19. ノスタルジア
「ようこそ! フィルマメント家が皇都に誇る名店、ノスタルジアへ!」
呆然とするカノンをよそに、シノが両手を広げて歓迎の意を表した。
快気祝いだと連れられたカノンは、口と目を開いて驚きを隠すことができずにいた。
圧倒されながら店内を見渡せば、フィルマメントが手掛ける独創性の高い衣服が並べられている。
シノ曰く改装したばかりらしく、真新しい壁と床が目に入る。
そして、カノンが改めて商品に目をやると、ありえない陳列方法に視線が釘付けにされた。
(えっ、ハンガー……?)
この世界での衣服の並べ方は、ノスタルジアのような高級店であればパンドラと呼ばれる蝋人形に着せての展示が主だ。
そもそもドレスなどはオーダーメイドであり、前世のように量産品を並べることはないため、ハンガーが必要になることがない。
現に店内でもパンドラに着せて展示されているドレスもある。
だが、壁面に並べられた衣服は同じものが複数ハンガーにかけられ、量産品として陳列されているようだった。
カノンはハンガーにかけられた服へと近づき、衣服をかき分けて一着を手にとってみる。
シンプルなワンピースタイプのドレスだった。
前世なら街着として珍しくもない。
ただ、この世界では良くて部屋着、悪ければ肌着と見なされてもおかしくないほど簡素なデザインだった。
「これって第一皇子様がデザインしてたりします……?」
振り返ってシノに問うと、彼女は首を傾けて笑った。
あまりにも前世的なデザインの衣服。
再度店内を見ればシンプルながらも、大理石を随所に使うネーヴェの伝統を取り入れた格調高い造り。
まるで、前世でいうところのハイブランド的な空間。
それらを総合すれば、カノンの脳裏に冷蔵庫を広めた第一皇子の存在が浮かぶのも必然だった。
「察しが良いわね。その通り、うちの専属デザイナーは第一皇子様でーす」
「専属デザイナーが第一皇子様!?」
カノンは手に取った服から手を離し、見開いた目でシノを捉える。
今度は衣服を片っ端から見ていくと、確かにどれも前世での流行りを感じるデザインのものばかり。
そして、とある一着に辿り着く。
それは和服を思わせる前身頃や長い袖といった意匠が入り込んだドレスだった。
「あのー……」
和服モチーフを取り込んだドレスをハンガーごと手に取り、シノに振り返る。
「これももしかしてなんですけど、日本って知ってたりします……?」
「流石に露骨よね、そのデザイン。案の定全然売れないし」
「じゃあ、やっぱり……?」
シノはカノンに一歩近づき、にっこりと微笑んだ。
「大正解。レガートも、それに私も転生者なの。みんなあなたと同じ日本人よ」
目を丸にしたまま、カノンは視線を泳がせる。
一体何がどうなっているのか。
カノンは、いつの間にか力の入っていた両肩を一気に脱力させた。
ただ、カノンにも前世の知識があり、フォルテも転生者だという。
二人もいるのだから、ほかに転生者がいたって不思議ではない、とカノンは思う。
だからか、驚きはしたもののフォルテの時ほどではなかった。
「同時期にこんな偶然ってあるんですね……」
「まぁ、みんな──」
シノが言葉の途中で、突然動きを止めた。
そして髪を乱暴に掻いて苦々しく歯を食いしばった。
以前、顔を歪めて言葉を飲み込んでいたフォルテのことを思い出す。
相変わらず似たもの同士な姉弟だ、とカノンは口元を隠すように手で覆って俯く。
姉弟というより、転生者に共通する何かがあるのだろうか? そんなことを考えていると、シノの微かな唸り声にカノンは顔を上げた。
「これもダメなのね」
「あの、どうしました……?」
「ううん。あ、カノンちゃんはフォルテも転生者だって聞いてるんだよね?」
カノンは前世の話をフォルテから聞いたことや、その後も何かと助けられていることを簡単に説明した。
