エンディング 岬編
真っ暗な部屋をスマホの画面の灯りだけが、
薄明るく照らしていた。
「泉先輩! 久しぶりっすね!
どしたんすか?」
一年経っても岬は変わらない。
「岬……その……久しぶり。
ご飯でもどうかなって……」
「あ! さては、舞先輩に振られたんすね!
それでキープ枠のウチを……って冗談すよ。
今夜とか空いてるっすけど、どうすか?」
「ああ、俺も丁度落ち着いたとこなんだ」
なんで自分でも岬に連絡を取ったのか分からなかった。
――でも、彼女と会えない一年間、心に穴が空いたみたいだった。
§
日は沈み、岬がアパートを訪ねてきた。
大人びたジャケットスタイルで以前よりも、露出が減っていた。
「って……なんで俺ん家なんだよ……外で外食でもよかったんだぞ?」
「泉先輩、女性を入れたらまずいことでもあるんすか? もしかしたら、彼女がいたりして……」
「彼女がいたらいいんだけどなあ」
「舞先輩や楓先輩とは連絡とってないんすか?」
「あってないな。
なんとなく岬の声が聞きたくなってな」
「へー、ふーん。そっすか」
岬は鍋を用意しながらなぜか目を合わせてくれなかった。
「何作るんだ?」
「今日はおでんっす!
泉先輩の冷えた心を温めようと思って!」
「三月におでん……?」
「なんか文句あるっすか?
ウチ、帰りますよ?」
「岬、帰らないでくれ……俺にはお前が必要なんだ」
「ちょっ、真顔でそんなこと言わないでくださいよ!」
岬は鍋に出汁と具材を入れ、カセットコンロで煮込み出した。
「泉先輩、おでんの具は何が好きっすか?」
「俺は大根かな。岬は?」
「ウチはがんもっす!」
「なかなか渋いね、お酒は何飲む?」
「うーん、レモンサワーがいいっす!」
何気ない会話なのに心地良い。
今、わかった。俺はたぶん……岬が好きなんだ。
――でも、今更それを言葉にはできないよな。
「泉先輩、大丈夫っすか?
暗い顔して……やっぱりウチじゃ退屈っすよね」
岬もつられて表情が陰る。
「岬……」
俺は思わず彼女の手を取った。
「ど、どうしたんすか……」
「俺……岬のことが好きだ……」
「え……好きって、LOVEってことっすか?」
「ああ、愛している」
岬の表情が一層曇った。
「あの……ウチ、彼氏がいるんすよ……」
「そ、そうなのか……俺、焦るあまり肝心なことを確認してなかった……」
そうだよな。一年も経ったんだ。
彼氏がいてもおかしくないよな。
そこからは、おでんの味も熱も、何も感じなかった。
岬の話す言葉も頭に入ってこなかった。
気づけば一人で部屋の片付けをしていた。
くそっ、彼氏がいるのに男の家に上がるなよ。
少しだけ愚痴ってみたが、もしかしたら男とすら認識されてなかったのかもしれない。
§
四月に入り、慌ただしい日々が過ぎていった。
慣れない経営に四苦八苦していた。
「ふぅー、もうこんな時間か……」
腕時計の時刻は既にニ十一時を指していた。
今日はこれくらいにして帰るか。
あれだけ賑やかだった日々が懐かしい。
一人でいるとついつい弱気になる。
俺って女々しいよな。
気づけば、クリスマスに岬に連れられてきた展望台にいた。
夜景に照らされた街並みがやけに眩しく見える。
そこに見覚えのある女性が立っていた。
岬……?
――彼女は泣いていた。
俺は居ても立ってもいられず車を降りた。
「お嬢さん、こんな時間にお一人でどうされました?」
彼女は俺の声に振り向いた。
「泉先輩……!」
岬が胸に飛び込んできた。
彼女は何も言わずに、ただただ泣いている。
俺も何も聞かず、頭を撫でた。
彼女の体温を抱きしめたくなったが……止めた。
岬が泣き止むと車に乗せた。
「歩いてきたの?」
岬は首を横に振る。
駐車場をみるが、岬のバイクらしきものは停まっていない。
「とにかく、家まで送るよ」
岬は静かに頷いた。
街明かりが流れるように過ぎてゆく。
彼女はうつむいたままだった。
アスファルトを走るタイヤの音だけが鳴り響いていた。
「岬、着いたぞ」
岬はなぜか降りようとしない。
「降りないのか?」
岬は黙って頷く。
「ったく、しようがないな。
どこに行きますか、お嬢さん?」
岬の反応はない。
これは、どこかに連れて行けってことか?
