59話 捜索
茜ちゃんの屋敷に転がり込んで、はや数日が経過した。
あの男は、あれ以来、一度も来ていない。
そろそろ帰宅しても大丈夫か?
そんな事を考えていた矢先、屋敷のインターホンが鳴る。
茜ちゃんの代わりに、恐る恐る扉を開けると――舞ちゃんと楓、岬に桃園さんが泣きそうな顔で立っていた。
「どうしたんだ、大勢で?」
「海人くん!」
舞ちゃんが真っ先に飛びついてきた。
「なになに、どういうこと?」
俺は状況もわからず押し倒される。
「泉くん、急に連絡取れなくなるから、みんな心配してたんだよ。それに、家にも帰ってないみたいだったし」
「あーあ。そういえば、スマホの充電が切れて、そのままにしていたっけ……」
「てか、ここって泉先輩の実家っすか?」
岬が庭園を眺め、目を丸くしている。
そっか、茜ちゃんの実家を知っているのって、俺だけか。
「泉……お客さん?」
奥からエプロン姿の茜ちゃんが出てきた。
「えっ……」
全員、言葉を詰まらせる。
「あらあら〜」
楓だけニヤニヤしていた。
どういう勘違いをされているかはすぐにわかった。
この状況、俺だって同じように勘違いすると思う。
「海人くん……もしかして……そういうこと?」
舞ちゃんの口元が震えていた。
「いや、誤解だ。皆さんが思っているよりもずっと健全だよ」
舞ちゃんの目が笑っていない。
「それは、健全なお付き合いをしているってことっすね」
「いや、違うって……」
岬、そういう意味じゃないんだ。
「泉は……嫁いだ!」
俺が誤解を解こうと思った矢先、茜ちゃんが高らかに叫ぶ。
§
その後は大変だった。
舞ちゃんは発狂し、桃園さんは泣き崩れた。
岬がフォローに入り、
いろいろと察しがついていたであろう楓が、腹を抱えて笑い転げていた。
こいつには、後でお仕置きだ。
茜ちゃんの取り計らいで、全員屋敷に案内された。
俺は、あの男のことは伏せて、当たり障りのない範囲で説明した。
茜ちゃんが一人で家の掃除が大変だったから手伝っていた……と。
反応は違えど、みんな、渋々納得したような感じだった。
「それより、よく、俺の居場所がわかったな?」
「ああ、それなら、舞さんとGPSで位置情報を共有しているんだよね?」
桃園さんが不穏な事実を漏らす。
「う、うん。最後に位置が途絶えた場所がここだったから……」
「舞ちゃん。俺たち位置情報なんて交換したか?」
「え、うん。海人くんの身に何かあった時用に、寝ている間に交換しておいたよ!」
舞ちゃん。それはアウトでは?
「ねえねえ、せっかくだったら、私たちも掃除を手伝おうよ!」
「舞ちゃん。
本当は、海人くんが1日でも早く、茜ちゃんと一つ屋根の下っていう、この状況をなくしたいんでしょ?」
楓がニヤニヤしながら、舞ちゃんの横腹をつつく。
「えっ、そ、そんなことないよ〜」
「でもね……」
そこまで言うと、楓が一呼吸おいて口を開く。
「海人くん。どうせ、茜ちゃんにも手を出しているわよ」
「えっ……」
舞ちゃんの顔が引きつる。
「おい、楓……適当なこと言うなよ」
「ねえねえ、茜ちゃん。
本当のところはどうなのよ?」
楓が茜ちゃんの耳元で囁く。
「泉にほっぺと……お腹を触られた……あと、一緒に寝た」
「いや、すべて事実だけど……茜ちゃん、誤解を招くような言い方はやめなさい」
「泉くん……やっぱり、年下が好きなのね……」
桃園さんはなぜか、別方向でショックを受けている。
「ねえねえ、楓ちゃん。
茜ちゃんもって言ってたわよね……海人くん、他にも誰かに手を出していたってこと?」
舞ちゃんの声がワントーン低くなる。
「えっ……ええっと〜。
わ、私も寝込みを襲われて……岬ちゃんもお酒の勢いで強引に……」
瞳孔が開いた舞ちゃんを前に、楓もあとに退けなくなっていた。
「楓ちゃん……嘘だったら……わかっているわよね?」
「ひっ……ね、ねぇ、岬ちゃん……本当だよね?」
舞ちゃんに怯えた楓が、懇願するように岬に縋り付く。
「えっ……そんなこと、あったっすか?」
「岬ちゃん。嘘つかないでね……」
舞ちゃんの顔が怖い。
「すみません。ウチ、お酒を飲むと記憶がなくなるっす」
「なら、何が本当なの?
