第八話『真実なんてどうでもいい』
【作品に関するご注意】
本作品はフィクションです。劇中に登場する人物、団体、名称、宗教法人、および事件はすべて架空のものであり、実在の人物や実在の出来事とは一切関係ありません。
俺は冷めてきたお茶を飲み干した。
「昨夜の大門自動車整備工場と今私がここにいる理由はビジネスです。
興味本位のゴシップに駆られて、やっていることではありません。
美月さん、昨夜の私に対する依頼内容を言っていただけますか?
美月は、一呼吸置き、遺言書を預かっていただき、叔父の脅迫めいた行動をやめさせる、ことだったと思います」
「急な事だったので紙面による契約書はありませんが、だいたいそういった内容です。
美月さんもその内容で了承しましたよね」
「そうですね、はい」
「ここに預かっている遺言書があります」
鞄の中から預かっている遺言書を取出しテーブルに置いた。
そして、スマホを胸の内ポケットから取り出した。
「大門自動車整備工場での、中のやりとりです」
そう言って、俺はスマホで録音した、自動車整備工内での一連の会話をボリュームマックスで再生し、美月にスマホを手渡した。
彼女はそのスマホを両手で持ち見つめながら会話を聴き、時々耳に持っていき集中した。
思っていたより、鮮明に録音できている。
「佐吉、茶飲まんのか?茶菓子も美味しいよ」
彼は「はい」と言ってお茶をすすり項垂れた。
叔父の隆が大声張り上げたところから、美月の顔の表情が深刻になってきた。
次に俺の張り上げる声が聞えてきた。
美月の手が震えてきているように見える。
「すいません、トイレ借りていいですか?」
「は、はい」
「いや、連れて行ってもらわなくても大丈夫です、大体の場所を教えてもらえばOKです」
トイレは裏庭に続く通路の突き当りのバスルームの横にあった。
見られる範囲のエリアで住まい環境を素早く観察していった。
藤原家がここに住居を構えて何年経つのだろう。
100年は越えるだろ。
小奇麗に掃除は行き届いているようで、生活が荒れてるような感じはなかった。
しかし、モノの配置、整理の仕方がなんとなく生活に疲れた感があった。
整理、整頓、清掃、清潔、それぞれ意味が異なる。
あと一つ何だっけかな・・・・忘れた。
用を済ましてリビングに戻ると、
『ミランダ警告だ』
と言う自分の声が聞えた。
美月の表情がさっきよりは和らいでいるように見えた。
もしかすると、アメリカの刑事モノが好きなのかも知れない。
それにしても、自分の声をこうやって客観的に聞くのは慣れない。
好き嫌いで言えば、嫌いだ。
佐吉が連行されていく。
そして、俺が遺言書と美月への脅しを止めるように、藤原隆に言っている。
表の入口の開錠の音が聞えた。
「これで、いいですか?」
といって、美月からスマホを戻してもらった。
「聞いてもらったとおり、あなたの叔父さんに、美月さんを脅すような事をしない趣旨を進言しました。
よろしいですか?」
「はい」
「あと、この遺言書なのですが、いつまで預かればいいでしょうか?」
美月は答えに困っているようだった。
「私が持っていてもいいのですが、それなら、期限を決めていただきたい。
ただし、預かるなら一日50万円いただきます」
「えっ!?」
「この録音を聞いたのですから、そろそろちゃんと、話してくれても、いいのではないでしょうか?」
美月がほどほどに動揺しているのがわかる。
彼女への感情の揺さぶりは、この位でいいが、感情の切り替えが優秀な女優なので、そろそろ畳み掛けることにした。
「このお茶、宇治のかりがね茶ですよね。私の好きなお茶です。
しかし、茶番は嫌いです。
笑ってもらえなくて結構です。
まず遺言書ですが、司法書士さんから渡された時、それが自筆証書遺言であること、
原本はその司法書士さんが家庭裁判所に送っていること、裁判所から検認通知があり、
そこで原本の中身が開示され確認することを聞いているでしょ。
つまり、最初から、そんなことは知っていた。
しかし、あなたは叔父に遺言書の相談しに行ったとして、その取り扱いのルールについては、叔父に一切、何も話していないでしょう。
その理由は、あなたが叔父を父親の死因に関係していると疑っているからではないですか?
