17. 守るべきもの(フォルテ視点)
「申し訳ありませんでした」
ジュストの謝罪にリエートが同じように続く。
クオーレ騎士団庁舎。その団長室で声を震わせて頭を下げる二人を、フォルテは壁にもたれながら見遣った。
二人が頭を下げている理由はもちろん、先日のフォルテ邸襲撃事件だ。
護衛対象であるカノンを危険に晒したことで、自責の念を強く抱いている二人。
二人は、フォルテがラルゴに呼ばれて部屋に入ってからもほとんど口を開かなかった。
今朝早くから団長室前で待ち続けていたらしく、己の無力さを痛感しているのが嫌というほど伝わってくる。
フォルテにも彼らの気持ちは分からなくもなかった。
仕方がなかったとはいえ、屋敷から離れたことで彼女を傷つける結果を招いてしまったことに変わりはない。
だからこそ、フォルテに二人を責める気持ちはなかった。
むしろ、よく身を呈して彼女を守ってくれたとすら思っている。
そしてそれは、二人にカノンの護衛を指示したラルゴも同様のようだった。
「いや、俺も油断していた。その油断が、お前らのことも不用意に危険に晒すことになってしまった」
眉間を揉みながら、ラルゴが腰を上げた。
「悪かった……ともかく無事で良かった」
「いえ、そんな! 我々の落ち度に変わりはありませんから……」
顔をしかめるジュストの肩を掴み、ラルゴはぐっと力を入れた。
「今は眠っているとはいえ、カノン嬢は無事。お前たちも生きてる。どこにお前たちの落ち度がある」
「ですが……!」
「いいんだ! 生きてることを喜んでも! 何も命令のために死ぬことだけが全てじゃないだろう!」
ラルゴの言葉にジュストは歯を軋ませ、悔しさを滲ませた。
その表情は、ラルゴの言葉に感謝したい思いと、それでも自分を責める思いが交錯しているようだった。
ネーヴェ皇国の誇る最大戦力である騎士団。
その栄光の下には幾つもの骸が横たわっている。
そして、常勝無敗の騎士団長と呼び声高いラルゴは、その死を幾度も見送ってきている。
ジュストもそれは分かっていた。
だからこそ、ラルゴの言葉を無碍にすることなどできるはずもない。
彼がどれほど団員を大切にしているかなど、騎士団にいれば誰もが知っていることだった。
ラルゴはジュストの肩から手を離し、椅子に座り直すことなく窓の外へと目を向けた。
「しかし、公爵め……とんだ隠し玉を持っていたもんだ……」
呟くラルゴに、リエートが「あの……」と、声を上げた。
「それなんすけど……あいつ──エンデとか名乗ってたっすけど、自分は公爵のとこの人間じゃないって言ってたっす」
「なに? なら、そのエンデとかいう奴は公爵とは無関係だと?」
「いや……分かんないっす……。ただ、リゾルート公爵のこと、アレ、とか言ってたんすよね。アレももう自分で考えるとかできなくなったって」
リエートは言い終えると俯き、自分の手を見た。
彼もまたジュスト同様に、あるいはジュスト以上に悔しさを感じているのかもしれない。
指を切り落とされ、護衛対象であるカノンに救われた。
騎士であれば、そのことを恥じていても何らおかしくはない。
「それが本当なら、公爵はすでに始末されている可能性すらあるな……。今回の件、想像以上に面倒なことになっているかもしれん」
ラルゴは椅子に音を立てて腰を下ろし、背もたれを軋ませた。
「で、俺はなんで呼ばれたの? 用がないならカノンのとこに戻りたいんだけど」
フォルテは壁にもたれたまま、組んだ腕を指で叩く。
自分の呼ばれた意図が見えてこないことに、フォルテはしびれを切らし始めていた。
カノンは今もまだ目を覚ましていない。そのことが、より一層フォルテに焦りを感じさせている。
彼女が神の力を使えば、こうなることは分かっていた。
だが、知識として把握していたのと、実際に目の当たりにするのとでは訳が違う。
カノンはいずれ目を覚ます。
それが分かっていても、どうしようもなく彼女の傍にいたい。
そう思わずにはいられなかった。
「お前は奴と斬り合ったんだろ? 感触を聞きたい」
ラルゴが指を組んでフォルテへと視線を送る。
「剣の腕はまぁまぁ。ただ、魔法は相当なもんだと思うよ。転移も使ってたし、少なくとも魔力操作の腕はシニストラレベルだと思っていい。ただ──」
フォルテは一度言葉を切って、ジュストとリエートを見遣った。
「二人がやられたっていう謎の力のことは分からない。あいつ、俺には使わなかったし」
「なるほど。だが、エンデは何故お前相手には、その力を使わなかったんだ……? 聞く限り、動きを操る力もあったんだろうに」
「さぁ。俺が行くまでに何回か使ってたみたいだし、回数制限があるのか、一度に使える人間の数に上限があるのか。まぁ、あいつに聞いてみないと分かんないね」
フォルテの分析にラルゴは頷きつつ、小さく唸った。
騎士団の部隊ひとつを難なく捻る実力者が、いまもまだどこかに潜んでいる。
