5. 恥ずかしいんだ?
「傾注! これより名を呼ぶ者に、カノン様の護衛という栄誉ある任を命じる!」
庁舎から出て訓練場に向かったカノンたち。
ラルゴが騎士の一人を呼び止めると、その騎士は訓練場に響き渡る声量で叫んだのだった。
ラルゴは騎士の号令に頷き、一歩前に出ると一人ずつ名前を読み上げていく。その都度、呼ばれた騎士が割れんばかりの大声で返事をし、隊列から一歩前に出る。
騎士団というものを間近に見るのは初めてだったが、想像よりもずっと体育会系な雰囲気にカノンは圧倒されてしまう。
「あの、なんかもっとひっそり行くと思ってたんだけど……転送陣使うとか……」
「カノンの親がいるとこに転送陣はないから。馬車で行くってなったら護衛は必須だよ──……まだ狙われてるかもしんないし」
何かを迷ったように、フォルテは最後の一言だけ少し言い淀んだ。
その横顔に僅かな引っかかりを覚えたカノンは、小さく背伸びをして彼の耳元に口元を寄せた。
「かもしんない、じゃなくて狙われてるんじゃない?」
「え?」
初めてフォルテが驚いた顔で聞き返した。
「この世界が乙女ゲームって言ってたでしょ。そしたらストーリーもある程度知ってるのかなって」
「あぁ、まぁ、うん……カノンが言う通りだよ。公爵はまだ諦めてない」
「ストーリーを知ってるなら、公爵がどこにいるか分かるものなんじゃないの?」
断定しきれないのは、カノン自身にゲームの記憶がない上に知識もないためだったが、フォルテは苦笑して「分かれば良かったんだけどね」と頭を掻いた。
「ああいうゲームってあんま詳しい地名とか出てこないんだよ。何々邸とか、何々地方のとある場所みたいな感じで」
「へー、ゲーム知識があっても別に万能ってわけじゃないんだ」
その言葉に、フォルテが悪戯っぽく笑って顔を寄せた。
「そういうこと。だから、今回は大人しく守られてなよ」
だから近いってば!
至近距離に寄せられた顔を前に、カノンは思わず頬が紅潮していくのを感じる。
「あの人たちもいるし」
「へ?」
フォルテが目線で示した先には、意気揚々と並ぶ騎士たち。
栄誉ある任、という言葉を士気高揚のための言葉だと捉えていたカノンだったが、彼らの表情はそんな考えとは裏腹にやる気で満ちている。
「というか、フォルテはあっちに並んでなくて良かったの?」
「俺、騎士ではあるけど騎士団員じゃないよ?」
「違うの!?」
「そう、違うの」
ニヤリとわざとらしく口角を吊り上げたフォルテに、カノンは目を細めて不満を込めた視線を送るが、意味があるはずもない。
別に意地悪な性格だとは思わないが、良い性格をしてる、とは思う。当然皮肉としてだが。
「そいつは皇帝直属だからな。俺たちとは指揮系統そのものが違うのさ」
フォルテに代わり、どこからか話を聞いていたらしいラルゴが、やはり面白くなさそうにボヤいた。
「あーっという間に偉くなりやがって。本当につまらん」
「騎士団長が何言ってんの」
「まぁそんなことは今はいい。ほれ、お前ら挨拶しろ」
表情を一瞬で切り替えたラルゴが振り返った先には、少し緊張した面持ちの騎士が二人、鎧に太陽を反射させながら立っていた。
片方はいかにも騎士らしく金髪を短く揃えた爽やかな風貌で、モテそうだという印象。
もう一人は、フォルテとは違った意味で本当に騎士なのか? という出で立ちだった。所謂ソフトモヒカンヘアにした赤茶色の髪に、鋭い目つき。前世で言うところの、それも少し古めのヤンキーのような印象を受ける。
「私はジュスト・スル・フォーコと申します! 此度はカノン様の護衛という栄誉ある任を拝命し、誠に光栄に存じます!」
「俺は、じゃなくて、私はリエートと申します! 同じく、光栄に存じるっす!」
印象通りの挨拶をそれぞれ終え、二人は剣を右脇の位置で立てる。初めて見るが、恐らく騎士団流の敬礼なのだろう。
「カノンです。道中、よろしくお願いします」
スル・フィウメとは名乗らなかった。さっきの話から察するに、両親が爵位を返還しているだろうことは見当がついているからだ。
もし、ここでいつも通りに名乗ってしまえば余計な気を遣わせてしまうかもしれない、というカノンなりの配慮だった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
挨拶している間に用意された、見るからに貴族用の馬車の扉が開かれ、フォルテが手を差し出してきた。
貴族令嬢を相手取るようなエスコートに苦笑しながら、彼の手に自分のそれを重ねる。
こうして馬車に乗るのも3年ぶりだ。
以前は父に手を取られ乗り込んだことを思い出し、ようやく両親の元へと向かえることを嬉しく思った。
走り出した馬車は裏門を出て、しばらくすると過ぎゆく景色が変化していく。
大国の中心らしく石造りの建物が所狭しと立ち並び、多くの人々が行き交う街並みから、やがては草木の生い茂る草原へ。遠くには山々が見え始める。
窓の外に見える景色から家屋が消えた頃。車内には重苦しい空気が広がっていた。
