第二話 B案はコーヒーの味を苦くする
「佐吉は、どこにいるのかわかりません」
「えっ」
「それに、誰の紹介にしろ、仕事の依頼で来たのであれば、まず名前を言っていただき、ここにある依頼書チェックシートを記入していただくのがルールです」
俺は一転して口調を強め続けた。
「しかし、佐吉からの連絡がないとはいえ、あなたは佐吉の紹介でここに辿り着いた。夜も夜なので、せめて名前と事情くらいは簡単に聞かせてもらえませんでしょうか?」
そして、口調の語尾を優しくすることを忘れない。
飴と鞭、というやつだ。
雨は上がり、無知な女が残された・・・。
「その依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから判断しましょう」
女は俯き加減に何か考えているようで沈黙した。
「わかりました」
女は軽く頷き話し出した。
「私の名前は、藤原美月です。父は藤原堂の社長です。」
俺はデスクのタブレットを手に取り、藤原堂を検索にかけた。
女は俯き加減になり話を続けた。
「ニュースでも出ていると思いますが、父は貴船川で死んでいるのを発見されました。
警察からは、今のところ事件性はないと聞いています。
葬儀が終わって、父の知り合いの司法書士さんから、父から預かっているという遺言書が手渡されました。
いろいろと書いてあるので正確にはまだ理解してませんが、どうやら私が藤原堂の筆頭株主になるようです。
それで私は父の弟である叔父に相談しにいきました。
叔父は藤原堂の専務で今は会社の運営を全面に任されています。
叔父は遺言書を見て自分が預かっておくと言って私を帰しました。
それから、叔父の態度が急変しました」
俺は軽く咳払いし、
「すいません、話の途中で。あなたの叔父さんが預かった遺言書が、なぜここにあるのですか?」
「それなんですが、取り返しました」
ハイ、ほぼ、B案確定。
俺はコーヒーの味を確かめた。
悪くはないが美味くもない。
「叔父に遺言書を見せて、預かると言われた時、ちょっとおかしいなと思いました。
それで、それで帰る際に叔父が遺言書を書斎のデスクに入れたのを見ました。
その後、叔父が車で出かけたので、戻って叔母に忘れ物したからといって家へ上げてもらい、書斎にこっそりと入り、デスクの引出しの中から遺言書を取り戻しました。」
「それはいつですか?」
「昨日です」
「佐吉とはどういう関係なのですか?」
「佐吉さんは、知り合いの知り合いの・・・・・、知り合いになります」
ここが宴会場なら笑い話のネタになりそうだ。
「ということは、佐吉とは初めて会ったということかな?」
「はい、でも噂では何回か聞いたことがあります」
どんな噂やねん・・・。
「どういう経緯で、佐吉が私を紹介することになったんですか?」
「叔父の家を出た後、私、不安になって遺言書を渡してくれた司法書士さんに会いに行きました。
そしたら、受付で『先生はいない』って言われて、急ぎなんですと言ったら、
奥から女性の方が出てきて、用件を聞かれてました。
遺言書のことで相談があると言ったら、今は時間がないと言われて。
そしたら、たまたま佐吉さんがそこにいて、話聞いてもらえることになったんです。
遺言書の事でいろいろ調べて相談したいことがあると言うと、調べることで急ぎならこの人がいいよって、村市さんを紹介してくれました」
これが、知り合いの知り合いの知り合いの種明かしになるのか、ホント宴会話ならお笑いのツッコミどころ満載だ。
「それはいつですか?」
「昨日の夕方です。いちおう今日も司法書士さんの事務所に行こうとして電話したら、休みだったので・・・・」
なんとなく、点と点がくっついて線になったような、なってないような感じだな。
「それで、その間に叔父から電話が何回もかかってきて、家にもやって来て」
「失礼ですが、今のお住まいは?」
「母と一緒に暮らしています」
「実家でということですね」
「はい。家へはまた叔父が来ると思うと怖くて、それでここに来ました。」
「経緯はだいたいわかりました、ということにします。
それで、肝心のご依頼の件ですが、その遺書を私が預かって、どうにかしてほしいと言われても雲を掴むような話で何もできませんよ。
このままでは、お引き取り願うしか・・」
ブーンというスマホのバイブが鳴り出した。
佐吉からだ。
「失礼」
と言って応答マークをスライドしスピーカーモードに切り替えた。
美月の方に目線をやり人差し指を唇に充てて「シー」っと黙るサインをを送る。
『村市さん、藤原堂の社長の件、遺言書そこにありますか?』
いきなりの直球ストレートをぶつけてきやがった。
それに、いつもと声のトーンが違って張り詰めた感じがする。
奴は一人なのか?
「どうした、いきなり、何の用や?いつから、挨拶もなしに、そんな不躾な男になったのぉ。まぁ、やんちゃ屋さんってとは知ってるけどね」
『細かいことはおいといて、女性のクライエントと会ったでしょ?』
「会ってないよ、女性は毎日のように会ってるけど、お前酔うてるんか?」
『ちょ、ちょっ、ちょい後で、また電話します!』
ツーツーツー‥‥。
一方的に切りやがったな。
美月の顔が引き攣っているように見えた。
さて・・・、B案確定の場合の最善手というと・・・・。
「藤原美月さんだっけ、ここまで何できたの?」
「タクシーを拾って近くまで来て、そこから歩いてきました」
「そっか、じゃぁ、タクシーアプリで十五分後、八坂神社の西楼門、四条通南行で呼んでくれないか。行きましょう。」
「はっ、はい?」
窓越しのカーテンの隙間から事務所の外、入口付近を盗み見た。
この町の夜に全く溶け込めない様子で佇む男性一人が目についた。
「とりあえず行きましょう、道中話を聞きます」
部屋の電気は消さずにドアに鍵をかけ、非常階段を使い裏口から外に出た。
第二話「B案はコーヒーの味を苦くする」終り。
次回第二話『契約オン・ザ・グレンフィディック、ロックで』
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