57話 マネージャー
桃先輩――いや、桃園さんがルミナスイリアのマネージャーになってはや三ヶ月――最近、ちょくちょく連絡アプリにメッセージが届くようになった。
『泉くん、茜ちゃんって、時間にルーズな子なのかなあ?』
『楓ちゃんのセンシティブな発言、指摘してもなかなかなおらないんだよね』
『舞ちゃんは精神的にどうかな?
落ち着いている?』
『岬ちゃん、初案件で少し緊張しているから、
泉くんも様子見ててくれる?』
『泉くん、この前のNF杯から登録者20万人まで伸びたね。おめでとう。案件がいくつか重なっているから直接、確認していい?』
§
翌日――桃園さんと事務所で打ち合わせを行う。
「――今日、時間取れてよかったあ〜。
さっき、話した内容で擦り合わせさせていただきますね」
新調したスーツは既によれていて、髪も少し乱れている。
「最近、メンバーの登録者が一気に伸びているから、大変ですよね?」
「そうなのよ……なんか、私に務まるか不安になってきたのよね」
「大丈夫ですよ。みんな、桃園さんを頼りにしているんですから」
「ありがと〜。むしろ私がみんなのメンケアしないといけないのに……」
「桃園さん。もうすぐ上がりですよね。
この後、予定が空いてましたら、久しぶりにデートに行きません?」
「で、デート!?
泉くん、マネージャーとの恋愛はダメなんだよ!」
「なら、俺のメンケアの仕事として付き合ってください」
「泉くん、職務にかこつけて女の子をご飯に誘うのはハラスメントだぞ!」
「そうですね。嫌ならいいんですけど」
「く……嫌なわけないじゃん」
桃園さんが小声で何かつぶやく。
「えっ、なんて言いました?」
「喜んで行くわよっ!」
この人の情緒、どうなっているんだか。
「あっ、私今日、車じゃないんだけど……」
「俺、車できましたんで大丈夫ですよ。
前に回していますので、残りの仕事、ゆっくりしていてください」
車を駐車場に回すと、既に彼女が待っていた。
「おまたせ」
助手席を開け座るように促す。
「泉くん……この車って、Mazda CX-5?」
「楓に選んでもらったから、俺はよく知らないんだよね。俺、車とか興味ないし」
「泉くんがどんどん遠くなっていく気がする」
「何言ってるんですか、ここにいますよ?」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
なんか、今日の桃園さんはいつも以上に情緒不安定だな。
§
しばらく二人で海辺をドライブする。
「この先に海鮮丼が名物の店があるんですよね!」
「ええっ! もしかして、浦松会館?」
「さすが地元民、有名ですからね」
「ちょっと、離れているから行ったことなかったんだよね! やった〜!」
「ふっ」
「ちょっと、なによ……その、子どもを見て微笑む保護者のような顔は……」
「いや、桃園さんはやっぱり、笑ってたほうが可愛いなと思って」
「こ、こいつは……またそんな爆弾発言を……」
「うまく言えないんですけど、桃園さんが笑っていると、落ち着くんですよね。
こっちまで元気になるというか……」
「なに? プロポーズ?」
「なんでそうなるんですか……」
「泉くんはそうやって、いろんな女の子に唾をつけて、キープしているからねぇ」
桃園さんがニヒルな笑みで俺を見る。
「それだけ聞いたら、俺――最低じゃないですか」
「最低で、クズ男でしょ」
「桃園さん――メンケアどころか、俺のメンタル潰しにかかってますよ!」
「余計なトラブルを生まないようにという、私からの教えよ」
「ふっ」
「ふふふ」
車内に、二人の笑い声が重なる。
桃園さんとのやり取りが一番落ち着く。
自然体で過ごせるからなのか……なんでかはわからなかった。
§
