第一話 『警告のB案』
【作品に関するご注意】
本作品はフィクションです。劇中に登場する人物、団体、名称、宗教法人、および事件はすべて架空のものであり、実在の人物や実在の出来事とは一切関係ありません。
八坂神社の夜は今夜も見映えている。
というか、今宵の八坂神社も、と言った方が正しい。
俺のガキんちょの頃はもっと闇夜に紛れて怪しげな所だった。いつからこうなった・・・・・?
俺の名は村市弘、男性、42歳、独身。
年を追うごとに昔を思い出すおっさんだ。
今、少し酔っていることを、私は自覚しています。
職業は探偵その他。東山安井の辺に事務所がある。
今は夜の10時過ぎで八坂神社を通りすぎ、トボトボと事務所に向かって歩いてる。
実は、今日夕方、ちょっと外に出て、すぐ戻る予定だったんだが、祇園のママに出会った。
「いっちゃん!メシ行く?」
人の間合いを一瞬で消すママのうなじ、そしてこの寸鉄の言。
俺は抗う術もなくメシに行くことになる。
そうなるとプロトコールの発動で当然ママの店に連行となる。
まだ仕事が残っているからと、振り切って店を出た時は夜の10時を過ぎていた。
雨は上がり、歩いている帰る途中で、傘を持ってないことに気付いた。
メシ屋かママの店か、取りに戻るのも面倒くさい。
また今度でいいか。
ということで、トボトボ歩いている。
この時間帯のこの辺りのカップルのほとんどは夫婦でも彼女彼氏でもない。
なぜわかるのか?俺から言わせればわからない方がおかしい。
人は隠したいことは考えないようにするものだ。
それが他人事でも。
だが俺の生業はその逆だ。
例えば、今すれ違った中年カップルなんか判で推したような典型だろう。
女は100%チーママ、男は中小企業の部長クラス、営業畑で最近部長になったばかりだろ、地元の会社だ。
結婚して子供は女子二人ってとこかな。
それから・・・、なぜわかるって?これは職業病だな・・・。
忘れよう。
六月の京都。
この時期は好きだ。
梅雨でジメジメして嫌いって奴も多いと思うが、この後の夏にくらべれば、こんなに過ごしやすい温度感はない。
湿度が高いとかいうのも全然気にならない。
低いよりましだ。それに雨ってのは情緒がある、いろいろと。
事務所に着いた。正確には事務所の前に着いた。
この辺りはまだ町家風の建物や古風なコンクリート建物ごちゃついておいるが、最近はご他聞に漏れず空地、空き家が多くなってきた。
この先どういった町風情になるだろうか。
事務所はこのコンクリート建物内の横階段を上がったところの二階にある。
が、何かがおかしい。
明かりがついている。誰かいそうな雰囲気だ。
そういや、ドアの鍵、掛けてなかったか。
近くの用事で直ぐ戻る気でいたので施錠ずに外に出たんだ。
ママとの遭遇で記憶がソーロングになってしまった。
まっ、いいか。
誰かがいることを見越して、「ただいまぁー」と言って二階の事務所の扉を開けると、
素晴らしい反応速度でソファに座っていた女が立ち上がった。
「あっ、はい、、おかえりなさい」
女は気まずそうに視線を泳がせる。
「すいません、ドアが開いたので勝手に中に入ってしまって、外は雨まだ降っています?、どうしましょう・・・」
「ご用件は?」
見た感じ女の年齢は30歳前後、身長は162cmといったとこか。
淡いブラウン系のワンピース、髪の長さはセミロング、髪の毛は染めているが、何ていうんだ、グレー系かよくわからん。
香水の匂いはしない、清潔感がある出で立ちだ。
「ええっと、紹介で来ました」
「誰の?」
「佐吉さん」
佐吉か、そういや昨夜電話があったか、こちらは取り込み中で適当に会話して後で「電話してこい。」と言ったきりだったな。
まったく、昔のことは思い出すのに、最近の事は忘れがちだ、どうなってるんだ。
