第7話『緑茶と茶菓に茶番でおかしいことだらけ』
【作品に関するご注意】
本作品はフィクションです。劇中に登場する人物、団体、名称、宗教法人、および事件はすべて架空のものであり、実在の人物や実在の出来事とは一切関係ありません。
第三の男って映画がある。
オーソン・ウェルズの名作だ。
一つ難点を付けるとテーマ曲が良すぎて中毒性が高すぎる。
それが映画の中で頻繁にその曲が流れることだ。
映画スティングのテーマ曲はその点、ちょうどいい感じがする。
明日に向かって撃てのテーマ曲、正確には二回だけしか流れないが、あれは全くもってキラーソングだ。
中毒性の高い音楽は、着信音に丁度良い。
「あぃ、‥‥わかった。」
佐吉からだ、後10分ぐらいでこの近くのコンビニに着くそうだ。
昨夜、自宅に戻ってから、整備工場での出来事の録音を明け方まで確認していたので、
まだ眠たい。
この抱き枕、「添い寝ちゃん」には未練がある。
未練を無くす方法、それは振り切ることだ。
俺は、添い寝ちゃんを蹴り上げ、眠気を振り切った。
目覚ましアラームでは俺の未練を断ち切れなかったようだ。
自宅マンションのバスルームで、
歯を磨き 、シャワーを浴び、髭を剃り、身体と髪の毛を洗い、身体を拭き、パンツを履いた。
鏡の中の人は、何する人ぞ?
着ていく服を決めるとき、俺はズボンから決める派だ。
その方が上下のコーディネート迷わなくて済む気がする。
チャコールグレーのズボンに決めた。
上はくすんだ白のワイシャツに茶色のジャケットにした。
そういや、昔リーマン時代の先輩社員が言ってたな
「こーでないと」
今日の腕時計はスマートウォッチにした。
なぜって?なんとなく、こうでないと。
ショルダー付きのA4サイズの黒の革鞄の中身をチェックして玄関に向かった所で、
昨日のジャケットをクリーニングに出すことを思い出した。
リビングに戻り、その他クリーニングに出せそうな衣類を、何かの展示会でもらった大きめの紙袋に押し込め、忘れ物がないか確認し、玄関に戻った。
だんだん忘れ物が酷くなるようで怖い。
靴はイギリス製と西ドイツ製が好みだ。
足にフィットし動きやすい。
しかし、自分の好みのメーカーはなぜか手に入りにくくなる一方だ。
外に出ると雨上がりのいい天気だった。
週初めの午前11時過ぎの出勤、自営業者の特権である。
クリーニング屋に寄り、コンビニに行くと、佐吉はすでにいた。
「よぉ」
「おはようござっす」
おはようございます、と言いたいのだろうが、彼は、だいたい語尾を略してくる。
丁度コンビニから出てきたところで、右手と左手にコーヒーを持っていた。
「どうぞ」と左手のコーヒーを渡された。
「ありがとう」
コーヒーを一口すすり、彼の白クラウンの助手席に乗り込んだ。
「時間まだあるので、ランチしていこう」
そう言って店の場所を告げた。
自宅マンションは岩倉と言われる京都市内の北に位置するエリアだ。
京都は盆地なので、この岩倉というエリアは中心街とは2、3℃の温度差がある。
冬だと体感5℃以上の寒さを感じるが、俺は気に入っている。
昨夜、美月を自宅に送ってから、佐吉に今日美月の家に同行することを伝えた。
その際、二、三、釘を刺した。
一つは、昨夜別れてから今日、美月の家に行き、そこを出るまで、誰から電話がかかってきても出ない、チャットもメッセも返信しない。
二つ目は、俺の言うことを聞かないなら何があっても俺は知らない。むしろ俺を敵に回す覚悟でいろ。
三つ目に、「お前はすでに死んでいる。」
お気に入りの店がどんどん観光客によって満員御礼になっていくなか、
この店の空気はまだ開放的だ。
入口扉のカウベル音を聞くと、なぜか安心感が増す。
二人ともランチセットを頼んだ。
「最近、仕事はどうなの?いい話ある?」
彼の話は大体が不動産だ。
まぁブローカーなんで当然なんだが、
彼曰く、東京からのファンド勢力が強くなっており、外国人投資家も含め、
京都の街づくりは彼らが仕切っているようだと言うことだ。
「そうだね、で、儲かっているの?」
彼曰く、いつもクロージングのところで、しくじり先生になっているとのことである。
「便利扱いされてるだけちゃうの?」
彼曰く、「そうかな・・・、そういうことになる」ということである。
「成功しても現金届くまで時間かかるやん。その商売、今時誰も着手金出す人なんかおらんぞ」
彼曰く、そのとおり、とのことである。
話題は移り、互いの知人の話になり、12時が過ぎた。
「さて行こうか」
二人分の現金をテーブルにおき、先に店を出た。
藤原美月の実家は下鴨にある。
老舗会社の社長らが多く住むエリアだ。
まぁ、そうでないところもあるが。
疏水近くの角地にその家はあった。
区画整理された土地ではなく、優に100坪以上はあるようにみえる。
インターホンを鳴らして、佐吉の車をガレージに入れさせてもらい、
