第十一話 夏が来て
「あ!お父さんおかえりなさい!」
「うむ、ただいま帰還した。」
「あなた、お帰りなさい。」
「ルミナ、健在だったかね?」
アーヴィンが戦争に赴いてから三か月、オルフェは夏季休暇に入った頃、アーヴィンが帰ってきた。
戦争に英雄として派遣されている以上、何処で死んでしまうかもわからない、何処で倒れて、何処で死んで、何処で息絶えて、そんな事が不明なアーヴィンの生活、にもルミナもオルフェも慣れていた、だから今更帰ってきた事に感動する事もない、ある意味では「父アーヴィンは当然の如く帰還してくる」と信じて疑っていない、それがオルフェの感情だろう。
かくいうアーヴィンも「いつかは戦場で死んでいくのだろう」とは考えていたが、オルフェが大人になって、ガンナーの英雄を継ぐまでは死ぬ訳にもいかない、だから当然の様に帰還する、それがアーヴィンの感情だった。
「今度はどんな場所だったの?」
「Umm,その前に酒を一杯ひっかけたいな。戦場ってのは、酒が飲めんもんだ。」
「そっか!じゃあお庭で待ってて!僕が持ってくる!」
「hahaha!任務を任せようか。」
アーヴィンはシャワーを浴びる前にバーボンが飲みたい、とM82を担いだまま庭に向かい、オルフェはバーボンとグラス、グラスには氷を入れて庭に出てくる。
夏の盛りにはバーボンをロックで飲む、と言うのがオツなもんだ、と発言していたアーヴィンの言葉を覚えていたオルフェなりの気遣いと言う事なのだろう、アーヴィンの英雄譚を聴く為の準備、その為の儀式とでも言えば良いのだろうか、オルフェの手にはまだ大きいバーボンの瓶を片手に、まだ大きいウィスキーグラスを持って、庭に出る。
「お父さん、どうぞ!」
「うむ、任務ご苦労だった。」
アーヴィンはウィスキーグラスにバーボンを注いで、M82のメンテナンスを始める前に、一服がしたいと煙草に火を点ける。
「それで、何処から話したものかね。オルフェ、問題はなかったかね?」
「うん、お友達も出来たよ!」
「そうか、それは何よりだ。」
英雄譚を語る前に、オルフェがスクールでどういった立ち位置にいて、どういった友人関係を構築していて、そんな話を聞くアーヴィンは、オルフェが子供らしくきちんと学友を作れている事に安心していた、子供の集まる公園や児童館と呼ばれる学生未満の子供が集まる場所では、基本的に一人で本を読んでいるか、銃を持つ想定をしているかのどちらかだ、友達を作ろうとしないとルミナから聞いていた為、そこに関して心配をしていた、それが親心と言う意味でのアーヴィンの心配事だった。
それに加えて、三か月前に担任が云々という事があったのだから、それが別の揉め事のきっかけになったり、学友が遠巻きにしてしまう理由になったり、そう言った事柄がなかった事、それに安心している、と言うのが実情だろう。
「友達はどんな子がいるかね?」
「えーっとね、一番仲よくしてくれてるのは、ランド君だよ!」
「ふむ、あの恰幅の良い坊やか。坊主頭が印象的だと思っていたが、仲良く出来そうかね?」「うん!この前もランド君のお家に遊びに行ったんだ!銃の事も聞いてくれるよ?」
「そうかそうか、そいつは良かったな。」
ランドと仲が良い、と言うのは良い事だとアーヴィンは考えていた、オルフェを見守っていた時に「オルフェが庇った」ランドと仲が拗れなかった、と言うのは僥倖でもあり、有難い話でもあり、オルフェが不必要に傷つかずに済む事なのだから、と。
「お父さん、僕のお話は良いから!どんな戦いだったの?」
「Umm,そうさな。まず、俺達が当たり前のように使っているスマホがない、つまりは科学的に発展していない世界だ、と言える世界だっただろうな。銃に関しては、まだこいつを持っていてもおかしくはないレベルの文明ではあったが、そうさな、もう少し文明的に後退していたら、マスケットに代わっていたかもしれんな。」
「他に英雄さんはいたの?」
