルフェ的に言えば友達が出来たのに、それを捨てて全てを捧げなければならないほど、英雄としての責務は重たいのだろうか。
アーヴィンの友人関係を知らないオルフェからしたら、父は普段から酒を煽りながら銃の手入れをしている、友達という友達はいなくなって久しい、と言っていた事もあった、ネグルにいた時代は友がいたのだが、こちらに引っ越すにあたって「都落ち」という、都会から田舎に行ってしまう事を揶揄されて、友達を辞めてしまったのだ、と。
そういう意味では、オルフェには捨てられない友人関係があった、ランドを始めとした学友達、未就学児の集まる場所では出来なかった、作るつもりもなかった友達、出来てしまったら、思った以上に楽しくて、大切で、それこそアーヴィンが言っていた「アキレス腱」になりかねない程に、大切な友人達、その友人達と会えなくなる、もしかするに遊びに来てくれれば会えるのかもしれない、スマホを持っているオルフェからしたら、チャットで連絡は出来るのかもしれない、アーヴィンがネグルを出た頃はまだチャット機能が発達していなくて、連絡を取れる人間が兄のレオナルド程度になってしまった、ガラパゴス携帯を持ち歩いている古風な父であるアーヴィンは、そのガラパゴス携帯は、普段使いはしていないのだと言っていた、神と連絡を取る際に使っている、その携帯は神との連絡専用だ、と言っていたアーヴィンが、友達と連絡を取る事が無くなった、それはとても悲しい事だ、そう母ルミナは言っていたのを、オルフェは覚えていた。
ならば、スクールに通いながら、暫くは筋力トレーニングをするのが良いだろうか、父アーヴィンが何処まで生き延びて、何処まで英雄として活動するか、によって自分の未来は変わってくる、オルフェはそんな予感と共に、銃を眺めていた。
「ふむ、オルフェはどういう選択をするか。」
陽光の差す庭先、そろそろ次の戦場に送られてもおかしくはないだろう、とアーヴィンは予感していた、その中で、オルフェがどういった選択をして、どういった未来を選択するのか、それを父として見守れない事、それだけが悲しい、と。
ただ、それもすべては仕方のない事、ジグモンド家に生まれて、超記憶症候群を受け継いで、ジグモンド家次期当主となる未来を背負っている以上は、オルフェがどういった選択をしようと、どういった未来を望もうと、待っているのは英雄という名の傭兵稼業だ、その未来だけは変えられない、アーヴィンにはそれを変える手段も、理由も、意義もなかった。
全ては仕方のない事、オルフェには申し訳ないと思わなくもないが、ジグモンド家に生まれた時点で、英雄として生きていくか、それとも軍人の親族として鼻つまみ者として扱われるか、そのどちらかしかなかったのだ。
オルフェには選択肢がある様で、選択肢はない、神が次代の英雄として選んだ以上は、それ以外の道は許されていない、オルフェも底を悩んでいるわけではないだろう、差し当っての悩みはスクールに通い続けるか、それとも鍛錬に集中するか、そのどちらかを選ぼうとしている、そのどちらを選んだとしても、アーヴィンはそれを尊重するしかない、とバーボンを傾けて、煙草を吸いながらM82のメンテナンスをしていた。




