22. もっと強く
刃先を丸めた木製の短剣が頬を掠める。
カノンは左に傾けた頭を戻し、そのまま体を後ろに倒すと、重心移動を利用して距離を取った。
相手は突き出した短剣を起点に体を回し、メイド服の裾を翻す。
隙なく体勢を整えた相手は、再度短剣を構え直した。
「容赦ないね、フィーネ」
カノンが細剣を上段に構え、フィーネに半身を見せる。
あの襲撃から1ヶ月。
訓練では魔法だけでなく、本格的な戦闘も行うようになっていた。
ジュストとリエートが教える以上、最初は二人の使い慣れた長剣を使う予定だったが、フィーネのアドバイスで細剣がカノンの武器に選ばれた。
騎士である二人は細剣に明るくなく始めは戸惑っていたようだったが、そこで指導を買って出たのがフィーネだった。
フィーネは口元に微笑を湛えると、再び地面を蹴った。
「燃えろ!」
間近に迫るフィーネ。
彼女へ向けたカノンの手から、中級魔法規模の炎球が放たれる。
しかし、フィーネは進行方向に踵をつき、体を半回転させあっさり躱す。そして、その勢いのままに跳躍。
「穿て」
上空のフィーネがカノンに向けて水で構築された短槍を射出する。
渦巻くようにして勢いを増していく水槍。
カノンが寸前で手のひらをかざすと、魔法陣が顕現した。
水槍は魔法陣に衝突し、衝撃が音と風圧となってカノンとフィーネの間に広がっていく。
互いの魔法が炸裂すると、さらなる衝撃が閃光となってカノンの網膜を白く染める。
生まれた隙は一瞬だった。
ただ、フィーネにはそれで充分だった。
「はぁー……降参です、参りました!」
背後から短剣を首元に押し当てられ、カノンは白旗を上げる。
「訓練から1ヶ月でよくぞここまで。お見事です」
「お見事って……いま実戦だったら死んでたんだけど」
「私は10年以上訓練していますので。カノン様に負けるようでは、それこそとっくにクビを切られています」
どっちの意味だろう、とカノンは苦笑した。
この1ヶ月で、中級魔法や無詠唱での防御魔法を扱えるようになったカノン。
フィーネとの戦闘では振るう暇すら与えてもらえなかったが、細剣の扱いにも慣れ始めている。
といっても、たかだか1ヶ月。
まだ動きのパターンも少なければ、応用力だって10年選手のフィーネと比べるまでもない。
それに、細剣を振るうには体力もまだ心許ない。
理屈では負けて当然だと分かっている。
それでも、勝負に負ければ悔しいと思う。
カノンは上げていた両手を下げ、肩を落とした。
やがて前を向くと訓練場の端、少し高い位置にある芝生からフォルテがこちらを見下ろしていることに気付いた。
「あれ? ちょっと休憩!」
フィーネに礼をし、カノンはフォルテの方へと駆け出す。
ジュストとリエートを見れば、二人はフォルテへ敬礼している。
訓練場に小さな砂埃を起こしながらカノンは走り、芝生の傾斜を駆け上った。
カノンがフォルテのすぐ傍まで寄ると、彼は「お疲れ」と微笑んだ。
「フィーネみたいに魔力が強い人間の魔法は受け流さないとダメだよ」
そう言ってフォルテはカノンの額を、中指の第二関節で軽く小突いた。
痛くはなかったが、カノンは儀礼的に額を押さえ、フォルテに抗議の視線を向ける。
「頑張ってんね」
フォルテが訓練場に目を向けながら呟く。
訓練場では、リエートが耳を触りながらフィーネとジュストと談笑していた。
すっかり仲良くなった三人を見つめ、カノンは小さく笑みをこぼす。
「ほら、ちょっと前に制約の話を聞いたでしょ?」
カノンも訓練場で談笑する三人へと視線を向けたまま言葉を返した。
「制約を解除するには試練を乗り越えるしかない。でも私にはそれが何なのかも分からない。だから、とりあえず強くなろうって」
「関係あるの、それ」
「試練の内容が“最強になる!”とかいう可能性もあるじゃん!」
そんなことはないだろう、とカノン自身も思ってはいる。
だが、否定もできない。
女神から制約や試練を告げられた記憶などないのだから。
ただ、自分自身で馬鹿馬鹿しいと自覚しているのと、フォルテが笑いを堪えきれずにいるのは別だ。
カノンは眉根を寄せつつ、フォルテの腹部を肘で小突いた。
「マジでかっこいいね」
小突かれたことを気にもせず、フォルテが笑みを隠すのを諦めて白い歯を覗かせた。
「バカにしてる?」
「本当に思ってるよ。まぁ、予想の斜め上いくとこあるけど」
「やっぱバカにしてるよね?」
頬を膨らますカノンに、フォルテは軽く手を振って否定した。
「いやでも、訓練はいいと思うよ」
言いながら、フォルテは眉尻を下げて顔を綻ばす。
そこにからかう意図は感じられず、カノンも口を噤むしかなかった。
「いつだって守ってあげたいし、できるだけそうするつもりだけど、どうしてもずっと一緒にいられるわけじゃないから」
フォルテは表情を和らげたまま、カノンの頭をそっと撫でた。
以前だったら彼の手を払い除けていただろう。
そうしないのは、一度彼の前で泣き顔を晒してしまったからか、フォルテのことを前よりも身近に感じているからだった。
あとは単純に、嫌じゃなかったからだ。
「もっと強くなるよ、私」
撫でられながら、カノンは自分に約束するように呟く。
すると、彼からの返事の前に足音が二つ近づいてくるのが聞こえた。
音の方へ目をやると、ジュストとリエートがカノンたちの元へ駆け寄ってきていた。
「お話し中、申し訳ありません。部隊長、我々と手合わせをお願いできますでしょうか」
ジュストが頭を下げて乞うと、それに続き「お願いします!」とリエートが深々と腰を折った。
「俺ら、カノンさんを守れなかった時、めちゃくちゃ後悔したんす。何より、マジで不甲斐なかったし、惨めだったっす」
「いまの実力を、そして我々が求める強さまで、どれだけ距離があるのかを改めて知りたいのです」
カノンの頭を撫でる手が下ろされる。
あの日、悔しさを味わったのはカノンだけではなかったのだ。
そして、きっと彼らにとって、あの出来事は屈辱以外の何物でもなかったのだろう。
彼らだけじゃない。
恐らくフィーネも同じかもしれない。
指導と称して訓練に参加を申し出たフィーネが、合間を縫ってはジュストとリエートと手合わせしているのを、カノンはこの1ヶ月のなかで何度も見ている。
そして、彼らがあの日のことをどれだけ悔いているかは、フォルテにも伝わっているようだった。
「分かった。ただ、またヘコんでも知らねーから」
唇を片方吊り上げたフォルテ。
それを見たジュストとリエートが、顔に一抹の緊張を走らせていた。




