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元プロゲーマー、VRで銃が当たらないので投げナイフだけで無双します。  作者: 那須 儒一


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8話 肉じゃが

——少しずつ、日が長くなった。

カーテンの隙間から西日が差し込んでいる。


配信者になってから、完全に昼夜逆転してんな。


寝起きの体を起こすために、軽く背伸びをする。


ピーンポーン——古びた室内に、かすれたベルが鳴り響く。


「泉さーん。いらっしゃいますか?」


この声——アカリか。


軽く寝癖を整えて、玄関の扉を開ける。


目の前には、ワンサイズ大きい、部屋着のパーカーを着た彼女が立っていた。


——可愛い!


「どうされました?」

できる限り平静を装って、尋ねた。


「これ、作りすぎたんで……よかったらどうぞ」


彼女は、花柄の風呂敷に包まれた四角い何かを手渡してきた。


「あ、ありがとうございます!」

突然、どうしたんだ?


「そ、それでは……」

彼女は顔を伏せ、足早に去ろうとする。


「そう言えば、まだお名前聞いていませんでしたよね?」


犬柴アカリは彼女のV体の名前。

本名を俺はまだ知らなかった。


「あっそっか。

私、加藤かとうまいです」


それだけ言い残し、彼女は部屋に入っていった。


加藤……舞……。

噛みしめるように、彼女の名前を反芻する。


部屋に戻り、風呂敷をほどくと、

中からタッパーに入った、肉じゃがが出てきた。


まだ、ほんのり温かい。


§


さっそく、レトルトの白米をレンチンして、肉じゃがを口に運ぶ。


「うん……少し塩っぱいし、焦げてんな……」

でも、どこか懐かしい味がした。


……ぐ、ぐすっ……。

自然と涙が溢れてきた。


久しく触れていなかった人の温もり……

気づけば全て食べきっていた。


§


翌日も、犬柴アカリとコラボ配信をしていた。

ただの雑談配信だけど、彼女と話すことに、だいぶ慣れてきた。


最近のノイズキャンセルは優秀で、ヘッドセットやVRをつけていることもあり、配信中であれば、犬柴アカリに、俺が霧雨レイだとはバレていなかった。


「うちのリスナーさんから、

レイちゃんは、お料理とかするの?

って、質問きてるよ!」


「ん?

料理か……電子レンジの扱いなら任せてくれ!」


「確かに、レイちゃん……料理しなさそう……」


イメージ通り

レイちゃんの手料理食べたい!

カツ丼を所望する

こんばんわ

アカリちゃんは料理してそう


リスナーからのコメントが飛び交う。


「悪かったな。イメージ通りヘタで……」


「べ、別にそんなこと言ってないよ。

今度、二人でお料理動画とか撮りたいね!」


犬柴アカリが、両手を振り必死にフォローする。


「そう言えば、アカリはこの前、“肉じゃが”作ってくれたよな。作り方、俺にも教えてくれよ!」


何気ない会話……そのはずだった。


「えっ……肉じゃが……

どうして知っているの?」


「あっ……それは……」

ついつい、リアルの俺と混同してしまった。

霧雨レイは肉じゃがのことなんて知らない。


気まずい雰囲気が流れる。


次の瞬間、アカリとの回線が切断された。


「アカリ……機材の調子が悪いって、メールが来てるわ。

キリもいいし、ここらへんで今日は配信終わるか。

みんな、またな——」


ひとまず配信を終了させた。


加藤さん……。


俺は、洗って乾かしていたタッパーと風呂敷を持ち、部屋を出た。


——こうなったら、打ち明けるしかないよな。

いずれはバレることだ。


それなら、犬柴アカリ——いや、加藤さんだけにも俺の正体が霧雨レイなんだと……伝えなきゃ。


彼女の部屋の前でインターホンを押す。


少し、物音がして、重々しい玄関の扉がゆっくりと開かれる。


彼女は伏し目で、前髪が少し乱れていた。


「泉さん……」


加藤さんの言葉は力なかった。


「肉じゃが、ありがとう……おいしかったよ!」


できるだけ、笑顔で、

タッパーと畳まれた風呂敷を手渡した。


いや、そんなことを言いに来たんじゃない。


「泉さんって……霧雨レイちゃん——」

「そうだ……」


「やっぱり……こんなことなら、肉じゃがなんてあげなきゃよかった。

浮かれてた私が、バカみたい……」


彼女は泣いていた——。


「ごめん……」


「……帰ってください」


冷たくそう言われ、玄関の扉は閉められた。


彼女のおかげで立ち直れたのに、俺は加藤さんを泣かせてしまった。


そりゃそうだよな。

泉海人としても、霧雨レイとしても、彼女を裏切ってしまった。


部屋に戻ると、隣からすすり泣く声が響く。


なんとなく、部屋にいづらくなり俺は外に出た。

一瞬だけ、隣人の部屋に目が向く。


頭を振り、アパートの階段を降りる。


一階の廊下で、見慣れない少女がいた。

紫色のサイドテール。深く被った帽子。


そして、彼女の足元には、大きな段ボールがいくつも積まれていた。

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