7. 再会と矜持と
あれから何度か野営を繰り返し、いよいよピアーヴ村が見えてきた。
魔物に襲われることはなかったものの、揺れる馬車での長旅は思っていたよりもずっと体に堪えた。
不思議なもので、幽閉中よりもずっと体が重く感じるほどだ。
それでも、ようやく両親に会えるという事実がカノンの背筋を伸ばさせた。
「見えてきたよ」
フォルテの言葉に、カノンは身を乗り出して彼が目で示す先を見遣った。
草原の中に木柵が巡らされており、その中にいくつかの民家が見える。ジュストが言っていた通り、小さな村のようだった。
馬車が珍しいのか、村人たちはすれ違うたびにこちらへ視線を向けてくる。
そのたびに、周りの騎士たちが威圧しない程度にさりげなく人々を誘導し、馬車の進む道を確保していく。
力任せに村人を従わせないあたりに、騎士団としての矜持を感じさせられた。
「本当にここにお父様とお母様が……」
皇都にある別邸で共に過ごした日々が、両親との最後の記憶だ。
侯爵の地位にあったフィウメ家の別邸は、皇都でも有数の広さを誇る敷地に建てられた屋敷だった。
三大公爵家のものほどではなかったが、それでも立派な建物で、カノンは領地から皇都の別邸へと移る社交シーズンを毎年楽しみにしていた。
目の前に広がる、かつての記憶とは対極的な景色を前にカノンが郷愁に駆られていると、フォルテが「カノン」と優しく名を呼んだ。
「緊張してる?」
「ちょっとだけね。やっと会えるんだって思ったら。不思議だよね、捕まってた時は全然辛くなかったのに」
「そんなもんでしょ。離れてる時なんて」
「……おっきくなったね、って喜んでくれるかな」
不意に向けられた何気ない優しさに、思わず涙が零れそうになるのを堪えて、カノンは無理やり笑った。
「カノン様、到着しました」
ジュストの声に顔を上げると、馬車がゆっくりと止まった。
扉を開き、フォルテに手を引かれて馬車を降りると、小高い丘に建てられた小屋が見えた。
「あそこに見えるのがご夫妻の住まいです」
「あれが……」
先に馬を降りていたラルゴが、両親への説明のために先んじて丘を登っていく。
すぐにでも駆け出したい衝動をぐっと押さえ、彼の後ろ姿を追いかける。
ラルゴが小屋の扉を何度か叩く。
するとゆっくりと扉が開き、その向こうに女性の姿が見えた。
「お母様……!」
気付けば足が動き出していた。
呼ばれたら、と言われていたことも忘れ、足は勢いを増していく。
「お母様!」
丘を登りきったカノンは、ラルゴの横をすり抜けて母であるミズーラに抱きついた。
「会いたかったです、お母様……!」
「カノン、カノンなのね……よく戻りました……! 本当によく……!」
ミズーラの腕に力が込められる。伝わってくる温もりに胸が締め付けられる。
ようやく再会できたことに喜びを隠しきれずにいると、小屋の影から何かが落ちる音がした。
振り向けば、薪割りをしていたであろう父──ペザンテが斧を地面に落としたまま呆然とした表情でこちらを見つめていた。
「か、カノンか……?」
救出の報を聞いても、その目で見るまでは信じられずにいたのだろう。
ペザンテは確かめるようにカノンの名前を呼んだ。
「はい、お父様……! ただいま戻りました……っ!」
「カノン!」
駆け出したのは、どちらからともなくだった。
父に抱きしめられ、後ろからは母がそっと支えてくれる。3年ぶりに感じる二人の温かさに、今度こそ涙がこぼれ落ちる。
幽閉中、いつの間にか感じられなくなっていた寂しさが、ゆっくりと埋められていく。
それからしばらくカノンたちは言葉もなく、再会の喜びを分かち合った。
側にいたラルゴも、丘の下で待つフォルテたちも何も言わず、ただ家族の時間を見守っていた。
ようやく両親の腕の中から離れると、カノンは少し頬を赤くしながら咳払いする。
「失礼しました。こちら父と母です」
「大丈夫だ。もう何度もお会いしているからな」
気恥ずかしさから視線を泳がせるカノンに、ラルゴは微笑んで答える。
そして、改めて姿勢を正し、ペザンテに真っ直ぐ視線を向けた。
「あえてこう呼ばせていただきますが、スル・フィウメ侯爵閣下。このたびは多大なるご尽力を賜り、誠に感謝の念に堪えません。此度の、閣下のご覚悟に騎士団一同、深く敬服いたしております」
ラルゴが真剣な面差しで言い切り、腰に下げていた剣を右脇に立てた。
「一同、敬礼!」
いつの間にか周りに集まっていた騎士たちが、一様に剣を右脇に立てる。
騎士たちの表情に、そしてラルゴの言葉から、カノンは父が爵位を捨ててまで自分を探してくれたことを悟る。
侯爵だった頃とは違い、麻でできた肌着を纏う父の姿。
流行のドレスではなく、実用的な装いをした母。
自分のために奔走してくれた両親の思いを改めて感じ、カノンは再び目頭を熱くした。
周囲を囲む騎士の中にフォルテを見つけると、彼は敬礼したまま優しく微笑んだ。
カノンも素直に微笑みで返す。
「ありがとう。ただ、侯爵はこれきりにしてくれ。今はしがない村人でしかないからね」
ペザンテの言葉にミズーラも笑って同意し、ラルゴも「承知いたしました」と表情を和らげた。
「さて、ではここからはカノンの父として話を聞かせてもらいたい」
その言葉にラルゴは表情を引き締め、静かに頷く。
ペザンテは小屋の扉を開き、ラルゴを中へと招き入れると「カノン、お前も来なさい」と手招きした。