俺はとりあえず、夜の海へ車を走らせた。
その道中も彼女が口を開くことはなかった。
「岬に着いたぞ!」
彼女の名前の岬と、
広辞苑にて“山や陸地が海または湖水の中に突き出たところ”を意味する岬をかけてみたが、
俺の渾身のダジャレはスルーされてしまった。
ふぅ、夜風がいつも以上に冷たく感じる。
車から降りて海を眺めていると――車のドアが開き、岬が降りてきた。
「ウチ、どうして男運ないんっすかね?」
「……バカ言え、ここにいい男がいるだろ?」
「はぁ…」
渾身のボケをため息で返される。
「やっぱ、男運ないっす……泉先輩は、何があったが聞かないんすか?」
「話したいのか?」
「話したいっす!」
めんどくさいやつだ……でも、そんなところが好きなのかもしれない。
「どしたん、話聞こか?」
「クズ男構文は嫌っすよ」
岬は笑っていた。
「彼氏と夜景をみてたんすけど……知らない女に絡まれたっす」
「そうか……」
「彼氏……二股してたみたいっす。
それで、ウチを指さして、こいつとは遊びだからって……絡んできた女と車で帰ったんすよね……」
「それで、あんなとこに置いていかれたのか?
そいつ俺の投げナイフで刺していいか?」
むちゃくちゃな話しだ。
「ふっ、泉先輩は変わらないっすね。
それに、さっきの岬ギャグはめっちゃ寒かったっすよ……」
「おい、聞いてたなら反応してくれよ。
まるで俺が滑ったみたいじゃん」
「いや、滑ってたすよ」
岬は、ジャケットの袖で手を隠し、指先を温めるように息を吹きかけていた。
俺は岬の手を取る。
彼女の指先は冷えていた。
「そうやって、弱ってる女の子をお持ち帰りしようって魂胆っすね」
「ああ、そういう魂胆だ」
「ちょっ、そこは嘘でも否定してくださいっす。
でも……今なら割引で持ち帰れるっすよ」
無理に笑う岬の唇にキスをした。
「ん……」
岬は抵抗はしなかった。
§
二人で俺の家に帰り、狭いアパートで寄り添うように寝た。
――手は出さなかった。弱っているところに付け込むのは、なんか違った気がした。
……というか、そんな勇気もなかった。
目覚ましが鳴り目が覚めた。
……朝の8時か……今日は昼から会議があったっけ。
岬の手が俺を離してくれない。
「泉先輩……今なら彼女になってあげてもいいっすよ」
「なんか、上からだな?」
「泉先輩がいなくなって……寂しかったっす。
それで、あいつと付き合って……」
「岬……」
俺は彼女の頭を撫でてやる。
「なんか、閉まらないけど、よろしくな」
「はいっす!」
§
交際を開始してあっという間に月日が流れた。
「父さん、帰ったらNFしようぜ!」
俺に似た息子が、玄関先で叫んでいる。
「おう! ただし、宿題が終わってからな!」
「ちぇ、わかったよ!」
中学生になった長男の賢一は勢いよく玄関を開け、学校へ向かった。
俺も慌てて玄関先で靴を履く。
「ダーリン!
いってらっしゃいのキスを忘れてるわよ!」
ったく、嬉しいけどいい加減恥ずかしくなってきた。
岬の唇にキスをしようとすると――ドンッ!
俺たちを遮るように、小学六年生の長女が間を通る。
「おい、柚葉……」
「ふんっだ。ママにパパは渡さないんだから!」
岬に似て跳ねっ返りの強い柚葉はなぜか、岬をライバル視している。
「いいや、ダーリンはウチのモノっす!」
「おい……小学生相手に張り合うなよ……」
「な、なんすか!
海人さんは柚葉の方が好きっていうんすか!」
小学生の娘に本気で嫉妬する親がどこにいるんだよ。
「ママみたいな、年増よりピチピチの小学生の方がパパもいいわよね?」
「なんだよ、ピチピチの小学生って……」
ったく、朝から騒がしい。
岬の思い描いてた家庭になったかはわからない。
一つ言えるのは、少なくとも俺は幸せだった。




