66話 二人花火
離れの縁側――戦いの余熱がまだ、手のひらに残っていた。
……届かなかった。
3ー6か……アストラの壁は高く――遠い。
今日は、地元で花火大会があるらしい。
俺は、なんとなくそんな気になれず、みんなの誘いを断った。
やっぱり……行けばよかった。
夏の夜空……蒸し暑い空気と、蚊取り線香の香りが、なかなか俺の熱を冷ましてはくれなかった。
星を眺めていると、紫陽花の香水の香りとともに、隣に浴衣姿の女性が腰をかける。
濃い紫紺の浴衣に藤色の花が彩られていた。彼女の頭には紫色の髪飾りが揺れていた。
「みんなとは行かなかったのか?」
「うん……海人くんを一人にしないって決めたから……」
彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「実は、これ買ってきたんだ!」
彼女の手に、花火セットがぶら下がっていた。
「花火大会そっちのけで、二人で花火か……悪くないな」
二人で線香花火に火を灯す。
――今にも消えてしまいそうな火花が俺たちの関係を写し出しているような気がした。
「海人くん……これからも、一緒にいようね」
「ああ……」
泉海人として炎上したとき――俺は由里から逃げてしまった。
アストラという場所を思い出したくなくて……。
でも、隣にいる女性は、俺を逃がしてはくれそうにはない。
今度は逃げない……何があっても……。
ようやく、自分が前に進み出せた気がした。
どれだけ時間がかかっても、アストラを越えてみせる。
決意を燃やし、花火を見つめる彼女の横顔に微笑んだ。
§
ううっ、さむっ。
――翌朝、冷房の肌寒い風で目が覚める。
エアコンを消して、窓の外を眺めた。
地面に残る花火の煤の跡が、彼女と過ごした時間を証明していた。
コンコン……離れの扉を誰かが叩く。
「はいはい……」
扉を開けると、由里が赤毛を揺らし立っていた。
開いた胸元からは、プラチナのネックレスが光っていた。
「……おはよ」
由里は、少し気まずそうに挨拶する。
――俺は、そっと扉を閉めた。
「おい!」
彼女は勢いよく扉を開け放った。
「なんだよ?」
「そ、そんな冷たく言わなくても……」
目を伏せる、彼女の頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「入れよ」
座布団の上に座るように促す。
「今は、ここでルームシェアしているのか……リスナーが知ったら羨ましがるハーレム上体だな」
「どこがだよ。俺だけ、隔離されてんだぜ」
「順番に女の子を連れ込めるではないか?」
「ずいぶん逞しい妄想だな……てか、今日は雑談をしに来たんじゃないんだろ?」
「ああ……」
由里は一呼吸置いて本題に入る。
「10月23日――NF日本一を決める、NFジャパンリーグの予選が開催される。チーム登録すれば、無名でも参加できるオープン型だ」
「それに、ルミナスイリアで参加しては?
ってことか……」
由里は二度頷く。
「どうして、それを俺に?」
「ふふっ……」
由里が突然吹き出す。
「充のやつが……わざとらしく、私の前で何度も話すんだ。たぶん、泉に伝えてほしいんだと思う」
「不器用なあいつらしいな」
「不器用なのは泉も同じだろ?
……この前の試合……泉の投げナイフ狙撃でデスしたことを悔しがっていたからな」
「ああ、昔の俺ならできなかった芸当だろうな」
――しばらく話したあと、沈黙が続いた。
「それじゃ……私はこれで……」
軽く微笑み――由里は踵を返した。
……去っていく。
二人の過去が一瞬よぎる。
「あっ……」
気づけば、彼女の肩を掴んでいた。
振り向いた彼女の目から、一筋の涙が零れ落ちる。
由里が飛びつき、俺は床に押し倒された。
「泉……泉……」
由里は堰を切ったように泣き始めた。
こんなに泣く彼女を見たのは、二回目だった。
彼女の涙が胸に伝い、熱気を冷ましていく。
彼女の背中に手を回し、頭を撫でる。
あの日、できなかったことを――逃げていた自分と決別するためにも、過去とともに由里を抱きしめた。
「シャリ……シャリ……」
明け放たれた扉の向こうで……茜ちゃんが立ったままスイカを食べていた。
「泉……不倫してる!」
茜ちゃんが叫びながら走っていった。
不倫って……まだ未婚なんだけど……。
泣き続ける彼女を、無理に引き離すこともできず。
ある程度、みんなに責められる覚悟で――そのまま由里の体温を肌で感じた。




