67話 ビアガーデン
8月中旬――俺がVTuberに転生して一年と少し……毎日が目まぐるしい速度で過ぎていった。
ルミナスイリアとアストラの事務所の庭で、
浅場さん主催のビアガーデンが開催された。
長机が並べられ、その上には鉄板と肉が用意されていた。
「え〜、皆さんのおかげで我が社の経営も右肩上がりです!
ルミナスイリアにも新たに新人が入ってきますので……今後ともますますの発展を願って乾杯!」
「「乾杯!」」
「「KP」」
ビールの注がれたプラコップを互いに交わす。
ルミナスイリアに新人か……NFをするには一人あぶれるけど、まあ、フルパなんて滅多にしないからな。
「泉〜!」
「うおっ!」
背後からいきなり誰かが飛びついてきた。
危うくビールをこぼしそうになる。
「キミは……くるみちゃんだっけ?」
確か……ぶいこれくと所属のVTuber――甘噛シュガー。他の箱だけど、イベントや大会の実況で何度かお世話になった。
「泉〜! くるみがお酌してあげる!」
黒髪にピンクのメッシュ……Vモデルとまんま見た目をしている。
彼女に煽られ、ビールを飲み干す。
くるみちゃんは、ぎこちない手でビールを注ぐ。
「あれ……くるみちゃんって、いくつだっけ?」
「二十歳……いや、永遠の十四歳だよ!」
「……そういう設定ね」
「そうですね。くるみ先輩はおこちゃまですから」
薄緑の髪を揺らしながら、丸眼鏡の女性が近寄ってきた。
「あっ、春香……今、泉とデート中だから、お前はあっちに行ってろ!」
「あらあら、反抗期ですか?
くるみ先輩は相変わらず可愛いでちゅね。
よちよち」
春香ちゃんはそう言って、くるみちゃんの頭を撫でる。
「むっきー、子ども扱いすんな!」
くるみちゃんは、春香ちゃんの手を払いのける。
この二人……仲が良いんだか、悪いんだか。
「泉さん、お肉焼けているんじゃないですか?」
春香さんが器用に箸で、肉を摘む。
タレにくぐらせた肉を俺の口元へ持ってくる。
「はい、あーん!」
軽薄な行動はダメだ……頭ではそう理解しつつも、肉と美女の誘惑には、逆らえなかった。
「あむっ! ん、うまい!」
「あっー! 春香ちゃんだけ、ずるい!
くるみもやる!」
ぎこちなく、くるみちゃんは箸で肉を挟む。
彼女が俺の口元に箸を持ってきたところで――ドンッ!
くるみちゃんの腕に、春香ちゃんの体がぶつかる。
たまらず、くるみちゃんはお肉をテーブルの上に落とした。
「あっ、ごめんなさ〜い。つまずいちゃった。
私って――ドジ」
わかった。この子はわざとやっているんだ。
しかも、自分が可愛く見えるよう、あざとい演出までつけ足している。
この前、会った時はこんな感じじゃなかったんだけど……。
「うっ……ううっ……うわぁぁぁん」
くるみちゃんが泣き出した。
俺は、軽く頭を撫でてやる。
「ほら、これ食べて元気出せよ」
今度は俺が、くるみちゃんの口元に肉を持って行く。
くるみちゃんは涙を拭い、口を開けた。
――パクっ!
……春香ちゃんが、くるみちゃんの目の前で肉を掻っ攫っていった。
「ん、おいしい〜。泉さんが、焼いたお肉……特においしく感じるわ♡」
……この子、楓と同じ匂いがするな。
「うわぁぁぁん! 春香のバカ〜!」
さらに、くるみちゃんが泣き叫ぶ。
「泉先輩……また女の子を泣かせてるんすか?」
ビールを持った岬が近づいてきた。
「またってなんだよ……」
いや、またか?