昨夜、今日の付き合いでしかありませんが、
あなたは寡黙で無駄がなく、非常に思慮深い賢い人であると私は思っています。
そんな人が、依頼で『どうしていいかわからない』と言うわけない。
いや、失礼、実際あなたはそう言いました。
・・・・、『どうしていいかわからない』と言う意味は、何か相談したいってことですね。
それで、何かってのは、この録音で私が言ってたとおり、お父さんの死因について調査してほしいことだったのではないですか?」
「あ、ああぅ、、うっぅぅ」という声が玄関広間の方から聞こえてきた。
今度は、美月が項垂れて両手で頭を抑えている、顔の表情は髪の毛で見えない。
「ちょっと、すみません」
そう言って、美月は、声のする方に向かって歩いていった。
佐吉は、目を見開いて九官鳥のように一定のリズムで首を横に振っていた。
しばらくして美月が戻ってきた。
「今日のお昼に介護士さんが来る予定だったのですが、まだ来てなくて・・・・、すみません。
その通りです。
父の死因を調べてほしくて、本当は村市さんに調べてほしくて、会いに行きました。
ただ事が事だけに、村市さんがどういう人かわからなかったので、佐吉さんの紹介の流れで話をしました」
「それだけではないでしょう。
大門自動車整備会社が藤原堂の関係会社だとなぜあなたは知っているのですか?」
「そ、それは・・・」
「身内だから、当然知っています、という回答でもいいですよ。
佐吉、美月さんとどこで知り合ったの?」
「えっ、そっ、それは・‥‥」
「ほぅーーー、それは・‥‥、ですか、
司法書士事務所ではないのかい?」
「はい、司法書士事務所です」
美月が代わりに答えた。
「その前は?」
「えっ!?」
佐吉の反応は本当に分かりやすい。
「佐吉さんとは、司法書士事務所で、偶然ですが、初めてお会いしました。
それは間違いないです」
美月の回答は本当のようなニュアンスだ。
なるほど、ここは、話を進めた方が得策だな。
「なるほど、まぁいいでしょう。
それでは、これで美月さんの昨夜の依頼は任務完了ということで良いですか?」
「そうですね、はい、ありがとうございます」
「では、その報酬を頂く前に、話があります」
「何でしょうか?」
「お父さんの死因調査依頼に関して、私は、100%受けることはありません。
お断りします。
もし、どうしても調査を依頼したいということであれば、良い弁護士さんに正直にお話して、相談した上で決めてください。
それならその依頼を受諾するかも知れません。
次に、このコピーの遺言書の件ですが、私に売ってもらうことはできますでしょうか?
20万円で買取ます。
おそらく、このコピーのコピーも美月さんが取られているので、この内容を失念することはないでしょう」
「は、はい、でもなぜですか?」
「実は、この遺言書コピーをあなたの叔父に渡さないと困る人がいるのです」
佐吉の目は見開き、顔は完全に硬直した。
美月がこの顔を見て何も感づかない訳がない。
「わかりました。ここまでやっていただいて断るのもなんですから」
「では、差引30万円の報酬で結構です」
美月は、「少しお待ちください」と言って、別部屋に移動し、しばらくして戻ってきた。
「お確かめください」と言って、無地の白い大判封筒を渡された。
質感から言って、間違いないだろう。
中身もチラ見しておいた。
「確かに」と言って、その封筒と遺言書コピーを鞄に入れた。
「領収書は必要ですか?」
「大丈夫です」
俺は立ち上がり、無言で会釈した。
「それでは、お邪魔しました」
美月の丁寧な玄関とガレージ門の見送りを貰って、颯爽と佐吉のクラウンでその場から離れた。
「事務所まで」
佐吉にそう言って、目を瞑った。
佐吉は一言も話さなかった。
事務所に入り、白いマグカップに佐吉のコーヒーを淹れ手渡した。
佐吉にはソファに座ってもらい、自分は仕事デスクの椅子に腰を落とした。
「やってくれましたよね、佐吉さん」
「すんません」
「一体、何をやってくれたのか、わかってるのか?」
話しながら、鞄の中から売ってもらった遺言書と現金の入った袋を机に投げ出した。