正面玄関から中に入っていった。
玄関には折りたたんだ車椅子に何かの医療器具が置いてあった。
線香のにおいがする。
「佐吉、俺が話をする。意見があるときは、声出す前に右手挙手しろよ」
そう言っていると、美月が奥から出てきた。
昨日とは違う紺色に絵柄がついたワンピースの服装だ。
佐吉を見て一瞬たじろいたように見えた。
戸惑いは隠せない。
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」
一階奥のリビングに通された。
途中、玄関横の広間と思われる部屋から人の気配を感じた。
リビングルームは元々和風畳部屋を洋風にリフォームした感じで二十畳はあった。
客慣れしたような部屋で絵画が三点壁に飾られていた。
ソファは茶色の革製で、一人掛け、二人掛け、三人掛けのが一セットずつ置いてあった。
柔らかいクッション系ソファーだったら立って話そうかと思っていたぐらいなので、これは助かった。
柔らかいソファーは寝てしまいそうなのでビジネスでは好きじゃない。
俺は一人掛けのソファに着席した。
佐吉は二人掛けに腰かけ、辺りを物珍しそうに眺めていた。
美月に、お茶を用意する、と言われ待つことになった。
昭和なら、ここでは灰皿が置いてあり、タバコ吸って待っていることがデフォだったような気がする。
令和の今なら、スマホ見てゲームってことかな。
知らんけど。
平成はどうだっけ・・・・・。
しばらくすると「あぁ、あぅ、うぅーー」という嗄れた声が聞えてきた。
それからまたしばらくしてから、美月がお盆に茶菓子をそえたお茶を持ってきた。
見られることに慣れた作法的振る舞いである。
各々のサイドテーブルに茶菓子とお茶が差し出されると、美月が話しだした。
「すいません、母の声が聞えてくると思いますが、気にしないでください」
「大丈夫ですよ。どこかお身体が悪いのですか?」
「はい、若年性認知症と診断されて、それ後、脳梗塞も併発し、今はほぼ一日中寝たきりとなっています」
玄関入って横の広間が、おそらく、母親のいる部屋だろう。
「大変ですね。介護士さんもつきっきりというわけにはいきませんよね」
「はい、でも介護に良い知り合いがいて、恵まれている方だと思います。
施設も考えたのですが、母の事思うと踏み込めなくて」
「そうですか、失礼ですが、ご家族は?」
「兄がいましたが、亡くなりました。今は私と母だけです」
「お父様も大変でしたよね」
「ええ、父はどちらかと言うと仕事一筋であまり家庭を振り返るような人ではありませんでした。
それでも母の容態が変わっていくのは気が気で仕方なかったと思います。
ただ、こういうのってなかなか理解が追いつかず、最初は怒ってばかりいました」
「美月さんの立場からすれば見ているの辛かったでしょうね」
「ええ、私もよく母を問い詰めるような事を言ってて…、
お医者さんに病気と診断されてからは改めるようにしていきましたが、
身内であるとついつい言い過ぎてしまって」
「そんななか、お父様が亡くなられたのはショックですよね」
「はい」
お茶で口の中を湿らした。覚えのあるテイストだ。
美月、佐吉も茶を口にした。
しばらく間を取ってから本題に入っていった。
「昨日の話ですが、実はおかしな事がたくさんありました」
「おかしな」という単語が、美月の気を引いた。
佐吉は相変わらずだ。
「まず、最初の私の事務所での話です。
遺言書を預かるという依頼、そして、どうにかしてほしいという依頼は前代未聞です。
そして、あなたは佐吉の紹介で来たと言った後に、佐吉はどこにいるのかと尋ねました」
俺はゆっくりと佐吉を見た。
佐吉の表情を見ると笑いが込みあげてくるので、できるだけ見る振りだけで無視だ。
「あれは、まるであなたの独演舞台を見せられているようで、現実的にはおかしな話です。
これが一つ目のおかしな事。
この依頼内容が普通ないということは一旦置いておきましょう。
次に、私が引っかかりを覚えたのは、佐吉はどこにいるのか?というあなたの問いかけです。
あの時のあなたは、まるで私が佐吉の居場所を知っているような言いぐさでした」
彼女は、気まずさの欠片も見せるようなことなく、
俺の一言一言を頷きながら注意深く聴いていた。
いや、むしろ自分の気まずさを楽しんでいるようにも見えた。
「私は、佐吉の居場所は知らない、連絡もないと申し上げました」
佐吉は、右手をちょこちょこっと上げようとしていたが、無視して話を続けた。
「するとあなたは考え始めました。
普通に考えれば、佐吉の紹介があるにしろ、あの時点で私が佐吉の場所を知らなければならない理由は、どこにもありません。
それに、佐吉からの連絡がないことも含め、あなたが何か考えを巡らす態度は、私にとっては違和感が残ります。
この短時間での、おかしな依頼と違和感から、あなたには何か企みがあるんだろうってことは、小学生でもわかる事だと思いますよ。