「それで、ご用件は?」
さっきよりは、トーンダウンし優しく尋ねた。自分基準での話だが。
女は、ライトグレーのバッグからA4サイズの封筒を取り出した。
「これ、預かってほしいんです」
「これは何ですか?」
「遺書です」
女は右手で掴んだその茶色の封筒を恨めしそうにそしてどこか愛着があるように睨め付けていた。
厄介事であることは間違いないようだ。
「コーヒー飲みますか?」
「はい」
「じゃぁ、そこのソファにもっかい座って待っててください。淹れてきます」
好きなコーヒーの種類はと尋ねられれば、ブルーマウンテンと無難に言う。
ブルーマウンテンをメリタでさらっと淹れるのが好みだ。
けれど、事務所にあるのは、キューバ産の豆。それをペーパーフィルターで淹れている。
理由はビジネスは費用対効果が基本だからだ。
ステンレス製ケトルで湯を沸かしている間、昨夜の佐吉との会話を思い出そうとしたが思い出せない。
こういう場合は思い出すことに固執しない方が良い。
なぜ、佐吉は俺に電話をしてきたのかを考えればいい。
斉藤佐吉、30歳、男性。出身は大阪ということだが詳しいことは知らない。
佐吉は一言でいうとブローカーだ。
営業代理人みたいなことを行い、俺のエージェント役をこなすこともある。
佐吉とはたまたま木屋町のガールズバーで出会った。
話の流れで何人かの客を紹介された。
それからの仕事関係の間柄だ。
個人的な付き合いの関係はない。
全くないとは言えないが、昨夜の感じからするとほぼ仕事がらみだ。
電話してこいと確かに俺は言った。
それは覚えている。
しかし奴は電話してこなかった。なぜ?
A.忘れてしまった。
B.電話しようとしたが出来なくなった。
C.忘れてないが、電話するほどの重要性がなくなった。
D.その他。
この場合B案でないことを祈った方がよさそうだ。
黒のマグカップを自分用に、茶色のマグカップを彼女用にコーヒーをいれた。
清水焼の来客用のカップもあるが、彼女の登場の仕方はこちらの方が似合っている。
まだお客でもないのだから。
ソファーの前のテーブルに、右手で握っていた茶色のマグカップを無造作に彼女の前に置いた。
「ブラックでOKですか?」
「はい」
俺は仕事デスクの横にある腰かけに座り左手で握っていたマグカップでコーヒーを飲んだ。出来は悪くない。酔いが残っている自分には染みる美味さだ。
「それで、もう少し詳しく話してもらえると有難いのですが?」
「この遺書は私の父親の遺書で、それを預かってもらって、どうにかしてほしいんです」
どうにかしてくれって依頼はどういうことなんだ?
どうにでもしてくれってことか、冷やかしなら帰ってもらうぞ。
佐吉のやつどういうつもりだ。
「それは、大変ですね、お嬢さん。
ところで、お名前は何て言われるでしょうか?、
先ほど佐吉からの紹介と聞きましたが、実は佐吉からはまだ何も聞いていないのですよ」
「あああ、そうなんですね・・・・・」
しばし沈黙が流れた。
このままお引き取りを願うコースでもいいのだが、帰ろうとする気配は女にはない。
自分の淹れたこのコーヒーの味を確かめた。
うん、美味い。
「コーヒーをどうぞ、美味しいですよ、冷めないうちに」
「はい」
女はそういうと茶色のマグカップに手を伸ばし、右手でカップの取っ手を、左手の平でカップの底を支えるようにして口元に近づけていった。
「美味しい」と女は言った。
「あたし本当のこと言うと、どうしていいかわからないのです。
佐吉さんは今どこにおられるのですか?」
今時でない作法、「どうしていいかわからない」、と言った言葉、
これは、B案の気配がぷんぷんしてくる。
コーヒーの味が若干苦くなってきてるような気がした。




