56話 打ち上げ②
「いつぶりだろうか……」
昔、行きつけだった居酒屋で残っていたキープの芋焼酎をグラス注ぐ。
焼酎瓶には白いマジックで“いずみ・ゆり”と汚い字で書かれていた。
今頃、他のメンバーは泉の家で打ち上げか……私も行きたかったな。
でも、知らない人も多いし……。
「なになに、由里ちゃん、失恋したような顔して……」
「おやじさん……それ、今の時代、セクハラになりますよ……」
「ははは、生きづらい時代になったもんだねえ。
これ、お詫びにこれ食べな……」
カウンターの前に、出汁巻き玉子が出された。
半熟の玉子から湯気が立ち上り、大根おろしが添えられていた。
失恋したような顔……か。
どんな顔だと自嘲気味に笑う。
「お嬢さん……隣いいかい?」
背後から男の声がする。
「やめてくれ。今、そんな気分じゃないんだ……」
「なら、どんな気分なんだ?」
なんだ、こいつは……しつこいやつだ……。
「一人になりたいんだ……って泉?」
振り向くと彼がいた。
「お前、打ち上げはどうした?」
「なんか、騒がしくなったから一人で飲み直しに来たんだけど……そしたら、由里がいたから」
「そうか……」
どうして、運命は今さら私たちを巡り合わせたのだろうか。――もう、何もかもが遅いというのに。
……なんて、柄にもないか。
「NF杯――優勝したのが、今でも信じられないよ」
泉の手は震えていた。
泉も充も、なんだかんだNFに囚われている……いや、私も同じか。
「……そうだな」
私には何も残っていない――空虚な人生だ。
空になった、グラスの氷が音を立てる。
「てか、その焼酎瓶……二人で入れたキープじゃん! 二、三年前だろ? よく残っていたな」
「懐かしいだろ?
一本キープしようと思ったら、おやじさんが奥からだしてきてくれてな」
「なら、俺もいただいても?」
「ああ、勿論だ……」
氷と水と焼酎を入れ、マドラーでかき混ぜる。
「……」
――沈黙が続く。
あの頃は、話題を考えることなく自然に話せていたのにな……。
共通の話題か……。
私たちを繋いでいるのは、結局NFしかない。
「由里……大丈夫か?
浮かない顔しているな……」
「泉……昔と比べて、丸くなったな。
昔のお前は切羽詰まっていて、余裕がなかった」
「ははは、由里の方こそ昔はよく笑ってたのにな。
お前の笑顔が、好きだったんだぜ」
「相変わらず歯の浮くようなセリフを……そういうところは昔と変わらないな。
私が笑えなくなったのは……泉がいなくなったからだろうな」
「それなら、今はいるだろ? 笑いなさい!」
「ふっ……」
こうして話していると、少しだけ昔に戻ったみたいだ。
「泉……」
彼の手に手を伸ばす。
細くて女みたいな手だ……でも、温かい。
「やっぱり、アストラに戻る気はないのか?
浅場さんだって、今の泉を見たら、また加入させてくれるはず……私も口添えするから!」
彼の横顔を見て、答えはわかった。
「由里……知っているだろうが、俺はVRについていけなくて……一度、時代に取り残された」
「……ああ」
泉は苦しんでいた。
音信不通になり、住む場所も変えた……。
私は彼に置いていかれた。
彼にとって私はそれまでの人間だったのだろう。
「俺……犬柴アカリ……いや、加藤舞ちゃんに救われたんだ」
ズキンっ……。
胸の奥に、鋭いナイフが突き立てられたように痛む。
彼は私のことなんて見ていない。
「だから、俺はルミナスイリアで頑張るよ!
今さら、NFで世界を獲りたいとも思わないし……ただ、平穏に暮らせれば……」
私はまた置いていかれるのか……。
彼は私の手の届かないところまで……行ってしまったんだな。
「……」
出るな! 止まれ! 止まってくれ!
どれだけ、目元を押さえても、溢れる涙を止められなかった。
「由里……」
彼が私の手を優しく握り返した。
「一人にしてごめんな。
……もう、離さないから」
彼は私の手を強く握りしめた。
――彼はヒドい男だ。
私は選ばれない。いつかは、置いていかれる。
それでも――彼の温もりを突き放すことはできなかった。
三章はこれにて終了です。
哀愁漂うシーンが多いので、好みは分かれるかと思いますが、面白かったらブックマークだけでもしていただければ、励みになります。




