第三話 契約オン・ザ・グレンフィディック、ロックで
雨は止んだままだった。
月明りに照らされた濡れたアスファルトは艶めかしいが、今夜はどうやら曇り空のようだ。
「あのー、実は私、今日、佐吉さんに会って・・・」
「今は喋らなくていい、タクシーの中で話を聞く」
街灯に照らされ濡れたアスファルトは、何故か怪しさの方が際立つ。
ライトアップされた八坂神社西門は観光客にとっては艶やかにみえるのだろう。
しかし、地元民にとってはごくろうさんってことだ。
その意味は、一言じゃ言えない。
それが京都って街だ。
タクシーに駆け込んだ。
「運転手さん、すいませんが、適当なところで右に曲がってもらって、四条木屋町の辺で降ろしてくれるかな」
「それで、今日佐吉にいつどこで会ったのですか?」
唐突な動きなのに、美月にはこの不自然さに動揺はなく、それがかえってとても不自然に思えた。
「今日の昼間に電話があって、私叔父の対応に困ってまだ村市さんに連絡取れてないって言ったら、自分は良く村市さんの事知ってるから、先に会って詳しく話を聞かせてほしいって言われました。
それから村市さんに連絡するからその方が事がスムーズに行くから大丈夫だよって。
それで、お昼に東本願寺さんの近くのコーヒーショップで会って詳しく話しました」
タクシーの運転手は、耳学問に長けている。
流行りの店や美味しい処等、行ってもいないところの情報も、客の話の聞きかじりから知ったように言ってきたりしやがる。
今もこうやって、運転に集中しているふりしてこの会話に聞き耳を立てている。
そういうことで、個人的にはタクシーの運転手との会話は嫌いではないが、ここではほどほどだ。
「運転手さん、ごめん、予定変更、四条まで行かなくても、そこの川端通沿いのところで大丈夫やで、悪いな。」
「この辺で?」
「うん、そこ真っ直ぐ行って曲がったところでええよ」
たしか、久しぶりだが、知り合いの店がこの近くにあったことを思い出した。
タクシーを降りて、川端から東に路地裏に入り突抜けたところの店だ。
美月は何の躊躇いもなく俺についてきた。
俺に気があるのか?と勘違いさせるほどに。
引き戸を開けると袋小路の突抜けがあり、その奥の片開きのとこが店だ。
ホント、京都は面倒くさい。
場所の記憶は確かであった。
「やってる?」
入口のドアを開けると中はカウンターだけで、若中年の男性がカウンターに立っていた。
「あら、久しぶりちゃうの、いっちゃん」
「まいど、ええかな、二人?」
この店は一言でいえば、アフターバーである。
なので、まだ時間が早いが、オープンしているなら、内緒話はこの時間がいい。
「グレンフィディック、ロックで。こちらの女性も同じく」
「元気してるの?」
「元気に仕事してるよ」
とい言って、万札一枚をカウンターにすべらした。
彼の名前は・・・・、忘れた。
元どっかのホテルのラウンジでバーテンダーをやっていた。
彼の身のこなしは卒がなく、隙がなく、見てても飽きない。
彼は静かに会釈をし、万札を受け取り仕事に取かった。
「藤原美月さん、話はだいたいわかりました、他に話すことはありますか」
「佐吉さんからは、その時、村市さんの報酬のことも聞きました。
着手金現金決済なら即仕事にとりかかってくれることもあるからと言われたので、
今、50万円現金で持っています」
まったく、ふざけた話だ。
怒りの感情が湧いて来るのがわかる。
「わかりました。その遺言書を預かり、あなたの叔父に会い、あなたを脅すような真似をしないことを進言しましょう。
この遺言状を叔父さんが破棄することも決してありません。
しかし、私が叔父さんに進言した後のことについては責任を持てません。
この条件でよければ、依頼を受けましょう」
「わかりました。お願いします」
なぜ、何も抵抗なせず、これほど素直に同意するのか、ある疑念が確信に近づく。
舐められたもんだな。
彼女はベージュのA4サイズのバッグから先ほどの封筒に入った遺言書と、
現金50万円が入っていると思われる封筒を取り出した。
「遺言書は預かります。現金はまだ持っていてください。
後払いで大丈夫です。
それから、美月さんの住所と電話番号を紙に書いて渡してください」
「SMSで送りましょうか?」
「いや、ここの遺言書の封筒に書いてくれれば大丈夫です」
マスターは気取られくことなく、どこからともなくボールペンを差し出した。
まったく、プロってやつはどこの世界でも最高だな。
「悪気はないんだけど、お名前なんでしたっけ?」
とバーテンダーに尋ねた。
「池谷です」
「いけてるじゃん」
彼女が封筒に住所、電話番号を書いてる間に、グレンフィディックのオンザロック二人分カウンターに並べられた。
口に含み、少し歯茎にしみらせてから喉に通す。
「何これ?20年ものかい?」
「違いますよ、12年ですよ。20年はないでしょ」
「だっけ、じゃあ30年は?」
「ここにはないですよ」
「俺はこれで十分だよ、そうは思わないかい?」
「美味しいお酒ですよね」
「煙草よかったっけ、ここ?」
「はい」
「書きました」と美月は封筒を見せた。
「煙草吸っても大丈夫ですか?」
「はい」
「そのお酒、いけますよ、炭酸あった方がいいかな?」
「このままで大丈夫です」
「マスター、タンブラーで水だけよろしく」
封筒を受け取り、時間を確認した。
夜12時前だ。
「あれっ、煙草、、、、持ってくるの忘れたか、
すいません、美月さん、この先出てぐるっと廻ったところにコンビニあるんで、
アメリカンスピリットのメンソール買ってきてもらえませんか?」
「アメリカンスピリットメンソール・・・」
忘れないように復唱している、頭の良い娘さんだ。
「そう、ライターもよろしく」
「はい」
そう言うと、彼女は外に出ていった。
「さて、かけますか」
俺はそう言って、佐吉に電話をかけた。
第三話 『契約オン・ザ・グレンフィディック、ロックで』終り
次回第四話:『いないいないばぁ、から行きましょう!』
投稿予定日:6月17日、18:00
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