第十二話 死と言う概念
「お父さん、これって何て読むの?」
「む、これはまた懐かしいものを引っ張り出してきたな。これはモースル信号と言って、トンとツーと言う二つの音から単語を割り出す手法だ、通信機が一般化される前には、軍で使われていた手法だな。」
「そうなんだ!これはなんて書いてあるの?」
「逃げろ、単純な信号だが、良く使われていた、そんな信号だな。」
秋が来て、アーヴィンは今の所問題が起こっていない事、戦場に呼ばれていない休暇をのんびりと過ごしていて、オルフェが軍関係の書籍を読んでいる所を眺めながら庭先でバーボンをホットにして飲んでいたのだが、オルフェが本をもって庭にやってきた、と思ったら、今となっては廃れてしまった技術体形であるモールス信号の本を持っていた。
懐かしい、と言うのには少々触れてきた事柄だが、アーヴィンはいまだにそれを使っている世界を回った事もあった、から知っているのだが、この世界においては軍も最早使っていない信号、モールス信号と呼ばれる二つの信号を使って情報伝達をする手段、それをオルフェは興味深げに眺めていた。
「逃げろって、戦場から逃げて大丈夫なの?」
「ふむ、それに関しては熟考の余地があるな。逃げろ、という言葉にどんな意味が込められているか、それによって隊の人間を生かすか殺すか、そんな状態に陥る可能性もある、勝ち目のない戦い、絶望的に戦力差がある戦い、ならば、爆撃機から炸裂弾が落とされる寸前、そう言った諸々を考えるに、逃げろというのも一つの戦略だ、とも言えるな。オルフェよ、戦う事が全てではない、時には逃げたとしても生き残る事も、また戦略としては正しい事もある。それがゲリラ的に行われている戦法であれば尚更の事、一旦戦線を離脱する事、即ち逃げる事は、時にして正しい場合がある、そういう事だ。」
「でも、お父さんは英雄だから逃げないんでしょう?」
「hahaha!そう言われてしまったら、そうだとしか言い様がないな。俺達英雄は、最期の最期まで前線に立っていなければならない者達だ、最期の最期、と言うのは、どちらかが降伏するか、どちらかを殲滅するか、それとも死んで終わるか、そのどれかに類する終わりを向かえなければ、俺達英雄は退却する事すら許されていない。そうさな、一旦身をひそめる、という意味では正しいのかもしれんが、俺達英雄にとっては、逃げるとは自決擦る時に使う様な事柄だ、自決とは即ち、己で己の命を絶つ事だ。それ以外に、俺達英雄に退却や敗走は許されていない、とも言える。」
自決をした英雄も中にはいた、そんな事をアーヴィンは思い出す、自決をした英雄、そこで命運が終わったと理解してしまった英雄、人を殺めるという事に罪を感じてしまって、その罪に押しつぶされて散っていった英雄、大隊を壊滅させてしまったと言って、責任に覆いかぶせられて自決した英雄、それぞれに理由はある、英雄は英雄にしか殺せない、英雄はその世界に属する「人間」には殺す事が出来ない、そう言う「仕組み」なのだ、といつだったか神に教えられた事があった、軍法裁判に掛けられて死刑に処されようと、銃で撃たれようと剣で刺されようと、手榴弾を口の中に放り込まれて炸裂させられようと、何をされたとしても死ぬ事は許されていない、「英雄は英雄によって殺されるか、自決の道を選ぶか」しか、戦場で死ぬ事を許されていない、それがこの世界体系における「決まり事なのだ」とアーヴィンを使役している神は言っていた、そんな事をアーヴィンは思い出す。
「自分で自分を殺す……。って、怖くないのかな?」
「怖いだろうさ、怖くてたまらないだろうさ。自決用の銃やナイフを持って、引き金を己の手で引くか腹を切って死ぬか、そんな事をしなけりゃならんのだから、それはそれは恐ろしいだろうな。ジャポネの歴史においては、切腹なんて言う文化がかつてはあった、なんて話だったがね、サムライなんて連中が、己の罪に向き合った結果、自らの手で命を終わらせる、なんてナンセンスだ、と思わなくもないな。」
「じゃあ、お父さんは自決?をしないの?」
「Umm,それはわからんな。俺にも終わりはある、いつの日か、退役するのか戦場で散っていくのか、それはわからんが、終わりは必ずやってくる、それは人間である以上間違いはない。英雄、と言っても人間である事に変わりはない、それはつまり、英雄であろうと何であろうと、人間と同じである以上は死の未来は変えられない、という事だ。人間はいつか死ぬ、オルフェ、お前さんはおじいさんの事を知らんから、その事を知らずに生きているのかもしれんがね、人間はいつか死んでいく、生命である以上、それは変えられない摂理と言うやつだ。」
「死んじゃったら、どうなるの?」
「さぁ、それに関しては神サマくらいしか与り知らん事だろう。宗教においては、人間は死んだら天国に行くんだとか、ジャポネの宗教で言うのなら、極楽浄土なんていう所に行くんだとか、南無と唱えるとそこに行って、輪廻転生なんていう、次に生まれてくる為の場所に行くんだとか、まぁ、それぞれにおいて違うもんだ。実際実情がどうで、人間が死んじまったら何処に行くのか、何てのは、イジらしい神サマしか真相のほどは知らんだろうな。」
オルフェは、死という概念をまだ知らない、人間がいなくなるという事は理解している、アーヴィンが殺し合いと言う事をしているのも知っている、ただ肝心の「死」と言う概念を知らない、それを教えていなかったな、とアーヴィンは思い返す、英雄稼業をしていて、当たり前の様に死が付きまとっているアーヴィンからしたらそれは当たり前で、まだそこに至っていないオルフェからしたら、それは「知らずとも仕方がない」概念だろう、と。
「死ぬって、どういうことなの?」
「死ぬ、自決する、殺される、それらはな、この世からオサラバして、未来へと繋いでいく、そんな終わりだ。人間としての終わり、人生の終わり、未来へのバトン、そう言った言葉を使う人間が多いな。俺達からしたら、それは当たり前の出来事で、お前さんからしたら、まだそれは当たり前の事ではない、そんな事柄だ。ふむ、ならばどうして俺達英雄が必要とされているのか、人殺しの身でありながら英雄を名乗っているのか、それを考えてみるのは、死を感じるいい機会かもしれんな。」
煙草の火の始末をして、銃を磨きながら、アーヴィンはこれから先「オルフェにとって当たり前になる」死と言う現実を教える。
オルフェは、少々太めと言われている眉を困った様に曲げて、それがどういう意味なのか、英雄にとって死とは何なのか、ならばそれをしなければならない意味、を必死に考えている様子だ。
「さ、そろそろ夕飯の時間じゃないかね?母さんに怒られる前に、宿題は済ませているかね?」
「うん!」
まだ六歳のオルフェにとっては、縁遠い話なのかもしれない、ただこれから先、ジグモンド家を継ぐにあたって、知らなければならない事、それが人を殺す意味、死の意味、それでも英雄と言う名の傭兵が必要とされている意味、世界体系の中で戦争画起こり続けている意味、この世界においても、戦争がなくならない意味。
それらを知って大人になっていくのだろう、アーヴィンはそんなオルフェの未来を憂いながら、銃を磨いていた。