海人くんは……汚れてしまったの?」
舞ちゃんの矛先が俺に向く。
俺は内心余裕だった。
岬が覚えていないのに、なぜ、楓が知っているのか……そこを突いてもよかったが、俺には切り札がある。
「舞ちゃん……俺が信用できないの?
舞ちゃんのこと、俺は信じているのに……
俺、悲しいよ……」
「うっ……」
舞ちゃんがダメージを受ける。
「そうよね。海人くんがそんなことするはずない。そんなこと、私が一番分かっているから」
「泉くん……君は本当に悪い男だ。
楓ちゃんよりたちが悪い」
桃園さんが俺を指差し叫んでいる。
「泉……だこちて……」
唐突に、茜ちゃんが空気を読まずに両手を伸ばす。
茜ちゃん。今じゃない……二人っきりだったら、いくらでも、たこちてあげるけど――今はまずい。
「やっぱり、お二人さんはそういう関係だったんだ」
楓がここぞとばかりに反撃にでる。
「私は押しつけない……押しつけちゃだめなんだ……」
舞ちゃんが過去の自分の言葉に縛られて、同じ言葉を繰り返しだした。
これ……どう、収集つけるんだよ。
「舞先輩! とりあえず泉先輩を一発殴るっす!」
岬が俺を羽交い締めにする。
「ちょ、岬――どういうことだよ」
「泉先輩――この場を収めるにはこれしかねえっす! 誰かが、犠牲になるしか……」
「なんか、壮大な話風に言っているけど、舞ちゃんの気持ちをどう収めるかってことだよな。
楓が殴られればそれで丸く収まるだろ」
「あっ、海人くんってば、ヒドい。
私を売るのね……」
楓が泣き真似をする。
「いや、元はと言えばお前が原因だろ」
「いえ、根本的な原因は泉くんが優柔不断なせいよ! さあ、舞ちゃん、思う存分やってちょうだい。私の分も彼を戒めて!」
桃園さんまで、俺を押さえつける。
「ちょ、桃園さん……裏切るのか……」
舞ちゃんが喉を鳴らしながら俺の方を向く。
もはや、彼女に理性は残っていないようだ。
この状況を打破するには、岬の羽交い締めから、解放してもらうしかない。
「な、み、岬……今度二人でデートに行かないか……奢るから……だから、解放してくれ」
「泉先輩……この場面でそれは、最低な発言っすよ。いっぺん死んでくださいっす」
「泉……」
茜ちゃんと目が合う。
――そして、彼女は手を合わせた。
「南無――」
次の瞬間、舞ちゃんが俺に突っ込んできた。
彼女の頭突きが、俺のお腹に突き刺さる。
走馬灯がよぎる。
脳裏に浮かんだのは、あの頃の由里の顔……。
そうか、ようやく分かった。
すべて自分が蒔いた種。俺は優柔不断だったんだ。
いろんな女性に軽々しく接していた。
もし、生きていたら誠意のある対応をこれからは心がけよう……無理かもしれないが、善処はしたい。
そう、心に誓い、畳の上に伏した。




