73話 後日談②
翌日――柴田邸もとい、茜ちゃんの家に最後の荷物の回収に向かう。
「海人くん……おかえり!」
楓が珍しく出迎えてくれる。
「どうしたんだ?」
「最後に、私の手料理を振る舞わせてよ!」
「あ、ああ……ありがたいけど……いいのか?」
「VTuberを辞めたら急に他人行儀になったじゃない……私たちその程度の関係だったの?」
「……その程度の関係だと思うぞ」
「あーあ、海人くんの大好きなオムライスを作ろうと思ったのになあ……そんな態度じゃ、卵かけご飯になるかもなあ」
楓は腕を後ろに組み、わざとらしく顔を逸らしてみせる。
「わかった。俺が、悪かったって、楓のオムライスが、どうしても食べたいんだ!」
「ふふ、分かればよろしい!
大盛りで作ってあげるね!」
楓は以前よりもかなり気さくに話すようになった。
自分を演じてた頃の楓より、ずっと素直で可愛い。
……彼女の料理を食べられなくなるのは少し寂しいが……。
§
「おまちどうさま!」
テーブルの上に大皿でオムライスが乗せられる。
とろとろの卵の上に濃厚なデミグラスソースがかかっていて、湯気とともに深みのある匂いが食欲をそそる。
「うまそう! いっただきま〜す!」
スプーンを片手に口いっぱい頬張る。
「う、うまい!」
口の中でふわふわの卵とデミグラスソースが絡み合い、口の中でチキンライスとともに広がっていく。
「海人くん……私のご飯が食べたくなったら、いつでも遊びに来ていいからね……」
そんなこと言われたら、毎日だって通いたくなる。
「楓……ありがとな……」
「うん!男は胃袋で掴めって……結花さんが言ってたから!」
「ははは……俺はとっくの昔に、楓に掴まれているよ……」
大盛りのオムライスが無くなるまで、二人で言葉を交わした。
「じゃあね……お皿洗っておくから!」
「あ、ああ……」
目の前の楓は、あっさりとした、別れの言葉を残し――お皿を台所へと運んでいく。
去り際に耳元に楓の息がかかる――
「大好きだよ……」
彼女は、鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。
……ったく、こいつは最後まで……
心を揺らしてきやがって……。
§
離れの部屋はがらんとしていた。
荷物の無くなった部屋は、いつも以上に寂しく見える。
部屋の隅に最後の段ボールがぽつんと置かれていた。
……こいつを運び出したら、終わりか。
「泉先輩……手伝うっすよ!」
「おっ、気が利く後輩A!」
「誰がAっすか……って、相変わらずっすね」
岬がため息をつきながら、段ボールを一緒に抱えてくれる。
抱える際に、岬の指先に手が触れる。
座席を倒した車のトランクに荷物を積み込む。
「よしっ! 岬――ありがとな!」
「はいっす!
よかったっすね、モブの後輩Aが手伝ってくれて!」
「なんだ、気にしてたのか?」
「はい! 気にしてるっす!」
岬は満面の笑みを俺に向ける。
「そこまでストレートに言われると、悪いことをした気になるな」
「そう思うなら、ウチが寂しくなったら……また、会いに来てくださいね……」
微笑む岬の目尻から、涙が落ちる。
「あっ……あれ……どうして……」
岬は困惑していた。
「ごめんなさいっす……最後は泉先輩を笑って送り出そうって……うっ……うぅ……」
目尻を抑えれば抑えるほど、受け止めきれなくなった涙が溢れてきた。
「岬……」
彼女の跳ねた金髪を優しく撫でる。
言葉を交わさない代わりに、彼女が泣き止むまでそばにいた。
「申し訳ないっす、引き止めてしまって」
「いいんだよ。可愛い後輩のためだ。
いつまでも、そばにいてやるよ」
「ふ、そういう台詞が、女を泣かせるんすよ」
「そしたら、泣き止むまでここにいるから」
「はは、なら毎日泣くっすね!」
最後に彼女の頭を軽く撫で、俺は運転席に乗り込んだ。
バックミラー越しの岬が小さくなる。
彼女は見えなくなるまで、こちらを見ていた。
§
茜ちゃんと、舞ちゃんには結局会えなかったな。
車を走らせながら、後ろ髪を引っ張られる思いに駆られる。
「ここで、戻るってのもな……締まらないしなあ」
「何が……しまらないの?」
「ああ……かっこよく別れたのに、また戻るってのもかっこ悪いじゃん?」
……って、あれ?
