第二十三話 「名前」
第二十四話です。
今回は、
”名前を呼ぶこと”
を意識して書いていました。
名前って、
ただの文字なのに、
呼んだ瞬間に急に”存在”になる感じがしますよね。
教室のモニターが消えたあとも、
誰も動けなかった。
夕方の教室。
窓の外の赤い空。
静まり返った空気。
佐伯ナギは、
まだ青ざめたまま、
スマホを握っている。
レンが小さく聞く。
「......誰なんだよ」
ナギは答えない。
代わりに。
ゆっくり、
窓際の席を見た。
三年前。
ミナが座っていた場所。
そして。
その後ろ。
”削除された五人目”がいた席。
ナギが震える声で呟く。
「......思い出したくなかった」
教室の空気が、
少しだけ重くなる。
黒川ユウトが眉をひそめる。
「佐伯」
ナギは俯いたまま続ける。
「私、最後に聞いた」
「何を」
ナギの喉が小さく震える。
「......助けてって」
レンの背筋が冷える。
遠くで蝉が鳴いている。
「でも、動けなかった」
その言葉だけで、
レンは全部を理解してしまった。
夜。
レンは一人で、
三年前の写真フォルダを見返していた。
五人で撮った写真。
ノイズだらけの顔。
削除された記録。
でも。
今日は少し違った。
見るたびに、
輪郭がはっきりしてきている。
短い髪。
男子制服。
笑っている口元。
「......誰だ」
レンが呟いた瞬間。
スマホ画面が暗転した。
ザーッーー
ノイズ。
その奥から、
ビデオ映像が立ち上がる。
夜の海。
ブレる画面。
荒い息遣い。
誰かが走っている。
そして。
『レン!!』
聞き覚えのある声。
ミナだった。
映像の向こうで、
ミナが泣きそうな顔をしている。
『お願い、探して!!』
レンの呼吸が止まる。
ミナの後ろ。
暗い海。
防波堤。
そこに。
誰かが立っていた。
ノイズ混じりの人影。
でも。
今までより、
はっきり見える。
その人物が、
ゆっくり口を開く。
『......なんで』
低い声。
男の声。
その瞬間。
レンの頭の奥に、
一気に記憶が流れ込んできた。
夜の海。
五人。
笑い声。
そして。
一人の男子が、
海へ落ちる瞬間。
「ーーッ!!」
レンは息を呑む。
その時。
映像の中のミナが、
レンへ向かって叫んだ。
『名前、思い出して!!』
ブツッーー
映像が切れる。
直後。
スマホへ通知。
タグ付け候補が見つかりました。
レンの指が止まる。
恐る恐る開く。
そこには、
ぼやけた顔認識画面。
ノイズだらけの男子。
その下に、
文字tが浮かび上がる。
候補:???
文字化け。
でも。
一瞬だけ、
名前の最初の文字が見えた。
「し」
レンの心臓が大きく跳ねる。
翌日。
レンは急いで学校へ向かっていた。
教室へ入る。
ユウトとナギが、
既に待っていた。
レンは息を切らしながら言う。
「思い出したかもしれない」
二人の空気が変わる。
レンはスマホ画面を見せた。
顔認識。
タグ候補。
文字化け。
そして。
最初の一文字。
「し」
その瞬間。
ナギの表情が凍るついた。
「......うそ」
レンが顔を上げる。
ナギの目には、
涙が滲んでいた。
そして。
震える声で、
その名前を言いかける。
「し......」
その瞬間。
教室中のスマホが、
一斉に震えた。
ブブブブッ!!
全員の画面へ、
同じ通知。
このユーザー名は使用できません
教室の後方。
カタン。
椅子が、
ひとりでに揺れた。
読んだくださってありがとうございました。
今回は、
”名前を思い出す瞬間”
を強めに書いていました。
名前って、
思い出した瞬間に急にその人の存在感が戻る感じ
ありますよね。
あと、
誰もいない席が軋む音、
かなり好きです。




