23. 強さの理由
ジュストとリエートが一礼の後、長剣を構える。
木製の模擬剣ではなく、真剣。
それだけで二人がいかに本気なのかが、カノンにも伝わってきた。
一方のフォルテは長剣を鞘に収めたまま、飄々とした態度で佇んでいる。
「どうやら、お二人は相当本気のようですね」
フィーネが三人の様子を眺めながら、静かに目を細めた。
「真剣を使うんだもんね。本当に実戦みたい」
「それもありますが、騎士の模擬戦は通常一対一が基本ですから。相手との力量を理解し、本気で戦おうとしている証拠です」
騎士道精神というやつだろうか。
カノンは騎士団の訓練を何度か見たことがあったが、確かに常に一対一で模擬戦を行っていたように思う。
流儀や矜持を捨ててでも二人がかりで挑むということは、彼らは自身とフォルテとの力量差を相当なものだと感じているのだろう。
「始まるようですよ」
開始の合図は「来なよ」というフォルテの言葉だった。
声が届くと同時にジュストとリエートがそれぞれ砂塵を舞わせ、左右に別れて駆け出す。
姿を見失うほどではないが、姿がブレて見えるほどに速く、まるで低空飛行しているようだった。
二人がそれぞれ長剣を振るう予備動作に入る。
フォルテはまだ、動こうとしない。
そして、訓練場に衝撃音が轟いた。
上下への同時攻撃。
ジュストの長剣がフォルテの胸元を、リエートのものが太もも辺りを正確に捉えている。
だが、フォルテには届かない。
彼は鞘から長剣を半分だけ抜き出し、それぞれを剣と鞘で防ぎ切っていた。
「リエート!」
ジュストの叫びにリエートは飛び退き、距離を取って魔法の行使体勢に入る。
鍔迫り合いを続けるフォルテとジュスト。
そこでようやくフォルテの長剣から鞘が外れ、刀身が全貌を現す。
よほどの力がぶつかり合っているのか、フォルテは動きを封じられているように見えた。
戦いを見守るカノンは、ふとジュストの全身に魔法特有の粒子が漂っていることに気付く。
「ジュスト、魔法なんていつ使ってた? 魔法陣すら見えなかったけど」
「無詠唱での身体能力強化ですね。魔法陣は移動した際の砂埃に紛れさせていたのでしょう」
移動時に舞った砂埃にすら意味があったことに、カノンは思わず息を呑む。
「ですが、それでもまだ足りません」
フィーネが独り言のように呟く。
その声音には、少し悔しさが滲んでいるようだった。
会話を続けようとしたカノンだったが、異変に気付き辺りを見渡す。
突如異常な熱が漂い始めたのだ。
発生源はリエートだった。
彼の手元で、カノンのものよりも大規模な炎が渦巻いていた。
「あれが上級魔法……」
魔法はイメージだ。
ただ、そのイメージを乗せる源は魔力操作によって練り上げた魔力。
大規模な魔法になればなるほど、明確なイメージと膨大な魔力、そして繊細な魔力操作が求められる。
それらを難なくこなすリエート。
普段はおちゃらけているが、彼もやはり騎士団の一員に違いないのだ。
「灼き尽くせ──ッ!」
リエートの怒声のような詠唱が響く。
轟々と音を立て、周囲の砂を吹き飛ばしながら業火がフォルテへと襲いかかる。
フォルテは未だジュストに足止めを食らっている。
業火が二人を赤く照らす距離。
ジュストが不意に長剣を浮かせ、もう一度フォルテへと叩き込む。
それを受けたフォルテがわずかに体勢を崩す。
普通なら最早避けられない。
それでも、カノンは彼の速さを知っている。
だから、彼なら避けてみせる。そう確信していた。
だが、フォルテは眼前に迫る業火を避けなかった。
「え?」
カノンは信じられない様子で目を見開く。
消失。
燦々と輝いていた業火が、フォルテが長剣を振るっただけで跡形もなく消え失せたのだ。
似た光景を1ヶ月前にカノンは見たことがあった。
エンデだ。
彼はカノンが無意識の内に放った無詠唱魔法を掻き消してみせた。