想像通り自分からは話さないフォルテに、未だ緊張した面持ちのジュストとリエート。
(い、いたたまれない……)
いい加減沈黙に耐えきれなくなったカノンが、そういえば、と口を開く。
「聞くタイミングなかったけど、これってどこに向かってるの?」
目的地が両親の居場所という情報しか分かっていないカノンの疑問に、進行方向を背にして座るリエートが「はいっす!」と、待ってましたと言わんばかりの声を上げる。
「これから向かうのはカノン様の親御さんが住んでるピアーヴって村っす」
「ピアーヴ……聞いたことないかも」
「皇都と国境のちょうど中間辺りにある小さな村です。特に目立った特産物などもありませんし、カノン様が存じ上げないのも無理はないかと」
リエートの隣に座るジュストの補足に「なぜ、そんな場所に両親が?」という疑問が浮かんだが口にはしなかった。
そんな大事な話は直接聞くべき話で、こんな道中でするものではない。
代わりに、カノンは二人のことを聞くことにした。
「二人はどうして騎士になったの?」
「私は子爵家の三男ですので、平民となって暮らすよりも国のためにと志願いたしました」
「そう、ご立派なのね。ご実家のスル・フォーコご夫妻はお元気?」
「は、はい! 父母ともに変わりなく過ごしております」
背筋を伸ばすだけでなく両肩を上げて答えるジュストに、カノンは口元を押さえて微笑む。
「リエートは? どうして騎士団に?」
「自分は団長に拾ってもらったっす! それでいつの間にか騎士になってたっすね!」
名乗りに領地名のなかったことからも彼が平民だということは分かっていたが、まさかラルゴと繋がるとは思わず少し驚く。
それにしても、いくら団長という立場のラルゴが拾ったからとはいえ、騎士とはそう簡単になれるものではないことぐらいカノンも知っている。
彼もまた護衛に選ばれるだけある実力者なのだろう。と、カノンは一人頷いた。
「カノン様、失礼します。リエート、いい加減その言葉遣いを改めろ」
「す、すんません!」
あまりに真っ当な騎士らしいジュストの姿に少し感心してしまう。
最初に出会ったフォルテとは大違いだ、なんてことを考えていると、これまで黙っていたフォルテが景色から目を逸らさないまま反応を示した。
「まぁ、いいんじゃない。これから接する機会もあるだろうし、堅苦しいよりは」
「ぶ、部隊長ぉ!」
「部隊長! リエートをあまり甘やかさないでください!」
フォルテの予想外の言葉に、二人がそれぞれに声を上げるなか、二人のフォルテの呼び方にカノンは「あれ?」と首を傾げる。
「部隊長って言うけど、フォルテって騎士団員じゃないんだよね?」
ジュストが「あぁ、それは……」とフォルテの顔色を窺う隣で、リエートが「はい!」と手を挙げるように声を張った。
「フォルテ様って呼ぶと嫌がられるんす! だから、皇帝直属部隊長から取ってみんな部隊長って呼んでるっす!」
全部言いやがった、という顔でジュストが片手で顔を覆って溜息をついた。
カノンは「ふーん?」とニヤリとした笑みを浮かべ、隣に座るフォルテの顔を覗き込む。
「嫌なんだ? 恥ずかしいんだ?」
「やめて、その顔」
フォルテが気まずそうにカノンの視線を手で遮って、顔を背ける。
確かに日本人のころの記憶があるなら、様なんて敬称で呼ばれることに抵抗があってもおかしくない。
ただ、自分でさえ幼い内に慣れてしまったことを、ここに来てまだ気にしているフォルテが少しだけ可愛く思えた。
「そういえば、フォルテって団長とご家族だったりするの?」
呼び名の話で、彼が団長と同じくスクードを名乗っていたことを思い出したカノンの問いに、フォルテは頬杖をついたまま「違うよ」と短く答える。
「えっ、でも同じ領地名を名乗っていたじゃない」
「……俺も団長に拾われたってだけ」
素っ気なく言って、それきりフォルテは黙り込んでしまう。
生まれの話がデリケートな問題であることは承知しているカノンも、それ以上追及することはしなかった。
それからしばらく他愛のない話を繰り広げ、ジュストとリエートの緊張も幾らか和らいだ頃。
突然馬車が止まった。
「もう着いたの?」
「いや、日も暮れたし馬も限界だから野営するんだよ」
「なるほどね。野営って初めてだし、ちょっと楽しみ」
浮ついた様子のカノンに、ジュストとリエートは驚きを隠せない様子だった。
「どうしたの?」
「い、いえ。野営を楽しみにされる方は初めてだなと……」
「カノン様、強いっすね!」
野営といえば、カノンにとっては前世でいうところのキャンプに近いイメージだった。
ただ、この世界にキャンプを楽しむといった感覚はなく、そもそもキャンプという言葉もない。
そういったものを娯楽にできるほど、この世界は文化的にまだ余裕があるわけではないのだ。
だからこそ、カノンからすれば楽しみなのだが、ジュストとリエートがそれを理解できるはずもなく。
あはは、と頬を掻くカノンを横目に、フォルテが小さく笑みを溢していた。




