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『探偵村市の備忘録 〜京の今夜は危なっかしい〜』  作者: 七味十辛子
第一章 京の夜は危なっかしい

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第五話『はじめまして村市です。メンチ切ります』

【作品に関するご注意】

本作品はフィクションです。劇中に登場する人物、団体、名称、宗教法人、および事件はすべて架空のものであり、実在の人物や実在の出来事とは一切関係ありません。

京都市南区の上鳥羽周辺、この辺は商業というよりは工業地区に近い。

夜に人影は少なく、野良犬や野良猫が闊歩する方が似合う。

もっとも、この現代に野良犬はあまり見かけないが。


さて、どう入るかこの建物。

建物正面の二階窓上には、大門自動車整備工場と書いてある。

正面シャッターは下りて閉ざされている。

左側にガラス扉の入口があり、人二人分辛うじて通れる広さである。

典型的な町工場の構えだ。


って、入口のインターホン鳴らして入るに決まっているだろう。

馬鹿か俺は・・・・。


入口カメラ2台、カメラの方向からして美月の停めている車は認識できなさそうだ。


インターホンを鳴らした。


「はい」


佐吉でも藤原の声でもない。


「村市です」


インタホーンが切れた。


中から若者二名が出てきた。

一人は扉の鍵を開け、そのまま扉待機。

もう一人は手招きして俺の先頭で案内役。

俺が中に一歩ふみだしてから、カチッと施錠の音がした。

そして、すかさず扉待機の男が俺の後ろに付く。


この前後挟まれた感じ、嫌だねぇ。


事務所は十ニ、三畳といった感じの広さだ。

個別デスク2台に、繋がったデスクが数台に、パソコンが数台おいてある。

各種書類がわんさかとランダムに散りばめられている。

エントロピーの増殖が進行中だ。


整備場に繋がるところに扉はなく、吹き抜けになっていた。


連れていかれたのは整備場の方で、車の前に椅子が人数分置かれていた。


藤原隆はすぐにわかった。

ビリケンさんそっくりの顔と体格。年齢は六十歳過ぎか。

上下の茶系背広姿に身を包んでいるが、はち切れそうなシャツが、どうあがいても背広ボタンがかかることのできない証明となっている。



「初めまして、村市です。」


ビリケンに向かって挨拶をした。


佐吉はビリケンの横の椅子に座っている。

遠慮がちにこちらに目線を送っている。

その後ろに一人黒づくめの男が俯き加減で立っていた。

案内役の若者二人は俺の後ろ両隣に陣取っている。


「藤原や。遺言書持ってきたか?」


「はい、お金は用意できましたか?」


「ホンマご苦労なこって、他人事に口出して来て、金せびりに来るなんて」


俺は、何も言わずビリケンから目線を外さず、その目を見続けた。


「最近はキャッシュレスや、現金持ち歩かんのや、50は今ここには無い。」



沈黙のままビリケンの目を凝視した。



「そんな睨んでもないものはない。佐吉さんに明日渡せばええんやろ、明日やったらそっちに直接渡してもええやろ」


ビリケンへの目線を俺は外さない。

例え、ビリケンが横向こうが、後ろ向こうが、俺の後ろの若者に目線を配ろうが、俺の目線はビリケンの目を射抜き続けるだけだ。


「うっ…、な、何で黙ってるんや、えらいメンチ切りやがって、遺言書は持ってきてるか?」



目線を外さず静かに口火を切った。


「約束破る人に、答える義務はあるんですか?」


「お、お前何言うとんねん、払わへん言うとらへんやろ、今ない言うとるんじゃ、」


後ろの若者にまだ動ごく気配はない。


「佐吉、どういうことやねん」


「村市さん、金は明日俺がちゃんとするから、ここは遺言書渡してくれませんか」


「ふーん、ホンマか、それは約束やな佐吉、ここにいる人全員証人で、ええんか?


それにしても気分悪いな、騙された感じや、一銭も出さないってそれはないやろ、事務所に経理の金庫ないんか?」


ビリケンが立ち上がると同時にまくし立てた。


「お前なめとんのか!優しい言うとったら、調子のりやがって、おらぁ!」


そのビリケンの動きに合わせ、俺は立ち上がり、自分の椅子を引きずってビリケンの左手側に近寄り、その椅子を自分の左側においた。

これで、後ろ二人の動きも視界に入れることができ、椅子で牽制ができる。

そして自分の後ろには誰もいない。


ビリケンの後ろの男が目線で若者に合図を送った。


これまた、先んずれば人を制すだ。

乱闘しにきたのでなければ、ここしかチャンスはないだろ。


「またんかい、ほたえんな、遺言書はここやけど、まず話聞けや!」


寝起きにしては、いい感じの大声が出せた。


「んっ、、んっ、ぐふ」

喉がびっくりしているようだ。


「まず、藤原美月さんの依頼もあって、俺はここに来ている。


依頼できてるってことは美月さんは俺のお客だ。


依頼内容はいくつかあるが、その一つは確かに遺言書のことで、ここにある」


俺はジャケットの胸ポケットから美月から預かった遺言書を取出して見せびらかした後、再び内ポケットに戻した。


「それで、遺言書の話をまず、ビリケンさんに、、、

いや・・藤原隆さんに話しする必要がある言うとるんや、


何も言わずに渡せいうかも知れんが、聞いた方がええこともあるで、


それぐらの時間あるやろ、それで気に入らんのやったら好きにしたらどうや?」


黒男にチラリ目線を入れると、こちらの話に同調するような仕草を見せた。


藤原が面倒くさそうに言葉を吐き捨てた。

「ほなら、聞いたほうがええ話って何や、言うてみいや」


俺は言葉に注意すように心がけ、ゆっくりと静かに話し始めた。


「この遺言書は、まず原本ではなくコピー、自筆証書遺言書です。


この遺言書の内容を正当化するためには、法律で定められた方法を取る必要がある」


「な、、何やそれ?」


「まず、原本を家庭裁判所に遺言書を提出し検認を申し立てる。


申立てを受けた裁判所は法定相続人、相続人に検認日を通知する。

通知を受けた相続人は、検認日に一同裁判所に出向き、

そこで初めて原本の遺言書を開封開示することになる。

そして、そこで遺言書としての存在が証拠保全される。

その後、裁判所に検認済証明書を付与する申請をし、

それが発行されて初めて具体的な遺産相続の手続きができるようになる」


「なんや、長々と話をして、もうちょっと分かりやすく言ってくれや」


「つまり、俺は、遺言書の原本は裁判所にあり、

このコピーを受け取って、焼こうが煮ろうが、墓場に埋めようが、

意味はないよ、と言ってるですよ」


「な、なにぃい?」


ビリケンさんの声のトーンが上がった。


「ああ、意味はありません、これから起こることは、裁判所から相続人に通知が行って、

相続人全員集合して原本の遺言書を見ることになる」


「そしたら、俺はそこで遺言書を見て確かめたらいいってことか?」


「あなたが相続人ならそうなるでしょう」


「俺は弟やで」


「兄弟でも法定相続人になりえますが、子供や孫がいると相続人とはならんでしょう、


藤原さん、弁護士さんに遺言書のことは相談してないのですか?


弁護士さんに聞いたほうがよいでしょう」


「よっしゃ聞くわい、その間、そのコピーってやつを渡せや」


「その前にもう一つ話しておくことがあります」

第五話「はじめまして村市です。メンチ切ります」終り。

次回第六話『ミランダ警告で逮捕、連稿かな?』

投稿予定日:6月18日、18:00


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