40話 デート
謝罪配信をしたからといって、炎上がすぐ収まるわけではないし、収まらないのかもしれない。
ルミナスイリアの代表である浅場邦仁より、声明が出された。
長文なんで、要約すると、
リスナーと炎上騒動に対する謝罪。
霧雨レイの女性VTuberとしての活動は、自分の指示であり、泉海人自身に非はないということ。
過度な誹謗中傷は厳粛な対応をとること。
主にこの三点だ。
さらに、電話で勝手に謝罪配信をしたことは軽く怒られたけど、
「降りかかる火の粉を払うのは大人の役目だから」
と笑っていた。
まったく……この人への恩は、生涯をかけても返しきれそうにない。
§
「海人くん……おまたせ!」
いろいろ考えていると、楓の声が響く。
振り返ると彼女が立っていた。
フワフワの白いニットに緩く巻かれた厚手のマフラー。肩口から花柄の茶色のハンドバッグが下げられていた。
「海人くん、どうしたの?
目を丸くしちゃって……あっ、もしかして私に見惚れていたとか?」
楓は悪戯な笑みを浮かべる。
「ああ……初めて楓が女性に見えたよ……」
「なんか、それものすごく失礼じゃない?」
彼女はぷいっと顔を背ける。
「ははは、冗談だって。でも、可愛いよ」
「くっ……こいつは……童貞臭がしつつも、さらっとこういうことをいうから、油断できないわ」
「おい、誰が童貞だ!」
「えっ……海人くんって経験あるの?
もしかして、舞ちゃん? いや、茜ちゃん?
いや、岬ちゃんもありえる……」
なんか、真剣に考察を始めた。
もちろん、経験なんてない。
「ったく、経験なんてないよ。
初めては、好きな女に捧げると決めているんだ!」
「よくそんなイタいセリフをカッコつけて言えるわね……でも、初めて……私が貰ってあげてもいいよ?」
「えっ、ホントに!」
「ちょっ、思いのほか乗り気ね……それって、私のこと好きってこと?」
「いや……全然」
「ちょっと、さっきと言っていることが矛盾してない?
海人くんってそんな軽い人だったの?」
「いつも、からかうから仕返しだよ。
ほら、バスに遅れるから行こうぜ!」
俺は、楓の手を引いた。
「なんか悲しいね。昔の海人くんは、私に翻弄されて可愛かったのに。
今じゃ、女の子の扱いもこなれちゃって……」
§
楓とバスに揺られ30分——県内の水族館に到着した。
「ふぅ、ようやく着いた!
さ、禊デートの開始ね!」
楓は俺の腕に手を絡ませる。
「なんだよ、禊デートって……聞いたことないワードだな」
水族館に行くと、楓は俺の手を引っ張り、次々に魚を眺めていた。
こんなに、はしゃぐ彼女を見たのは、他人をからかっている時を除けば、初めてかも知れない。
年頃の女の子って感じだ。
これも素の楓の一面なのかな……。
「海人くん……みてみて! クラゲだぁ!
ライトアップされて綺麗……」
「そうだな」
「海人くん……私と一緒にいるの、楽しくない?」
「えっ、そんなことないよ。楽しいよ」
「ほんとかなぁ……」
そこから、水族館の中をニ周した。
回るにつれて楓はどんどん元気がなくなってきた。
「海人くん……なんか、ごめんね……もう、帰ろっか?」
「えっ、もう帰るの?
お昼ご飯とか食べなくていい?」
「うん……ごめんね……ちょっとお手洗いに行ってくる」
楓、どうしたんだろ……俺、何かやらかしたのかな。
楓は一番落ち着いているようにみえて、一番内面に波がある……今回もそれかな。
——しばらくしても、楓は戻ってこなかった。
探しに行くと、海際の広場の柵越しから海を眺めていた。
「海人くん……探しに来てくれたんだ……」
「そんなの、当たり前だろ」
「海人くん……私が戻らなかったら、おいて帰るかもって……私って面倒くさい女だよね……」
楓の声が震えていた。
「ああ、確かに面倒くさい。かき回すくせに、傷つきやすくて、本音かどうかも分からないし」
楓の肩がビクッと震えた。
「……そうだよね、私なんて——」
「でも、そんなところが可愛いんだろ?
そんな楓に俺は惹かれたんだから」
楓がこちらを振り向いた。
彼女の涙が、海にとける。
「海人くんっ!」
楓が飛びついてきた。
俺の胸で泣きじゃくる彼女を、抱きしめることはできなかった。
今わかった。俺は残酷なことをしている。
一人しか選べない。舞ちゃんも楓も……でも、二人の真意は俺にはわからない。
本当に愛されているのか分からない。
俺が好意を向けた瞬間に、拒絶されるような気がした。
……どうすればいいんだ。
「楓……俺……」
「それ以上は何も言わないで……」
楓の人差し指が俺の唇に触れる。
「今は、期待させたままにしておいて……たとえ、幻想だとしても……甘い夢に浸りたいから……」
「学の無い俺に、あんまり難しい言い回しはしないでくれ……」
「ふふふ、それなら……海人くん……好きだよ……」
そう言って、彼女の唇が触れた。
涙に濡れ——少しだけ湿っていた。