「面倒に巻き込んだようで、すんません」
「いや、面倒に巻き込まれるのは俺の仕事の日常だ、そんな事じゃない。
そのあり方だ。
それに、前日の電話よく聞けなかった俺の落ち度もあるかも知れんからな。
それと、あの唐突な電話は悪くなかったな、あれで自分の立ち位置を測ることが出来た。
まぁ下手な役者やったけど。
それにしてもだ、良くないね。」
「どのへんですか?」
「あのな、お前がどこの誰とつるもうが、俺の知ったこっちゃない。
そこで、何が起ころうが、どうしようが、基本どうでもいいことや。
しかし、俺を巻き込むならルールってもんがあるやろ、とりあえず仕事になりそうだからって理由だけで何でも良いってわけにはならんやろ。
藤原堂をあの自動車整備工場にくっ付けたんお前やろ。その時から、藤原隆と知り合いやろ。
どれぐらい前からかは知らんけど。
美月のことも前から知っていたやろう。
確かに初めて会って会話したのは司法書士事務所で会ったときかも知れんけどな。
それから、遺言書の事、自動車整備工場にいた連中の誰かに告げてるやろ、多分、土曜日の夕方頃違うか。ただ遺言書がコピーで原本でなく、裁判所とか検認とややこしいことは知らんかったんやろ。
遺言書の件で、誰から、なんぼもらう算段やったか知らんけどな、」
そう言いつつ、デスクの現金封筒から10万円を取出し、遺言書のコピーが入ってる封筒に入れて、佐吉に放り投げた。
「ほら手数料これでいいやろ、
それで約束どおりその遺言書で、いくらやったっけ、60万円やったか?俺のために取り立ててくれるんやろ?」
俺は、にこやかに問い質した。
「えっ、、、」
俺は自分のコーヒーを飲み始めた。
「それから、俺の依頼料金50万円って誰がきめたんや?」
「ギクっ」
「今、インフレやぞ」
「もういいコーヒー飲んだら、ここは無罪釈放で解散。
遺言書については、好きにしたらいい。
金は、無理に回収しなくていい、その代わり貸しにしておく」
「わかりました、すんません」
「最後に忠告や。あの黒服誰か知ってるんか?」
佐吉は何も言わなかった。
「あれ、プロやろ、相当なドミノプレイヤーやな」
「ドミノプレイヤー?」
「うん、ドミノ倒し知ってるやろ、それや。
自分の手前一枚のコマを倒したら、それがどこへどう影響していくかきっちり計算できる男、だから逆算もできる。
わからんかな?
風が吹けばなんとかいうやろ、ああいう筋道を立てることができる人ってこと。
見た感じ相当な切れ者に思う、おそらく佐吉、お前の2倍、いや10倍、もっとか?
わかりやすく言うと、フリーザーぐらいと思ってたらええんちゃうか」
「フリーザーですか?」
「そや、まだ第一形態しか見とらんやろ。多分、ギニュー特戦隊も控えてるな」
佐吉は、30歳ぐらいで機転の利く男。金の匂いにも敏感だ。
営業肌で人見知りもあまりなく取りまとめも上手い。貪欲で地頭も反射神経も良い。
だからこそ、危うい。
それに事故ってのは、慣れてきた頃に一番多く起こるものだ。
俺は何回もその経験をしてきている。
その事については、未だに慣れない。
「俺はどれぐらいですか?」
佐吉が尋ねた。
「ウーロンってのはどう?」
「ウーロン、、、誰やっけ?」
「まぁ、あの黒服さんとは握らん方がいいかな、美月も止めといた方が良い。
なぜか、わかるか?」
「何でですか?」
「握るだけに、手に余る、どうこれ?」
「帰っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
そう言って、佐吉を帰らせた。
遺言書の封筒に入れた金が香典にならなければ良いがな。
真実なんてどうでもいい。所詮人の心の内だ。
俺はただ事実関係を調べるだけだ。
さて、浮気調査の段取りをしますか。
俺はスマホの連絡先電話番号を確認した。
最終話 第八話『真実なんてどうでもいい』終り
第一章「探偵村市の備忘録 〜京の今夜は危なっかしい〜』 完
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