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元プロゲーマー、VRで銃が当たらないので投げナイフだけで無双します。  作者: 那須 儒一
四章 ジャパンリーグ編

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58話 旧華族

――静かな庭園に雨音だけが響く。


梅雨に差し掛かり雨の日が増えてきた。


俺は雨が好きだ。軒下に落ちる雨音――湿ったアスファルトを走る車の音――湿度を帯びた鉛のような匂い。


雨は、世界を少しだけ置き去りにしてくれる。


「泉……ちょっと待ってて」


縁側に腰かけ――庭園を眺めていると、背後から静かな声が響く。


あかねちゃん。

突然、お邪魔してごめん。ゆっくりでいいよ」


柴田茜――柴田家の令嬢。

両親を亡くし、成人してから、今では名目ともに当主となった。


五十嵐さんの葬儀の時はあれだけ人がいたのに、今では使用人の一人すらいない。


こんな広い屋敷――彼女一人で掃除や手入れをしているのだろうか。


今日来たのは、茜ちゃんが心配だったから。

NF杯以降、彼女は配信を一度もしていなかった。


俺も最後に会ったのは打ち上げの時かな。

五十嵐さんに託された以上、ほったらかしにはできない。


それから三時間――彼女は、ずっと掃除や家の手入れ、洗濯、料理をしている。


俺は、茜ちゃんのことを何も知らない。

以前は海外に住んでたらしいが――どこの国なのか、どれだけの期間住んでたのかも知らない。


昼過ぎ――彼女が御膳を持って、俺の隣にちょこんと座った。


「泉……お話しタイム……」


隣で微笑む顔は、いつもの彼女だった。


家のことが忙しくて配信できなかったのかな?


御膳の上には巨大なおにぎりと、味噌漬けがお皿に乗せられていた。


「これ……私が漬けた」


「へぇ~、うまそう!」


塩味が控えめの熱々のおにぎりと、味噌漬けの濃い味が、ほどよく口の中でとける。


「うまいっ!」

茜ちゃんって意外と女子力高いのでは?


彼女は長い黒髪を耳にかける。

その仕草がやけに色っぽかった。


「茜ちゃん……最近、大丈夫?

配信してないみたいだけど……」


「うん……」

彼女の表情は沈んでいた。


「茜ちゃん、これ食べようぜ!」

俺は、保冷剤を詰め込んだ袋の中から、あるものを取り出す。


「あっ……ミルクプリンっ!」

彼女の声が跳ねる。


「ちょっと……待ってて……」

茜ちゃんは、小走りにどこかへ向かうと、スプーンを二本持ってきた。


「スプーンついてるぜ?」


「こっちで食べた方が……おいしい」


変わらない気がするが……。


せっかくなんで、スプーンを受け取りミルクプリンを口に運ぶ。


「泉……空けて」


彼女は、少し強引に俺の膝の上に座り込んだ。


互いに何も喋らず、時間だけが過ぎていった。


§


――静寂を破るように玄関扉がけたたましく明け放たれた。


「また来た……」


茜ちゃんが、玄関の方を見て顔を曇らせた。

門が開く音がした。


「おいっ、茜! 主人の出迎えはまだか?」


若い男の声が雨音を裂く。


ドタドタと足音が響き渡り――黒髪で甘いマスクの男が立っていた。


そいつは、俺を見るなり顔をしかめた。


「茜、何をしている? こいつは誰だ?」


「あなたには関係ないです……縁談の話はお断りしたはずです」


縁談?