多くの問題を抱える騎士団長にとって、悩みの種が増えたことは言うまでもない。
頭を悩ませるラルゴを横目に、フォルテはエンデが言っていた言葉を思い出し、再び口を開いた。
「そういえば、あいつ俺とは相性が悪いって言ってた」
「どういうことだ、相性って……それもお前とのって……まさか、お前の得意技のこと言ってんのか?」
ラルゴが思いついたようにハッと顔を上げた。
「もしかしたら万能ってわけじゃないのかもよ。これも断言はできないけどね」
再び唸ったラルゴが、乱暴に頭を掻いた。
「ここでいくら言っても情報が足りなさ過ぎる。ただ、カノン嬢はまだ狙われる可能性があるのは確かだ。そうだろ、フォルテ」
「だろうね。またね、って言ってたし」
「というわけだ。カノン嬢の護衛、続けてくれるな? ジュスト、リエート」
そう言ってラルゴはジュストとリエートの二人を交互に見つめた。
二人にかけられた言葉は、本来ならば団長という立場の者が口にするものではないだろう。
指示であるならば、団員の意思を確認するようなことはしないのが普通だ。
だから、それがラルゴなりの気遣いであることはすぐに分かった。
ジュストとリエートも同じく気付いたようで、一瞬だけ顔を見合わせ、すぐにラルゴへと向き直った。
「はい……ッ! 今度こそ、必ず守り抜きます!」
「命に代え……いや、絶対に守ってみせるっす……!」
二人は敬礼し、真剣な眼差しをラルゴに向けた。
ただ、二人に待ったをかけたのはフォルテだった。
「その前に一個だけ確認していい?」
ジュストとリエートが振り向くと、フォルテは組んでいた腕を解いて目に力を入れる。
「二人はカノンの力を見たわけじゃん。特にリエートは指も治してもらってるし。それに、あいつの口ぶりからカノンの正体にも、もう気付いてるよね?」
フォルテは一歩、足を踏み出す。
あいつ──つまりエンデはカノンのことを神擬きと呼んでいた。
それに、襲撃直後にジュストとリエートから聞いたところ、現人神という言葉も使っていたという。
いかに隠そうとも、ジュストとリエートに隠しきることは最早難しかった。
「その上で……お前ら、前と変わらずカノンといられる?」
睨むわけでもなく、フォルテはただじっと二人を見つめ続けた。
カノンは自分が神であることを喜ぶような、ましてや誇るような人間ではない。
そのことはフォルテ自身がよく理解しているつもりだ。
理解しているからこそ、二人にカノンを神扱いさせるわけにはいかない。
フォルテの問いはその一心からのものだった。
「……もちろんっすよ」
最初に答えたのはリエートだった。
彼はぎこちなく口元を緩め、ただ、真っ直ぐにフォルテを見つめ返している。
「あの力が何なのかは分かんねぇっすけど、めちゃくちゃ感謝してるんすよ。おかげで、俺はまだ騎士でいられる」
リエートは利き手である左手を握っては開き、振って見せた。
魔法を使う者にとって、魔法の出力先となる手は生命線だ。
それにリエートは騎士である。
剣を使う必要がある以上、利き手の指を失うことは騎士でなくなることと同義だった。
「それに、俺らの態度のせいでカノンさんが何かを気にするのは違うと思うんで。カノン様、絶対嫌がると思うし」
「私もリエートと同じ思いです。昨夜あったのは、我々が失態を犯した事実のみだと考えております」
リエートに続き、ジュストは迷いなくフォルテの目を見て言い切った。
「カノン様は我々を見捨てることなく、最後の最後まで立ち向かってくださった御方です。そして、我々を救ってくださった。それが全てです」
二人の答えにラルゴが眉尻を下げ、フォルテは目を伏せて口元に弧を描いた。
フォルテが二人をカノンの護衛に指名したのは、当然二人の実力を見込んでのことであった。
ただし、それだけでもなかった。
「そう言うと思ってた。だから二人を選んだわけだし。これからも俺がいない時はカノンのこと、よろしく」
その言葉に表情を和らげたジュストとリエートを見て、フォルテは確かめるように首を縦に振った。
フォルテはラルゴに視線をやるとラルゴも笑みを浮かべ、また頷く。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
「あぁ。朝っぱらから悪かったな。エンデとかいう男のこと、そっちでも何か分かったら教えてくれ」
ニヤリと口端を吊り上げたラルゴに、フォルテは肩を竦めて見せる。
皇帝直属のフォルテが自分の意志で何でもかんでも騎士団に情報を渡すことなどできるはずもない。
ラルゴの表情はそんなこと分かりきった上での言葉だと物語っていた。
だから、フォルテは何も答えずに部屋を後にした。
庁舎の玄関口を出たところで不意に横から呼び止められ、フォルテは足を止めた。
「やっと見つけた」
顔に影を落としたシノが、柱に寄りかかってフォルテを見つめていた。




