62話 百物語 下
「当事――俺がプロゲーマーだった頃、六人目の選手がいたんだよ。女性で腕前は確かだったんだが……病弱でな」
「大会当日――彼女は持病の悪化とともにこの世を去った……最後に試合に出させてやりたかった……」
「……えっ……終わりですか?」
アカリちゃんの声が響く。
「ああ……」
「まあ、ウチは怖くなかったからいいっすけど……」
なんか、中途半端な話だよな?
ホラーでもハートフルでもないし
レイちゃん、期待していたのに
俺は怖かったけど……
「じゃあ……次は私……」
ボイスチャットにか細い声が響く。
えっ、だれ?
新人?
レイちゃんが話してた、六人目の選手じゃあ……
ドッキリだよね?
「ちょ、ムラサキ先輩っすか?
冗談はやめてくださいっす!」
キララが本気で怒っている。
「キララちゃん。私じゃないんだけど……今の本当に誰?
……アカリちゃん? それともレイちゃん?
でも、声が全然違った……」
ムラサキの動揺が声に漏れている。
「もしかして……あいつが?」
「ねっ、ねぇ、レイちゃん! やめてよっ!
うっ……うぅ……」
アカリちゃんがとうとう泣き出した。
っと、これは種明かしをしないとまずいっ!
「テッテレ〜、ドッキリ大成功!
今のはうちのマネージャーです!」
桃園さんに、マイクに声を入れてもらったのだ。
「……あれ?」
ドッキリかよ、本気でビビった
空気が凍っている
みんな、おこじゃね?
ここからが本当のホラー
「レイちゃん……今から行くから……」
アカリちゃんのドスの利いた声とともに、
――コラボ配信は終了した。
§
「やばいですよ、桃園さん!」
「わ、私は悪くないわよ!
泉くんに唆されたんだから」
「とにかく隠れましょう!」
俺たちは慌てて、離れの裏手にある物置に身を潜める。
ものの数秒で、大勢の足音がなだれ込む。
「海人く〜ん、桃園さ〜ん。
何もしないからでてらっしゃ〜い」
舞ちゃんの声が静かに響く。
「私を騙した罪は重いわよ!」
楓も本気で怒っている……さすがにやりすぎたか。
「泉先輩、ウチ……もう、夜にトイレ行けないっす! 責任取ってください!」
……やばい、岬がこっちに来る。
俺は桃園さんを抱きしめ、乱雑に置いてある、荷車の裏に見を潜める。
桃園さん……けっこう華奢なんだな。
……と、それどころじゃない。
息を殺して潜んでいると、足音はさっていった。
「泉くん……どうしよう……」
「ほとぼりが冷めるまで隠れましょうか」
「あの勢いなら、冷めなそうだけど……くしゅっん」
桃園さんが可愛いらしくくしゃみをする。
「寒いですか?」
もう、七月だというのに――今日は少し肌寒い夜だ。
着の身着のままで逃げてきたから……ジャケットも部屋だな。
桃園さんの肩を抱き、身を寄せ合う。
「い、泉くん!?」
「これで、我慢してください。大事な桃園さんを風邪を引かせるわけには行きませんから!」
「そう思うなら、私の代わりに出ていって、みんなに怒られてきてよ……」
「そこまでの勇気は無いですよ。舞ちゃんなんて、獣のように喉を鳴らしてましたよ」
「ふふっ、それは言いすぎよ。
でも、加藤さんって可愛いわよね。
泉くんに一途って感じで……」
「ま、まあ……」
確かに、舞ちゃんは可愛いし、俺への好意も薄々気づいていた。
でも、同じ箱同士で男女の関係になって……もし、別れたら? 他のみんなとの関係は?
自分の居場所がなくなりそうで怖かった。
「私と……泉くんは契約上付き合えないけど、他のメンバーとは問題ないんでしょ?」
「たぶん、問題ないと思う……」
リスナーが許してくれるかは別問題だが。
「俺……恋愛ってのがよくわからないんです……」
「えっ……?
泉くんは人を好きになったことはないってこと?」
「いや、みんなのこと……大好きだし、桃園さんも好きだ。でも、恋愛の好きと友達の好きってのが、イマイチよく分からなくて……」
「なるほどね……確かにそういう人も居るよね」
桃園さんは少し迷うように視線を落とした。
「……じゃあ、確かめてみる?」
「えっ……!? なっ、どういうことですか?」
「いいから……」
「ちょ、桃園さん……」
桃園さんは俺の手を強引に引っ張ると、彼女の左胸に俺の手を押し付けた。
柔らかい……いや、それよりも、ものすごい速さで鼓動が跳ねている。
「い、泉くん……恋愛って頭でするものじゃないんだよ。意外と体は正直なんだ。
私も、好きな人に触れられると……こんなにドキドキするの……」
「えっ……それって……どういう意味で……
って、うぉっ!?
桃園さん……ど、どこを触っているんですか!」
俺の体を、小さな手がまさぐっている。
「えっ、なになに?
私、どこも触ってないけど……」
えっ……本当だ……桃園さんの両手は俺の手を握っていた。
じゃあ……今、俺を触っているのは……もしかして、幽霊?
「ぎゃぁぁぁ!」
自分の叫び声が遠ざかる。
§
「って……茜ちゃん……いつからそこにいたの?」
桃園が、倒れている泉の背後の闇に尋ねる。
「いつから?
……二人が逃げ込んでいるのが見えたから……」
「みんなには教えなかったの?」
「うん……目には目を……驚かされた分はやり返したかったから!」
「ふふっ、茜ちゃんらしいわね。
私にもやり返すの?」
茜は首を左右に振る。
「桃も……泉が好き?」
「今のやり取り見られちゃったか。
そうだよ。好きだよ!」
「私は……よくわからない……だから、泉に触ってみた」
「その話も聞いていたんだね。
……どうだった?」
「ドキドキは……しなかった……でも……」
「でも?」
「安心する」
「私も一緒だよ。そうだね……好きって難しいよね。泉くんだけじゃない。
みんな、簡単に好きって言うけど……人の心って複雑だよね……」
「うん……複雑……」
「とりあえず、ここにいたら茜ちゃんも風邪をひくよ。みんなを呼んで泉くんを部屋に連れて行ってもらおうか」
「ラジャー……呼んでくる!」
そう言って、茜は小走りでみんなを呼びに行った。
「私にも……チャンスってあるのかな……」
桃園の声は、誰にも届かないまま――短夜に溶けてゆく。




