70話 決戦前夜
時間が経つのはあっという間だ。
俺たちは脇目も振らずひたすらNFのチーム練習に励み――ジャパンリーグへと臨んだ。
決勝リーグ最終戦――
ルミナスイリアとアストラ――共にリーグ戦は全勝中。
明日……勝った方がNF日本一の座に輝く。
……だめだ……興奮して、眠れそうにない。
みんな……もう、寝たかな。
§
彼女の部屋の襖をノックする。
「舞ちゃん……起きてる?」
パジャマ姿の舞ちゃんがそっと扉を開ける。
「……寝れないの?」
「ああ……」
舞ちゃんは、そっと俺の服の袖を引っ張り、
部屋の中に入れてくれた。
「海人くん……まさか、このメンバーでここまで勝ち抜けるなんてね……私が一番下手くそだから、明日は足を引っ張らないようにするね」
「そんなこと……いや、あるか?」
「ちょっと、そこは嘘でもないって言ってよね」
「「ふふふ」」
俺たちは顔を見合わせて笑い合う。
「俺……NFに戻ってこられたのは……舞ちゃんのおかげなんだ」
「うん……」
「正直……君がいなかったら、今の俺はないと思っている。
……不甲斐ない俺を、ここまで引っ張ってくれてありがとう」
「ううん。私も、海人くんに支えられてきた。
いっぱい……いっぱい。
こんなに楽しい毎日を私にくれてありがとう」
「これからだって、楽しいさ!」
「うん……」
「明日は勝とう!」
「うん!」
それだけ、言葉を交わし部屋を後にした。
§
舞ちゃんの部屋を出るとき、なにやら視線を感じた。
「おい……楓……出てこいよ」
「あはは……バレてたか……」
廊下の影から楓が出てきた。
「なんで、盗み聞きしてたんだ?」
「う〜ん。趣味だから」
「それは、悪趣味なことで」
相変わらず、こいつはすぐにはぐらかす。
「舞ちゃんとの関係は、どこまで進展してるかなって……」
「進展もなにも、始まってすらないよ……」
「ふ〜ん。ま、そういうことにしといてあげるわ」
「そういうことにしといてくれ。
……楓も、早く寝ろよ」
「は〜い!」
「……と、楓!」
踵を返した彼女を呼び止める。
「どうしたの?」
彼女は不思議そうに首を傾げ、薄紫の髪が揺れる。
「おやすみ」
「え……それだけなの?」
「ああ、それだけだ」
「海人くん……」
「ん?」
「やっぱり、いいや……」
「変なやつだな……」
楓はふっと微笑むと、小走りに部屋へ戻っていった。
§
俺も、部屋に戻ろうとしたら、岬が居間でお腹を出して寝ていた。
「なんで……こいつはここで寝てんだよ……」
岬を抱きかかえ、部屋のベッドに寝かせる。
「泉先輩……」
なんだ……寝言か?
「相変わらず……バカみたいな顔してるっすね……むにゃむにゃ」
ろくでもない夢を見てるな。
なんか、幸せそうな顔をしているのが、余計に腹が立つ。
部屋を出ようとすると、岬の手が俺の腕を掴む。
「……行かないで」
……寝言だよな?
俺は、岬の頭を軽く撫でて――優しく手を振りほどいた。
§
岬の部屋から出ると、玄関の扉が開く。
「あれ、桃園さん……今、帰ったんですか?」
「そうなのよ〜!
結花さんの加入に伴う、手続きとか残ってて……」
桃園さんがスーツ姿のまま玄関に倒れ込む。
「桃園さん……いつも、ありがとうございます」
「ほんとだよ……私をこき使いすぎだって!」
「出来合いのものでよければ、ご飯作るんで、お風呂に入ってきてください」
「え、いいの!」
「たまには、ね」
「やったー! お風呂入ってくる〜」
変なところで子どもっぽいんだよな。
桃園さんがお風呂に入っている間に、月見うどんとカット野菜でサラダを作る。
「おお、これぞ男飯って感じだね」
桃園さんがタオルで髪を拭きながら、机の前に座り込む。
「ま、ゴリゴリの男ですから」
「泉くんはゴリゴリじゃなくて、ガリガリでしょ」
「うっ……気にしてるのに」
うどんを食べ終わる頃には、桃園さんの髪もすっかり乾いていた。
「ドライヤーで乾かさないと、髪が傷みますよ」
「泉くんってば、私より女の子だよね……」
「まあ、桃園さんと比べたら……」
「そこは、否定しなさよ!
こんな、プリチーなマネージャー他にはいないわよ」
「マスコット的な可愛さですけど……」
「相変わらず、私には容赦ないわね。
……なんか、久しぶりに泉くんと、まともに話した気がする」
「これをまともと言っていいのか分かりませんがね」
「はぁ〜最近、仕事三昧で……女子力が失われている気がするわ……」
「そんなこと……あるか……」
「はぁ〜、やっぱり……こんなんじゃ、他の子に負けて突然か……」
「何を言っているんだか。でも、スーツ姿の桃園さん……昔よりも圧倒的にかっこいいですよ!」
「な、なんだね。突然の褒め殺し――」
「これからも、俺のそばで働いてもらわないといけませんので!」
「現金な奴め……
俺のそばで……か……はぁ〜」
「ため息ばっかりつくと幸せが逃げますよ?」
「いいんだよ。私の幸せの全盛期はもう過ぎ去ったから……」
「それなら、これから俺が桃園さんを、過去一で幸せにさせますよ!」
「こらっ! さっきから、人がツッコまないこといいことに……キミはずるいぞ!」
「何の話ですか?」
「そうだよなぁ。キミはそういう奴だった……
明日は……頑張ってね……」
「よくわかりませんけど……任せてください!」
皿洗いだけして、俺は部屋に戻った。
§
そろそろ寝るか……。
離れの縁側で――小さな影が月明かりに照らされていた。
「茜ちゃん?」
「泉……」
彼女は外に足を垂らし、パタパタ動かしていた。
「茜ちゃんも寝れないの?」
「……も? 私は……泉を待っていた」
俺は茜ちゃんの隣に腰掛けた。
「何か話でもあるの?」
「うん……最近、ようやく自分の気持ちに気づいた……」
「気持ち……?」
「うん……でも、それがわかったら……どうしようもないって……気づいた」
茜ちゃんは泣いていた。
彼女が泣いているのを見たのは……五十嵐さんの葬儀以来だ。
「難しいよな……」
茜ちゃんも俺と同じだ。
自分のことなのに、よくわからなかった。
いや――彼女は俺と違って、もう答えにたどり着いたのかもしれない。
俺も何も考えていなかった頃の方が、もしかしたら幸せだったのかもしれない。
それでも、自分の気持ちは自分にしかわからない。
茜ちゃんだってそうだ。
「泉……月が綺麗ですね……」
茜ちゃんが、俺に敬語なんて珍しい。
「綺麗だったな。 もう隠れたけど……」