ただ、あれは威力の乗っていない小規模な魔法だった。
リエートが放った魔法は上級で、比べ物にならない威力を誇っている。
とてもではないが、にわかに信じられるものではなかった。
「何が起きたの……?」
解説を求め、カノンはフィーネへ目を遣る。
「あれは魔力操作です。魔力が凝縮された魔法よりもさらに高い密度で魔力をまとわせ、魔法を相殺する──フォルテ様の得意技ですね」
「いまの一瞬で、そんなことできるの?」
「まぁ、普通は無理ですね。目に見えない魔力を操作するというのは、事象を伴う魔法行使よりもずっと難しいのです。ただ、フォルテ様の魔力操作の腕は皇国イチですから」
思わず、カノンは拳を握った。
不遜でも何でもなく、カノンはこの1ヶ月で異常なまでの速度で強くなった自覚がある。
炎と防御。
2つだけとはいえ、中級魔法を習得し、細剣だってそれなりに振るえるようになった。
だが、それでも足元にも及ばない強さが目の前にある。
自分とフォルテの間に、凄まじい実力差があることを思い知らされた気分だった。
「終わりですね」
フィーネが目を閉じ、微かに俯く。
彼女の言葉通り、そこからは一瞬だった。
刹那、姿を消したフォルテが気付けばリエートの胸元に拳を叩き込み、次の瞬間にはジュストの首元に長剣を添えていた。
速さ。それこそがフォルテの強さ。
これまでのカノンでは知覚できなかっただろう。
魔力の残滓を感じ取ることで、ようやく気付くことができた。
フォルテの速さの正体は、短距離での転移の繰り返しによるものだと。
そうして模擬戦は決着となった。
結果だけを見れば、フォルテの圧勝だ。
ジュストとリエートも、こうなることは覚悟の上だったのだろう。
負けるつもりはなくとも、勝てるとは思っていなかったように思う。
ただ、フィーネに負けたカノンと同様、勝てるわけがないと分かっていても、悔しさは感じるものだ。
カノンが近づくと、ジュストとリエートは息を切らし、肩を上下させていた。
その顔には、言葉以上に悔しさを滲ませている。
「まぁ、いいんじゃない? 少なくとも前には進めてると思うけど」
鞘を拾い上げ、長剣を収めたフォルテ。
表情を変えないままの彼の言葉に、ジュストとリエートは揃って息を漏らした。
気持ちを切り替えたのだろう。
悔しさは消えていないようだったが、二人は笑顔で立ち上がり「ありがとうございました!」と頭を下げた。
二人と同じぐらい複雑な表情のフィーネに気付いたカノンは、ふと思いついて手を叩き合わせる。
「せっかくだしフィーネも相手してもらえば? 私が相手じゃフィーネの訓練にはならないだろうし」
フィーネが一瞬、全身を硬直させた。
「いえ。訓練であろうとも主人に手を出すわけにはいきませんので」
取り付く島もなく、フィーネは一礼して邸宅へと少し駆け足で去っていく。
相変わらず、スカートの中でどう足を動かしているのか分からない足運びだった。
「逃げたな」
ジュストが目を細めてフィーネの後ろ姿を見つめた。
「逃げたっすね」
「逃げたんだ」
カノンの目には明らかにフォルテと戦いたがっているように見えた。
しかし、フィーネは意外に負けず嫌いなのかもしれないと、カノンは苦笑した。
その横を通り過ぎたフォルテの後ろを、カノンも付いて行く。
「それにしても本当強いね」
歩きながら手を後ろで組んで、カノンはフォルテを見上げる。
彼の強さは本物だ。
だから、カノンはあわよくば自分も教えを乞おうと笑みを浮かべていた。
だが、フォルテは真っ直ぐ前を見たまま、カノンを見ようとしない。
それどころか、カノンから顔を背けるように視線を落とした。
「まぁ、俺も頑張ったけど……もっと頑張ったやつがいるから」
その目は、とても悲しげで。
彼が今にも涙を流してしまいそうな、そんな気がした。