「泉……くるみを慰めて……」
彼女は甘えるように俺の膝に座った。
「相変わらず、お前の周りは賑やかだな」
今度は、充がワイン片手に歩いてきた。
「なんで、お前……ワイングラスなんて、持ってんだよ」
「自前だ。ワインを楽しむにはグラス選びが大事だからな」
どこの貴族だよ……なんか、イメージ通りなのが、逆に腹が立つ。
「あっ、片桐さ〜ん。私にもワイン、一口いただけませんか?」
春香が今度は充に擦り寄る。
「向こうのテーブルに、置いてある……」
充は相変わらずの塩対応だ。
「私……ワイングラスでも飲んでみたくって……」
春香は充に体を寄せると、彼の胸を人差し指でなぞる。
この子、なかなか強かだ。
「あら、ごめんなさい!」
充と春香の間に割り込むように、詩音が間に入る。
「あっ、なによ……」
春香が詩音を睨む。
なんか、厄介事に巻き込まれそうだ。
「泉! これ、うまいぞ!」
くるみちゃんが俺の膝の上で、焼いた人参を頬張っている。
周囲がドロドロの愛憎劇を繰り広げているせいか、この子が可愛く見えた。
離れたとこから、茜ちゃんが歩いてきた。
やばい、茜ちゃんとくるみちゃんは、
前回の打ち上げの時、俺の膝の上を争って喧嘩したんだ。
茜ちゃんが、なにやらくるみちゃんに耳打ちする。
「デザート!」
くるみちゃんは、俺の膝の上から降りて、どこかへ走っていった。
「ふっ……チョロいな……」
茜ちゃんが不敵な笑みをこぼす。
「おい、茜ちゃん。なんか、くるみちゃんがいると、キャラが違わないか?」
「うん……あの子は私の宿敵だから……」
たぶん、俺の膝の上を争う、好敵手って意味だろう。
ふと、視線の先で舞ちゃんが机に突っ伏していた。
隣で、楓が背中を擦っている。
「茜ちゃん……ごめんね」
それだけ告げて、彼女を膝の上から降ろした。
「泉……少し、話せるか?」
今度は由里が声をかけてきた。
「また、の機会でいいかな……ほっとけないから」
俺は、それだけ言い残し、舞ちゃんの元へ歩く。
「あ……待って……」
由里に袖を掴まれた気がした……でも、俺は振り向かなかった。
「楓、舞ちゃん酔っているの?」
「あー、うん。まあ、海人くんのせいだけどね」
「え、俺?」
「また、女の子に囲まれているって、やけ酒してたよ……」
「ははは……はぁ、先に舞ちゃんを連れて帰るよ」
「あらぁ〜お持ち帰り?」
「お持ち帰りもなにも、同じ屋敷に住んでいるだろう」
「送り狼にならないようにね♪」
楓が茶化す中、舞ちゃんをおぶる。
§
しばらく、歩くとようやく屋敷が見えてきた。
ふぅ〜汗だくだ。
こんなことならタクシーで帰ればよかった。
今更ながら、後悔が容赦ない日差しとともに襲ってくる。
――背中に背負う彼女の熱気が、俺の体を濡らした。
舞ちゃんの部屋に帰り着くと、冷房をガンガンに効かせて布団に寝かせる。
舞ちゃんの服が汗で濡れていた。
このままじゃ……さすがに風邪を引くよな。
でも、さすがに異性の俺が脱がすわけにはいかやいよな。
「っん……寒い……」
汗が冷えたのだろう、彼女は寝言のようにつぶやく。
ん……?
まぶたがかすかに震えている。
「おい……舞ちゃん、起きてるだろ……」
舞ちゃんが頬を紅潮させながら、まぶたを開けた。
「ははは、バレちゃったか」
「俺が、あのまま服を脱がせたらどうしてたんだよ」
「……それを期待してたんだけどなぁ……」
「えっ!?」
いや、清楚な彼女がそんなこと言うはずない。
俺の聞き間違いだ。
「もう、着替えるから出ていって!」
舞ちゃんがなぜか怒っていた。
とりあえずシャワーを浴びてきた。
舞ちゃんのことが心配になって、彼女の部屋をノックした。
「……」
返事は返ってこない。
「……入るよ?」
部屋の明かりは消えていた。
締め切られたカーテンから、容赦ない真夏の日差しが漏れている。
「お水……持ってきたよ」
「海人くん……起きれない……飲ませて」
「なんか、くるみちゃんみたいなこと、言ってるな……」
「他の女の子の名前は出さないで……」
酔っているせいか、いつもより情緒が不安定だった。
舞ちゃんの頭を支え、コップの口を当て、水を飲ませる。
「海人くん……寒い……」
「冷房の温度、上げようか?」
俺がエアコンのリモコンを操作していると、舞ちゃんの手が俺を布団の中に引っ張る。
「……察しが悪いんだから」
「……ごめん」
俺は悪くない気もするが、なんとなく謝った。
「私だけを見て……」
彼女はそれだけ言って、寝息を立て始めた。
頼りになるのに、ときどき不安定で、引っ込み思案かと思えば、積極的になる。
そんな彼女に、少しだけ、俺の心が揺さぶられている気がした。
今だけは、舞ちゃんの寝顔だけを見つめて、俺も微睡みの中に落ちる。