海岸線沿いを進むと旅館のような佇まいの日本家屋が見えてきた。
車を駐車場に停め、“松浦会館”と書かれた看板の下をくぐる。
「へぇ~、海が望めるんだぁ〜」
「腹減った。海より海鮮丼だ!」
「もう、泉くんってば、相変わらずロマンの欠片もないわね」
「ロマンなんて、桃園さんから一番遠い言葉じゃないですか」
「あっ、言ったわね。
私だって夜景デートとか、憧れるんだからね!」
「水葉……海よりも……君の方が美しいよ……」
「えっ! ドキッ!」
桃園さんはわざとらしく胸を押さえる。
「はは、ドキッて効果音を自分で入れる女の子は、ちょっと可愛くないなあ」
「別にいいもん。どうせ、可愛くないから」
「桃園さんの魅力は可愛さでは測れないから」
「それ、なんか馬鹿にしてない?」
「ほら、ここ閉店が早いんで、先に頼みましょ!」
「ええ〜! 何にしようかなあ。
海鮮丼も食べたいし……ああ、鉄火丼も食べたい」
「なら、俺が鉄火丼頼むから、互いに半分こしようよ」
「えっ、いいの!」
桃園さんは変に子どもっぽいところがある。
そこがまた可愛いんだけど。
「俺、お茶とってくるよ!」
注文を終え、セルフサービスのお茶を汲む。
海を眺める彼女の横顔が、少しだけ大人っぽく見えた。
テーブルの上に海鮮丼と鉄火丼が並べられる。
「うわぁ、美味しそう! いただきます!」
海老、鯛、マグロ、サーモン、敷き詰められた海の幸の真ん中に山盛りのわさびが乗っていた。
彼女はそれを崩しながら、魚と一緒に頬張る。
「うん! おいしいっ……んっ!?」
桃園さんは突然悶え苦しみだした。
「ああ、わさびね……ここの、わさび辛いから気をつけて……って、もう遅いか……」
「遅いわよ〜」
彼女は泣きながら、お茶を流し込む。
互いに丼を交換しながら食べる。
噛んだ歯が押し返される。身の弾力がすごい。
こういうのを活きが良いっていうんだろうな。
§
あっという間に時間は過ぎ、食後に二人で海岸に座り込む。
――夜空に彼女の横顔が溶けてゆく。
「泉くん……今日はありがとう。
気を遣ってくれて……」
「ん、なんのことです?」
「私のリフレッシュに付き合ってくれて……」
「桃園さん……俺が、コンビニに勤めだした当初覚えてます?」
「はっきり覚えているわよ!
暗い子が入ってきたって」
あの時は、炎上直後だったからな。
「桃園さんは、俺をご飯に連れて行ってくれて、よく声をかけてくれた。
俺が、ここまでやってこれたのも桃園さんのおかげですから」
俺を救ったのは、舞ちゃんだ。
でも、俺が壊れないように繋ぎ止めてくれたのは桃園先輩だった。
「いいんだよ。私は君の生涯のマネージャーだからね!」
「なんですかそれ……
それこそ、プロポーズじゃないんですか?」
「泉くんは私が告白したらどうする?」
「変な質問しないでくださいよ……」
告白――俺は、桃園さんをどう思っている。
舞ちゃんをどう思っている?
一緒にいて楽しいし、そばにもいてほしい。
でも、好きって何なんだろう。
友達の好きと恋人の好き――何が違うんだ?
彼女でも、友達でも――一緒にいられればそれでよかった。
「やっぱり困るよね……」
「VTuberとそのマネージャーだからなあ」
「私が辞めたら大丈夫?」
「うーん……」
そんなこと真剣に考えたことはなかった。
「桃園さんが辞めたら困ります。
ずっとそばにいてください!」
「やっぱり泉くんはずるいね……
私を解放してくれないんだね……」
「ええ、逃がしませんよ!
なんせ、赤い死神ですから」
「妙に説得力があるのがねえ〜」
桃園さんが少しだけ距離を詰める。
肩が触れるほどではない。
でも、彼女の足先がほんの少しだけ俺の膝に触れた。
――いつかは、僕らの関係に答えが出るのだろうか……。