俺、今誰と喋ったんだ?
バックミラー越しに後部座席を見ると――そこには、茜ちゃんがちょこんと座っていた。
「う、うわぁ!?」
突然の出来事に、ハンドル操作を誤りそうになる。
俺は、慌てて脇道に車を停めた。
「茜ちゃん……いつの間に、乗っていたんだ?」
「泉が……岬を泣かしていたとき!」
「いや、泣かしてないってば……」
この子は、音もなく車に乗り込んで……俺よりフロッグ使いに向いているんじゃないか?
「どうしたんだ?」
「泉は……強引に押せって……結花さんが……」
「あの人は……まったく……」
変なことばかり吹き込んで……。
「それで……家まで……送ればいいのか?」
「……帰りたくないなー」
茜ちゃんらしからぬ言葉が、後部座席から飛んでくる。犯人は、結花さんだな。
「わかったよ……最後だし、バーガーメテオに行くか?」
「うん♪」
§
バーガーメテオに着くと、二人でトリプルメテオバーガーを注文する。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「うわぁ……美味しそう!」
茜ちゃんは左右に体を揺らしている。
彼女は小さな口をめいいっぱい開けて、
巨大なバーガーに噛み付く。
茜ちゃんは一口食べるごとに、口元を俺に向けてくる。
「拭けってことか?」
……ったく、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
食べ終わって車に戻る頃には、すっかり日が落ちていた。
――冬の寒さが肌に染みる。
「……帰りたくない……」
助手席に座る茜ちゃんは、うつむいたまま、声を漏らす。
俺だって、茜ちゃんと一緒にいたい。
できれば、ずっとそばにいたい。
でも……それじゃあ駄目なんだ。
「泉……五十嵐が……私をよろしく頼むって言ってた……」
うっ……ここで、五十嵐さんの話はズルい。
でも、茜ちゃんはそこまでして、俺と離れたくないってことか。
「茜ちゃん……落ち着いたら必ず遊びに来るから……」
「うん……」
茜ちゃんは短く返す。
彼女は震える手でスカートの裾を握りしめていた。
「俺が一人で立てるようになったら……一人前の男になったら……必ず遊びに行くから!」
茜ちゃんの手に俺の手を重ねる。
「うん……期待しないで……待ってる」
§
――一年はあっという間だ。
まだ、肌寒い三月……ようやく、俺の事務所が完成した。
同業を立ち上げるってのに……浅場さんには創業時、お世話になった。
VTuber活動で稼いだ資金を元手に、事務所を設立した。
俺はVTuberという仮面に助けられた。
だから、今度は俺が誰かを助ける番だ。
俺と同じように仮面を求める者――
成功を求める者――
承認欲求を満たしたい者――
理由は何だっていい。
誰かの成功への一助となれば、それで満足だ。
二名のライバーを抱え、少しずつスタートを切る。
俺は、かつてのボロアパートでまた暮らしていた。
動画サイトで自分のライバーの活動動画をスクロールしていると、懐かしい文字が並んでいた。
“伝説のVTuber――霧雨レイ”
俺のNFの試合が切り抜きにまとめられていた。
300万再生って……動画回りすぎだろ……
そうだ――誰かが覚えている限り、霧雨レイも人々の中で生き続けるかもしれない。
慌ただしくて忘れていたが、みんなと過ごした日々がハイライトのように、頭に流れる。
……ふと、彼女の顔が頭に浮かんだ。
気づけば電話帳をスクロールして、着信ボタンを押していた。