それで、その時点で、あなたにお引き取りを願うことはできました」
少し美月が顔を赤らめているようであった。
まだ期待するほどの感情の揺さぶりには至っていない。
「もしくは、こんな状況、あなたから、引き下がってくれても何もおかしくはないです。
しかし、あなたは引き下がらずに、私の尋問通りに答えてくれました。
ここまでの時点で、私の意図がわかりますか?」
薄い緑の上品な陶器茶碗に淹れられたお茶を啜った。
うん、思い出した、宇治の黄金かりがね茶だ、懐かしさが過ぎる。
少し間があり「いいえ」という返事が聞えた。
「美味しいお茶ですね。
この、お茶請けの琥珀糖も好きなんですよ。
昨夜から、おかしい、ことだらけですね」
小声で「おかしだけに」とつぶやいた。
そういって、竹フォークで琥珀糖を口に放り込み、茶を啜った。
誰も何も言わない。
「私の意図は、あなたは私に対して何か別の依頼を持っているようだったので、それを聞き出すことでした。
その後はあなたが、真っ先にニュースという言葉を前置きをしてからお父様の死について語られました。
警察の事件性なし、遺言書、叔父さんの話、会社等の話です。
私は、即その場でタブレットであなたが言われた事を調べました。
本来であれば、そのままそこで話をして、あなたの別の依頼を聴くつもりでしたが、イレギュラーが発生しました。
佐吉からの電話です。」
佐吉は手を上げなかった。
俺は首を僅かに傾げ佐吉を軽く覗き込んだ。
それでも佐吉は手を上げなかった。
「佐吉からの電話、電話の内容は唐突でした。
唐突というよりも、寝床の人をいきなりバットで殴りつけるような犯罪人の勢いでした。
美月さんも聞いていらしたからわかると思います」
今度は、佐吉の顔が赤面してきているように見えた。
「佐吉はいきなり、遺言書に言及し、美月さんと私が会っていることを断定してきました。」
二人の顔を、美月、佐吉の順番で確かめた。
美月はどこか遠くを見ているような顔であり、佐吉は申し訳なさそうな顔になっている。
「佐吉の電話には脈絡がない。
佐吉が美月さんを今回紹介する際に、どのような話があったのかは私は知りません。
しかし、だからと言って、あの時点で既に私が美月さんと出会い、しかも遺言書を預かっている確実性はありません。
私にだって予定があります。もしかしたら京都にいない可能性もあります。
実際、あの夜の10時過ぎまで美月さんが事務所にいなければ、両者が会うこともないでしょう。
だから、唐突で脈絡のない佐吉の電話の点と、私と美月さんが事務所で会っている点との結びつきは、普通であれば、ありません。
単なる可能性の話です。
にもかかわらず、断定的に佐吉が話してきた理由はどこにあるのでしょうか?
それだけではありません。
あの佐吉の電話内容と一方的に電話を切る不躾な態度の後、
美月さんの顔が強張っているように見えました。
なぜ、美月さんが佐吉の居場所を知りたかったのか?
なぜ、タイミングよくあの時間に佐吉が断定的に美月さんと遺言書の電話をしてきたのか?
なぜ、佐吉の電話後、美月さんの表情が固くなったのか。
どれも偶然かも知れませんね。
しかし、偶然が重なる時は、大体は背後に必然性や確定的な事が潜んでいます。
それで、私はこれらの点を結ぶ線を考えました。
点と点が結ばれ線となりどういう画が描かれるのかということですね。
私にとって、一番肝心なのは、その描かれる画の最も高いリスクを想定し、それに対する安全策を取ることです」
佐吉の顔をみながら、「佐吉さん」と声をかけ様子を伺った。
「手を上げてもいいのよぉ、話してもいいのよぉ」
「すんません」
頭を下げた佐吉の声が響いた。
「佐吉の電話を偶然でなく、必然として見た場合、想定できることは、
佐吉はあの時間に事務所で私と美月さんが会っていることを知っている、もしくは確認しようとしている。
そしてそれは佐吉以外の誰かが関与しているということです」
佐吉は両手で頬をささえ上下に揺らしている。
顔の表情が豊かになる何かのマッサージであろうか。
「佐吉の電話が必然で、私と美月さんとの事務所での会話内容を結びつけます。
そこから描かれるワーストケースはいくらかありますが、いずれにしろ私は自分の取れる最善策を取るしかありません。
そこで、最悪のケースを想定して私は美月さんと事務所をとりあえず出ることにしました。
何が最悪のケースかは、語るのも面倒くさくて野暮なので止めます。
さて、長々と話しましたが、前置きはここまでです。」
第七話『緑茶と茶菓に茶番でおかしいことだらけ』終り
次回最終第八話『真実なんてどうでもいい』
投稿予定日:6月20日、18:00
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