流石に治療室で抱きしめ合ったことまでは話さなかったが。
「でも、なんで第一皇子様なんて偉い人がデザイナーを?」
治療室でのことを思い出し、赤くなりかけた頬を冷ますように顔を振ったカノンは、誤魔化すようにシノに笑みを向けた。
「今は違うけど、私は元々皇太子妃候補だったの。それで前世のこともあって仲が良くてね。成り行きでデザイナーをお願いすることになったのよ。あいつ、デザインセンスだけは昔からあったから」
「それで……あの、なんで皇太子妃候補から降りられたんですか? まだ皇太子妃様は決まってないですよね?」
3年前はもちろん、助けられたあとに聞いた話でも皇太子妃は未だ決定していないはずだった。
スル・ラーゴ公爵家の令嬢が最有力候補であることは有名な話だが、それでも第一皇子が妃を決めないことはもっと有名な話だ。
「公爵家のご令嬢には勝てないでしょ? 私、負けるのが分かってる勝負をする気はないの」
「負けるなんてそんな」
「いいのよ。相手は公爵令嬢、私は当主とはいえ侯爵家。それに、当主が簡単に嫁入りなんてできないもの」
シノはパンドラが纏ったドレスの裾を軽くつまみ上げ、力なく離す。
その横顔がどこか寂しげで、カノンは言葉を返すことができなかった。
「まっ、そういうことだから。転生者同士、これから仲良くしましょ」
「それはぜひ! こちらこそよろしくお願いします!」
気持ちを切り替えたように柔らかな表情を浮かべたシノに、カノンは微笑み返す。
「さて、カノンちゃんに似合うものを探さなきゃね。日本人好みのものも沢山あるわよ」
そう言って服を吟味し始めるシノの後ろをついて行くと、確かにこの国の流行から外れたものが並んでいる。
ただ、ネーヴェ国内の流行の最先端を行くノスタルジアにしては、少し外れ過ぎな気もする。
カノンが商品を眺めながら首を傾げていると、それに気付いたシノが「あぁ」と口を開いた。
「流行りのものがないと思ってるでしょ」
「え、いや、そんなこと!」
「良いって良いって。ここは実験店なの。だから流行りのものじゃなくて、これから流行らせるものが置いてあるのよ」
シノは当然のように言い切った。
その声音には、「流行るかどうか」ではなく「流行らせる」という確信が滲んでいる。
もしかすると、これからの皇都には日本風のファッションが溢れかえるのかもしれない。
そう思わされるほどに、シノは全身に自信を漂わせていた。
「なに他人事みたいな顔してるのよ」
「え?」
「あなたがモデルになって流行らせるのよ?」
呆けた顔のカノンに、シノが服を手ににじり寄ってくる。
「相変わらず……いえ、流石ヒロインなルックス、それにスタイルも悪くないわ。自信持ちなさい」
「いやいやいや! モデルなんてやったことないですよ、私!」
「これからやるのに何で過去が関係あるのよ」
「へ、屁理屈では!?」
無言で口元に弧を描いたシノが指を弾くと、どこからともなく従業員たちが舞い込んでくる。
「ちょ、ちょっとシノさん!?」
「言ったでしょ。仲良くしましょって」
やはり似たもの姉弟だ。
抵抗も虚しく、次々に着せ替えられたカノンが解放された頃。
足元には袋がいくつも積み上げられていた。
「これから街を歩く時は着てね。色んな意味で目立つわ」
「は、はい……」
疲れ切ったカノンが肩を落とすと、シノが何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ、カノンちゃんまだ時間ある?」
「ありますけど……もう着ませんよ……?」
足元に並べられた大量の袋を一瞥し、最後に着せられたテーラードジャケットの襟をめくって見せる。
カノンが息も絶え絶え抗議の視線を向けると、シノは叩いた両手を合わせたまま、悪戯な顔を浮かべた。
「違う違う。ちょうど良いからこのままレガートにも会いに行きましょ」