「いや、いなかったな。派遣されたのは俺一人だった、他に英雄がいたら、こうも早くは帰還できていなかっただろうな。ふむ、そうなってくると、俺は英雄以外を虐殺した悪辣な人間とも言えるだろうな。」
バーボンを傾け、煙草を吸いながら、アーヴィンは少し考える。
これから先、オルフェにはジグモンド家を継いでもらわなければならない、それは即ち、オルフェにも人殺しの傭兵になれ、と宣告している様なものだ。
ただ、その他に手だてを知らない、アーヴィンはジグモンド家を終わらせる勇気がなかった、継いでもらうほかなかった、アーヴィンの代で丁度百代に及んでガンナーの英雄を輩出してきたジグモンド家、と言う長い歴史を終わらせる事は、自分達が当たり前のように従っている「神」に反逆する事に変わりない、その結果として、アーヴィンが生き残れる可能性があるのか、オルフェやルミナまで巻き添えにしてしまって、兄アーノルド達までそれが波及してしまったら、それを考えるに、アーヴィンは英雄稼業をやめるという選択肢も、オルフェに継がせないという選択肢もとる事が出来なかった。
今のアーヴィンが四十歳、活動できてもあと十五年かそこいらだろう、という事は、長く英雄稼業を続けたとしても、オルフェが二十歳頃には世代交代をしなければならないという計算になってくる、アーヴィンが父レオナルドから英雄稼業を継いだのが二十五歳の頃、オルフェが継ぐであろう年齢よりも、やや遅くアーヴィンは英雄稼業を受け継いだ、それも相まって、オルフェにその覚悟が出来るのか、その覚悟がなければ戦場では生き残れない、そんな事を考えてしまう、アーヴィンは親ばかと言われる程度にはオルフェに甘い、そのオルフェに受け継がせる事、と言うのは心苦しいのだろう。
「あくぎゃく、ってどういう事?」
「悪い事をした人間、という意味だな。と言っても、戦場なんてのは人殺ししか集まらん、と言うべきか、それとも戦争自体が人殺しをやってやりかえされて、そんな場所だ。そうなってくると、何が正義で何が悪か、と言うのはなかなか推し量れない事になってくる、とも言えるだろう。ふむ、勝った側が正義とも限らんし、負けた側が悪とも限らん、戦争とはそういう事だ。」
「でも、お父さんは勝って戻ってきたんでしょう?なら、助かった人たちもたくさんいるんじゃないのかなぁ?」
「それは間違いではない。ただな、オルフェ。負けたら何が待っていると思うかね?戦争に勝った側は万々歳、そして負けた側には何が残ると思うかね?」
「えーっと、うーんと……。」
オルフェは問いの意味を考える、アーヴィンは意味のない言葉を嫌う、それは子供としてよくわかっていた、という事はこの問いにも意味がある、と考えるのが当たり前だろう、ただ、オルフェは勝者の側の人間だ、アーヴィンと言う英雄である父が帰ってくる、という事は「その戦争に勝利した側の軍に属していた」と考えるのが自然であり、つまりは「敗者の側にいた事がない」と言う事にもなってくる、だから、アーヴィンの問いの答えがわからないのだろう。
「敗者、負けた側に待っているのは、占領や凌辱だ。国としての体裁を保てなくなる、属国と言われる、ある意味では戦勝国の手下として扱われる、場合によっては、国を解体されてしまう場合もある。言語、文学、歴史、経済、それらすべてを統括されてしまう、またはなかった事にされてしまう、それが戦争における敗者の歴史だ。覚えておくと良いな。俺達英雄がどんな立ち位置にいて、勝つとはどういう事か、負けるとはどういう事か、ならばその場で占有になった者達の未来は、負けた者達の未来は。そう言った事柄を、俺達は覚えておかないといけんな。」
「うん、わかった!」
これはまだ理解出来ない事だろう、アーヴィンはそんな事を考えながら、乾いた笑いっ声を上げた、オルフェはアーヴィンの言葉がどういう意味で、どういう事なのか、を少しずつ考えて呑み込もうとしていたが、まだわからない事が多い、それは分かり切った事だった。




