60話 ルームシェア
「みんな……一緒に住む?」
柴田家の屋敷で食卓を囲んでいると、
茜ちゃんから、唐突な提案をされる。
「えっ、住むってこの屋敷に? みんなで?」
俺の言葉に茜ちゃんがこくりと頷く。
「俺はいいけど……理由を聞いても?」
「この家……一人で住むには広いから……みんなが、今のアパートで……近くに住んでいるのが……いいなって」
「それなら、断る理由もないな」
あの男がまた来ないとも限らないし、正直、茜ちゃんを一人にしておくのは心配だ。
「えっ、海人くんが住むなら、私も……」
舞ちゃんも同意する。
「待ってよ……急すぎない?」
こういう時に、ノリが良さそうな楓が珍しく足踏みしている。
「ウチもいいっすよ……一人は寂しいっすから」
岬も頷く。
「私としても全員が同じ場所に住んでくれたほうが管理がしやすいですね」
桃園さんは仕事が楽になったと喜んでいる。
茜ちゃんが桃園さんの服の裾を引っ張る。
「ん、どうしたの茜さん?」
「桃も……一緒がいい……」
茜ちゃんの破壊力の高い上目遣いに、
桃園さんが露骨に動揺していた。
「うっ……そんな可愛い顔でお願いされたら、住まないわけにはいかないじゃない」
「えっ……もしかして、ボロアパートに残るのは私一人? そんなの嫌よ!」
「海人くん……アパートに残ってくれたら、毎日いいことしてあげるわよ?」
「楓……何かあったらいつでも、連絡してくれ。
体には気をつけるんだぞ……」
「なんで、そんな、今生の別れみたいに言うのよ……私も一緒に住む〜」
楓が俺に抱きついてきた。
ま、ルームシェアが嫌な人もいるよな。
俺は楓の頭を撫でてやる。
「楓、お前がいてくれないと困る……」
「海人くん……」
楓は嘘かホントか涙ぐむ。
「うまい飯が食えなくなるからな」
「いでっ!?」
楓が俺の足を思いっきり踏む。
「海人くんだけには、ご飯は作らないわよ!」
なんで、怒っているんだ?
§
――翌日、
アパートの大家である浅場さんに事情を説明して、各自退去手続きを済ます。
7月に入る頃には全員、引っ越しを終えていた。
茜ちゃんに実際に屋敷を案内してもらってびっくりした。母屋が15LDK、裏手には複数の離れが立ち並んでいた。
逆紅一点の俺が母屋にいるのは問題だと、桃園先輩が強く抗議した結果――俺だけ離れが割り当てられた。
誠に遺憾だ!
母屋と渡り廊下で繋がれた先に、俺の部屋はあった。
古びた十八畳ほどの和室。
部屋だけなら一人暮らしのワンルームが丸ごと入りそうだった。
障子を開けると、縁側の向こうに庭が広がっている。
荷物を隅に置き、まずは掃除から始める。
新たな生活に少しだけ胸を躍らせていた。
少しだけ、隣人の生活音が聞こえていた頃が懐かしい。
初めは騒がしく思っていたが、不思議と寂しさを埋めてくれていたのかもしれない。
「泉……入っていい?」
夕暮れ時――
茜ちゃんの透き通るような声が響く。
「どうぞ……」
茜ちゃんは、当たり前のように、俺の膝の上に座る。
「ここ……五十嵐の部屋……」
「そうか……それは心して使わなきゃいけないな」
「泉……いつまで私のそばに……いてくれる?」
「永遠に……と言いたいところだが、人生何があるか分かんないからなあ」
「うん……でも、心だけは……私に預けてね」
彼女の言葉に妙な違和感が胸をくすぐる。
心か……自分の心の在処……自分のことなのに、どこにあるかはわからなかった。
もし、必要に迫られたら俺は誰か一人を選べるのだろうか。
いや、そう考えることがおこがましい気もした。
こんな日がいつまでも続いたら、
みんなとずっと一緒にいられたら……本気でそう思う。
でも、現実はそんなに甘くないことは、よく知っている。
終わりがあるからこそ、この一瞬が愛おしいのかもしれない。
いつか、失う悲しみとともに、茜ちゃんを抱きしめた。
「ごめん……心を預けるなんて、簡単には言えない。でも、茜ちゃんのそばにはいたい。
これは、本心だから……」
「うん……泉が大人になるまで……待ってあげる。私は大人だからね!」
この、可愛い大人の頭を撫でた。
舞ちゃんが少し不機嫌そうな顔で呼びに来るまで、茜ちゃんと共に過ごした。