そういえば、五十嵐の葬儀の時に話してたやつか。


「君には旧華族としての自覚が足りない。

我が郷田家と血を交え、平民の血が混じらぬようにしなければ」


「ずいぶん選民思想の強いやつだな?」

今どきこんなやついるのか。

一周回って面白いけどな。


「なんだ、平民の分際で……

我々に楯突く気か?」


「茜ちゃんの顔を立てたほうがいいか?」


「立てなくてもいい……私、こいつ嫌い……」


「なっ! 茜ちょっと、こっちに来い!」


「やめて、痛いっ!」


男は、俺の膝の上に座る茜ちゃんの腕を強引に引っ張りあげ、自分の方へ引き寄せる。


俺は男の背後を取り、首筋にスプーンの柄を当てる。


「おい……彼女を離せ……喉笛を抉られたいか?」


「ひっ!? な、ナイフだと……き、貴様、この僕にこんなことをして……家の者が黙っていないぞ……」


「家の者? そいつらが来る頃には、お前はこの世にいないだろうけどな……」


「お、お願いだ……こ、殺さないでくれ……」


「郷田家とかいったか……さぞ、うまい血が流れているんだろうなぁ」

俺は男の首筋を指でなぞる。


「ひぃぃぃぃっ」


男は情けない声を出して、ついに腰を抜かした。


怯えるように、壁際に這っていく。


「お願いだ……私が死ぬことが、日本にとってどれだけ損失か……」


男は壁に背を預け、泣いていた。


「スプーンで人が殺せるかよ」


ネタバラシをしつつ、俺は指先でスプーンを回す。


「えっ……スプーン?」


男は失禁していた。


俺は持っていたスマホで彼の痴態を写真に収めた。


「お、おい……こんな姿撮るな……私の威厳が……」


「これに懲りたら、二度と彼女に近づくなよ」


男は激しく頷いていた。


「も、もう近づかないから、そ、その写真は消してくれ!」


「今後のお前次第だな。

それと……一つ訂正だ」

俺はスプーンを投げナイフの要領で、男目掛けて投擲する。


スプーンが男の顔の真横を掠め、背後の柱へ勢いよくぶつかった。


「俺ならスプーンで、人を殺せるぜ!」


「ひぃぃぃぃ!」

男は泡を吹いて気絶した。


「泉……柱……」


「あっ、ごめん……」


「ふふっ……でも、ありがと……」


外で待っていた、男の運転手を呼び、車の中まで運んでもらった。


虫を見て驚いて、気絶したと伝えた。


運転手は「ざまあみろ」とだけ、こぼしていた。


こいつ……嫌われてんだな。

普段からこんな態度だっただろうから、仕方ないけど。


部屋に戻ると、茜ちゃんが男が汚した床を掃除していた。


「重ね重ね申し訳ない……」


むしろ、俺のせいで事態が悪化した気がする。

家も傷つけてしまうし。


「泉……かっこよかった……さすが、赤い死神」


「リアルでそれを名乗るのは、少しイタいな……」


茜ちゃんは、笑っていた。

それだけで充分だった。


§


再び、二人の時間が訪れる。


茜ちゃんは俺の膝の上でくつろいでいた。


「あいつ……最近、毎日来て、勝手に家に入ってくるの」


「さすがに、警察を呼んでいいんじゃないか?」


「一回呼んだんだけど……あいつが話したら帰っていった」


「なんでだ? 上級国民ってやつか?」

茜ちゃんが口下手なのもありそうだな。


「その後、いっぱい殴られた……」

茜ちゃんの肩が震えていた。


想像以上にクズだった。


「スプーンを顔に当ててやればよかったな」


「泉……だめだよ……傷つけたら、泉もあいつと同じになる……」


「そうだな……ごめん」


そう言って、茜ちゃんの頬をさする。


「泉……殴られたのはお腹……」


「えっ、そうなの?」


「うん……あいつ、綺麗な顔は傷つけたくないって……」


女の子の体は繊細なのに……お腹だって子どもを産めなくなる可能性がある。


俺は、茜ちゃんのお腹を優しくさする。


「泉……今日は帰らないで……」


彼女は一人でずっと戦っていたんだ。

誰かがそばにいて、彼女を守らないと。


せめて、一人で対処できるようになるまで。


§


その夜、広い和室に茜ちゃんが、布団を二つ並べて敷く。


薄紫の花の刺繍が施された白い夜着よぎを羽織っていた。淡い藤色の帯飾りが、細い腰元を静かに彩っている。


なんか……気まずい。


「茜ちゃん……別々の部屋のほうがよくないか?」


「……」


茜ちゃんは俺を横目で見て、布団を更に近づける。


彼女は何も言わず、部屋の灯りを消して、先に布団に潜りこんだ。


仕方ない……。


俺も隣の布団に潜り込んだ。


互いに何も喋らず、外には雨音だけが響いていた。

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